#13
学校って軍の士官学校時代だろうか。
学校の教科書と錬金術の専門書を一緒にしないで欲しいな。勉強という点ではどちらも同じという事か。
見ただけじゃ何を書いているか分からない専門書は、文面だけで素人を拒絶している。
あんたなんか及びじゃないわよっ、一見様お断りって感じ。
ロイの本達は使い込まれて角が擦り切れている。
どんなの読んでんだと聞かれたから。
「面白いぜ。気体の錬成はオレの分野じゃないけど、ロイがどうやって錬金術を使っているのか理論的に分って面白い。焔…気体系は扱いが難しいのにロイはよくコントロールしてる。酸素、窒素、二過酸化炭素の配分は扱う気体が少なく単純だからこそバランスが難しいのに」
「それって少将を誉めてんの? ……なんだかよく分かんねえけど、エドは少将の錬金術を勉強してんのか?」
誰があんな湿気たマッチを誉めるか。
あの男の中身は好きな人につい意地悪しちゃうツンデレ風乙男(オトメン)だぞ。本性知った今では尊敬の欠片もねえな。
「勉強っていうほど熱心にしてるわけじゃない。ただ知りたいと思って暇潰しに理論を頭に入れているだけだ」
「そういうのを勉強っていうんだろ」
ハボックが専門書を見て、何がそんなに面白いのかと理解不能の顔だ。
バカめ。勉強と思うから面白く無いと先入観を持つんだ。
強制ではなく自ら学ぶというのは、マニアがオタク知識を吸収するのと同じ欲求だぞ。興味ある分野の事が知りたい、ただそれだけだ。分野が錬金術かそうでないかの違いでしかない。
ホークアイ大尉はガンマニアで熱心に銃の知識と技術を吸収してるし、ブレダ中尉はゲームマニアで古今東西のゲームを集めてプレイしていて、フュリー准尉は機械オタクだ。
みんな基本姿勢=好きな事に熱心……なのはオレとあまり違わない。
ハボック中尉だけが生っ粋の肉体派か。
「なんていうか、たとえ分野が違っても知識っていうのは集めれば集めるほど面白いというか、飽きないというか。…………つまり、ハボック中尉は黒髪巨乳系が好きだけど、美人なら赤毛や貧乳にも食指が動くっていうのと同じだろ」
「全然違ぇよっ!」
同じだと思うんだけどな。
ハボックが嘆かわしいと、分ったような顔になる。
「……大将って好きな女とかいないのかよ。……エドと話しててもそういう話題って一度も出ないじゃん。お兄さんが色々相談にのってやろうと思っても、女との付き合いより錬金術の方が面白いなんて、間違った青春だぞ」
女の胸や尻に鼻の下伸ばせば正しい青春を過ごしているという事になるとは、すげえ理論だ。男だけの下半身学会では推奨されるかもしれんが。
「別に。興味がないわけじゃないけど、あえて自分から熱心にいくものでもないと思ってるし。……てか、失敗続きのハボック中尉に恋愛事相談してうまくいくとは思えないんだけど」
正論だからこそ痛い。でも優しい嘘なんて必要ないし。
ハボックが突然タライの水をザブンと掛けられた野良犬みたいな顔になった。
「うっ…。エドォ……お前いつからそんなキツイ子になった。少将と一緒にいるせいか? だがあの人の女性の付き合い方こそ間違ってるぞ。あちこちの花を飛び回って許されるのは昆虫だけだ。オレ達は人間なんだ。ただ一人を追い掛けてこそ誠実というものじゃないか? 頼むからマスタング少将だけは見倣うなよ。あの人は男の敵だ」
「ロイの事は置いといて、じゃあ女の選出基準を胸部の脂肪比率とウエストのくびれ具合と、目鼻の配置場所で選ぶのは誠実なのか?」
「ううっ……いやあの」
「本当に誠実な男は巨乳という言葉にさえ顔をしかめるものじゃないのか?」
「ぐわわっ。そういう事言われると、お兄さん耳が痛いんだけど。アイタタ」
ハボックが自分の両耳を押さえる。
なんだかな。この人の事は個人的には好きだが、男社会の下品な付き合いだけは仲間外れでいたい。例えそれが仲間意識を高める為だとしても、そんな共感は得たくない。
そういうオレの事をお高くとまっているとかいうヤツがいるが、それは違う。高いも低いもねえ。オレはただ単にイヤラシイ話が嫌いなんだよ。男全部が猥談が好きだと思うなこの野郎。
「ロイは不誠実の塊だけど、周りの女性達はそういうロイを好きになったからいいと思う。不器用で誠実を通すロイはロイじゃない。……そういう理由で、スマートに女性を扱うハボック中尉というのも想像できない。猥談って、モテない男ほどしねえ?」
嫌いな話題なので辛辣になる。
「嫌味ですか、それとも意地悪? お前いつからそんな酷い子になったんだ?」
「いい加減ガキ扱いは止めて欲しいんだけど。つか、オレに恋バナ振るんじゃねえ。アンタらのする恋バナって下半身直結じゃねえか。そりゃオレだってガキじゃねえんだからそれを外しての恋愛はないと思うけど、それに直結ばっかって、第三者の話としては楽しいかもしれないけど、当事者にされた方はかなりムカつくぜ。自分だけならともかく相手も一緒にイヤらしい話の肴にされんだぜ。本命の女の下半身の話題を他人と一緒に話すなんて常識外だ。ありえねえ」
「そ、そりゃそうだが……」
ハボックがたじたじになる。
「アンタらが酒場で、今日こそ本命のあの子と一発……なんて言うのを聞くと、それって本当に本命かって聞きたくなる。それってただ単に身体目当てなんじゃねえの? 本当に大事にしたい相手ならセックスを一発なんて言葉で広言できねえ。女に聞かれたらその時点で破局だぞ、分ってんのか?」
ハボックが情けない、でも真面目な顔で反論する。
「エドの言いたい事