#11



 凄く疲れた。
 かあさんを助ける為にできるだけの事をしようと思い、必死にその方法を探した。
 ばっちゃんに手伝ってもらって、まず第一段階をクリアした。ばっちゃんが協力者だから色々やりやすい。
 でもまだたった一段階だ。オレが考えている事は何段階もある。それらを全てクリアしなければならない。
 沢山やらなければならない事がある。たった一人で。考えるとしんどいが今まで通ってきた道よりは楽な筈だ。賢者の石を探すよりよっぽど道は易い。
 ……と思うのにこの孤独感はなんだろう?
 オレは三日掛かってばっちゃんに言えるだけの事を伝え、仕事を手伝ってもらった。ばっちゃんだって自分の仕事があるから、オレの手伝いばかりしているわけにはいかない。こんな田舎町でも医者は必要だし、腕のいい義肢装具屋だから口コミで仕事は入ってくる。
 オレはばっちゃんの手伝いをしながらレポートを複製し、必要な材料を書出してばっちゃんに頼んだ。
 これだけで数日が終わってしまった。
 沈みかける夕日を見つめながらオレは何の為に生きているのだろうかと思った。かあさんが助かるのは嬉しい。アルが身体を失わない未来は何よりの宝だ。ここはオレにとって至福の世界。……だが。
 オレのアルは何所にもいない。運命が全て順調に廻ったとして、オレはその後どうすればいいんだろう。
 アルに会いたい。オレのアルフォンスに。
 ああコレが罰なのか。だとしたらなんて甘い罰だ。
 死ぬ事さえ許されず、オレはこの先をどうやって生きていけばいいのかとポッカリと空いた時間に空想した。



 かあさんを助ける事で、人体錬成を行わない事で、オレは沢山の得難いものを得る。かわりに無くすものもある。等価交換の原則だ。
 第一にオレは師匠の弟子にはならない。アルもだ。国家錬金術師にならないからヒューズ中佐にもロイ・マスタングにも東方司令部の面々にも出会わない。ただの田舎の錬金術師で終わる。それはそれでいい。軍はぶっそうだしかかわり合いにならないのが一番だ。
 しかしそれは建て前で、オレはロイやヒューズ中佐に再び会う事になるだろう。例のレポートを送った事もあるし、順当にいけば近い未来に出会う事になる。
 そうしてそれからどうなるのか。オレは再び国家錬金術師になるのだろうか?
 ロイはオレという存在を知れば当然のように国家錬金術師に誘うと思う。オレは優秀だしロイは手駒が欲しい。ビジネスライクにいけばオレという存在はお買得なのだ。ただ九歳という年齢がネックになるが。十二歳で国家錬金術師も非常識だが、九歳でなるというのは流石にどうか。
 軍の狗。人間兵器。かあさんが泣きそうだ。
 かあさんはオレが助ける。けれどこの病気は直ってもすぐには健康体にはなれない。長い闘病生活が続く。
 全ての毒を身体から出すまで続けられる投薬と治療。専門の病院で行えばたちまち金は尽きる。
 かあさんを直すにはやはりお金が必要なのだ。それには国家錬金術師になるのが最短だ。
 国家錬金術師になるメリット。それは権力であり金だ。黄金を造り出すのは易いがいつまで裏社会と関わりあえばいつかは露見する。情報は侮れない。人の口に戸は立てられないから裏家業とは疎遠でいた方が無難だ。
 国家錬金術師は表の力だ。金と権力。手に入れられれば色々な事が楽に運ぶ。
 しかしデメリットもある。
 一度でも軍に籍を置けばそのしがらみは一生つきまとうかもしれない。かあさんとアルを巻き込みかねない。
 メリットとデメリット。測りにかけて傾くのはどちらだろう。
 動き出したもう一つの運命。オレが始めてしまった。だがこの船が行きつく先が判らない。
 かあさんを助けて。アルを生身のままでいさせて。
 その後は?
 オレは再び国家錬金術師になるだろう。
 なんて事だ。やり直す過去でさえオレは軍の狗なのか。笑える。
 これから知り合うロイ・マスタングとオレはどう関わっていくだろうか?
 あの男は『人体錬成を行わないただの十歳のエドワード・エルリック』をどんな目で見るだろうか。
 そうだ。賢者の石を探さないからヒューズ中佐も死ぬ事は無い。それだけはありがたい。

 オレはばっちゃんの家から帰る途中でアルの姿を見つける。アルもオレの姿を確認したようで全力で駆けてくる。
 その姿にオレは幸福を感じて掌に爪を食込ませた。
 ああ。痛い……。




 一週間後に結果が出た。
 ロイ・マスタングから電話が掛かってきたのだ。
 勿論ばっちゃんのところにだ。
 打ち合わせどおりばっちゃんは電話向こうのロイに「実はそのレポートを書いたのは自分ではなくて、その病に掛かった人間の子供だ」と正直に報告した。
 何故代理の名前を書いたかについては会えば判るの一点張りを通した。ロイは不信感を持ったようだがこのレポートを書いたのは優秀な錬金術師だという一言で、更に興味を増したらしい。部下を向かわせるので会いたい旨を伝えてきた。直接自分が来ないのはやはり忙しいからだろう。ロイは現在中佐だ。中央から東方司令部に赴任したばかりだから何かと多忙だ。
 ロイの名前とその部下の名前も知っていたかについては黙秘を通した。
 最後に言われた言葉については……ばっちゃんも唖然としたという事だ。

『私が部下にしようかと引き抜きを考えていたジャン・ハボック准尉に何故同じ物を送ったのですか? 彼は首を傾げていた。ロックベルという名前を知らないと言った。私が彼を部下に引き抜こうとする直前に何故? どうして私があの男を部下にするのが分かったのですか? 説明願いたい』

 ……しまった。六年前はハボック少尉はあいつの部下じゃなかったのか。ぬかったぜ。
 ばっちゃんの目も不信でいっぱいだ。でももう今更か。
 歯車は回り出した。走り出した列車に途中下車はない。

 こうして二段回目は成功した。