#14

「体験からくる助言をありがとう。……他人に助言する暇があれば自分の方をどうにかしたら?」
「…………マジぐっさりきたぞ今の台詞。オレがフラれたの知ってるくせに」
 ハボックが分りやすく嘆く。
「知ってるよ。……だからそれを忘れる為に次を探せばって言ってんの」
「そんなに簡単に次にいけるかよ。……エドが淡々としてるのって、実は女に興味がないからじゃねえの? 少将との噂って実は本当だったり…………あ、痛っ、痛い痛い。機械鎧での攻撃は反則、ギブ、ギブアップ。嘘ですゴメンなさい」
 右手を剣に変形させて小運動しちまったぜ。学ばない駄犬にしつけは必要だろ。
「おいどうすんだエド。ベッドが壊れた。少将が怒る。直してくれ」
 二人で暴れたので(暴れたのはオレだけでハボックは逃げてただけだけど)一部家具が壊れた。武器使用したからな。
 オレはプイ、と横を向く。
「やだ」
「なんでだよ。錬金術でちょこちょこっと直せるだろ」
 確かに直すのは簡単だけど。
「壊れた理由をロイに説明してから直す」
 ハボックがギョッとする。
 くだらない噂を怒っているのはオレだけではないのだ。顔に出さないがロイだってしっかり怒っている。
 護衛中に上官達の根も葉もない噂を口にした挙句家具を壊したとあれば、ハボックの立場がない。
 ロイは笑顔で減棒を告げるだろう。内容が内容だからホークアイ中尉がフォローしてくれるわけはないし。
「エ、エドォ…。そりゃないぜ。悪かったから怒るな。な、この通り」
 ハボックが謝るが、なんとなく許せない。
 ロイは本気でハボックに惚れている。始めから望みのない恋だ。岡惚れした挙句に嫌がらせで邪魔するロイは悪い男だ。褒められたもんじゃねえ。
 けど、それもこれもマジで恋してどうしていいか分からないからだ。
 オレはロイが好きじゃないし、どっちかっていうとハボック中尉の方に味方したい。けど、真剣度でいったらやっぱロイの方に軍配が上がる。
 本気で惚れた相手に悪気なしに他の相手との事を言われたら。そりゃ傷つくだろう。
 オレはアルに恋してるから、片恋の辛さは知ってる。マジで胸がギュッと痛いんだ。
 考えるのは頭なのに、心臓が痛いってなんでだろうな。心臓に心はないのに。
 しょうがねえなとオレは溜息で頷いた。
「直してやるから二度とそんなくだらねえ事言うなよ。オレはともかくロイに悪い」
「なんでエドじゃなく少将に悪いんだ? どっちかっていうとエドの方が被害者じゃねえの?」
 確かに被害度でいったらオレの方が大きい。たまに勘違いしたガチムチや気色悪いジジイに迫られたりするし。ガッテム。
「……命預けられるほど信頼してる部下に少年趣味だと言われたんだぞ。オレだったら落ち込むね」
 真面目な顔で言うと、ハボックがバツの悪い顔になる。
「冗談言っただけじゃねえか。そんなマジにとんなよ」
「自分に余裕がある時ならいいけど、笑って過ごせない時もあるんだよ。くだらない冗談でも人は本気で傷つく時もある。口は災いの元だって言うだろ。言葉の重みは言った本人と聞かされた他人が同じだとは限らない。ハボック中尉の中では風船みたいに軽い言葉でも、オレやロイには鉛みたいに重いかもしれない。全部自分基準で判断しないでくれ」
「エド……もしかして傷付いた?」
「傷ついちゃいないよ。ムカついただけだ。くだらない噂だ。オレとロイの間を邪推するなんてバカげてる。そんなのずっと一緒にいるハボック中尉が一番良く知っている事だろ。なんでわざわざ口にするかな」
「そりゃ知ってるけどよ。……オレは少将に忠誠誓ってるしあの人の事ある程度知ってるつもりでいるけど、知らない事もある。お前と少将が話している時、正直口を挟めない空気を感じる時がある。妬いてるとか邪推してるとかいうんじゃない。けどオレに見せない顔をお前にだけは見せてる気がして、狡いと思う事はある。ホークアイ大尉はしょうがないけど、お前まで少将の隣に立たれると寂しい気もすんだよ。………ちょこっとだけだけどな。……あ、これは少将に言うなよ。絶対な。知られたら遊ばれるからな」
「オレがロイの隣に立ってる? ふうん、そう見えるんだ。でも寂しいと思うのは間違ってるぞ。オレが隣にいるのは共に戦う者だからだ」
「オレだって少将と共に戦っている」
「違うよ」
 オレはハボックの腕に軽く触れた。
「この腕は共に戦う為にあるんじゃなくて、ロイの背中を守る為にあるんだ。オレはロイを守らない。ロイもオレを守らない。振り向かない背中を守るのは背中を見せる事を許した人間だろ。……違う?」
「大将……」
 吃驚したようなハボックの顔。
「ついてくると信じてるから振り向かない。それくらい信頼されてるんだ。信頼には信頼で返すのが礼儀だろ。あの男が背中を預けるのはハボック中尉だけだよ。そんな事とっくに知ってると思ってた」
「そう……なのか? ホークアイ大尉だってそうだろ」
「大尉は遠距離攻撃タイプだからね。すぐ近くで銃を持つ事を許す意味を考えなよ。ハボック中尉が裏切ったらロイはその場で終るんだぜ」
「オレが裏切るわけ……」
「ないよね。……でもハボック中尉はロイの全部を知っているわけじゃない。見せている部分だけでロイという人間を判断して信頼している。見せてない部分を見てしまってもその信頼が続くかな?」
「……少将がオレに何か隠してるっていうのか?」
「ロイの事で知らない事もあるって今言ったのはアンタだろ。……そうだよ。オレが知っていてハボック少将が知らない事もある」
「なんだよそれ…」
「教えない。くだらない優越感とか嫌がらせで言ってるんじゃねえぜ。その方がいいとオレが思うからだ。知りたきゃロイに聞け。ロイは絶対言わないだろうがな。……誰だって自分の弱点は知られたくねえ」
「少将に弱点なんかあるのか? てか、なんでエドが知ってんだよ?」
「同じだからさ」
「同じ錬金術師だからって事か?」
「いや。オレとロイは似てるって事。弱点が同じなんだ」
 自嘲するオレをハボックはどう思っているのか。
 オレにも弱点があるのかと驚いているのか。それともそういう事かと納得しているのか。チッ、喋りすぎた。
 なんとなく納得できないとハボックの表情が語る。
「……そういう事言うからお前と少将が怪しいなんて噂されんだぜ。二人きりの秘密があります、なんて」
 それもそうだな。
「ンな事ハボック中尉にしか言ってねえよ。他には言わねえからハボック中尉も口噤んでろよ」
「分ってるさ大将」
 ハボックは納得しきれないながらも頷く。ロイに弱味があれば困るのはロイに命を預けているヤツらだ。
「……ハボック中尉はロイの弱点知りたくない?」
「……知りたいが知りたくねえ」
「どっちだよ」
「からかって遊べるなら知りたい。だが笑えない弱点は知らない方がいい」
「正論だな。だけど笑える弱点なんて、本当の弱点じゃねえよ」
「なんでエドは少将の弱点なんか知ってんだ。いつ知ったんだ」
 さてね。同類は分かっちまうもんなんだよ。
 オレは天井を見上げた。
「ロイはもう寝てるだろうな」
「エドは少将の寝室入った事あんのか?」
「ある。……といったらまた邪推されそうだな。けど、まともに考えて男が男の寝室入った事あるからって邪推する方がおかしい。ハボック中尉もブレダ中尉の寝室に入った事あるだろ。つか、友達同士だったら普通だ」
「ブレダとは寄宿舎で同室だったから当然だ」
「そういう当然の事を色眼鏡で見られるとムカつくだろ。学校時代から同室で職場も一緒で親友。……あの二人親しすぎやしねえか怪しいんじゃないのか、なんて言われたらどうする。ブレダ中尉と恋仲だって噂されたら?」
「バカバカしすぎて怒る気にもなれん」
「オレもだ。邪推っていうのはつまり捏造だからな。妄想と現実をごっちゃにすんなっていうんだよ」
 憤慨して言うと、ハボックが苦笑いした。
「オレとブレダだとビジュアルが想像しにくいけど、少将とエドだと二人ともイケメンだからな。少将は正統派色男だし、エドは無駄に美人系だ。エドのおかあさん美人だったんだろうな」
「ムカつく事にオレは親父似だ。ついでに付け加えるなら親父はヒゲのでっかい中年男だぞ」
「ぐおっ。夢がねえっ」
「あってたまるか。……つうか、ツラで人の嗜好を歪めんなって話。色男と並ぶたびによからぬ想像されちゃたまらねえ

「少将だからだよ。二人共親しげだから」
「男の友情はどこへ行った? 親しいイコール恋、もしくは肉体関係というのは短絡的というより間違っているぞ。思考の修正を希望する」
「あははは。エドがもっと年くって男臭くなればそんな事言われなくなるさ。……つか、お前ヒゲ生えねえな」
「人が気にしてる事をっ。……いいんだ。アルだってまだなんだから。……ついでに言うと、ロイのヒゲ面はしょっぱい感じだぞ。なんか途端に親父くさい。あれ見たらロイに熱あげてる女達は冷めるだろうな」
「少将のヒゲ面ってそんな感じなんだ。見てみてえ。……明日の朝見られるかな」
「無理じゃね? ロイは格好つけたがりだから、ハボック中尉には見せないと思う」
「なんでエドには見せられるんだ?」
「オレがヒゲが生えない事をからかう為に決まってるだろ。あの男、オレへの嫌がらせの為なら多少の格好悪さは我慢するんだ」
「……二人とも本当に仲良いなあ。……年の離れた兄弟みたいだ」
「オレの兄弟はアルフォンスだけだ。あんな兄はいらねえ。マジ却下」
 ハボックがプカリとタバコで輪っかを作る。
「少将の不精ヒゲ姿見たいなあ。見せてくれないかな」
「なんでそんなの見たいの?」
「え、だって可愛くねえ? 格好つけのマスタング少将の無精ヒゲ。絶対可愛いって」
 趣味悪っ! 何処が可愛いのがさっぱり分からねえ。
「…………可愛いの定義が間違っている気もするが…………どうしても見たいのなら少将に直接頼めば? ハボック中尉が可愛いから見たいと言ったら、もしかしたら見せてくれるかもよ」
「そうかな」
 ヘラリと笑う顔を見ながら、ハボック中尉ってもしかして趣味が変だからフラれ続けてんじゃねえのかと思った。
 そして天井を見ながら、ロイがこの上でコップを床につけながらオレ達の会話を盗み聞きしてたらヤだなあとも。
 ハボック中尉の前では恋する乙男のロイだからな。
 あの男(ハボック)の事が気になるのキャッ★ …なんて言っていそいそ盗聴器とりつけられた日には、全力で攻撃したくなる。
「ジャン・ハボックはロイ・マスタングが好き…」
 小声で言った途端、二階で何かがぶつかるような音がしたのは気のせいだという事にしておこう。
 ……明日、寝る前に壁を厚くしよう。




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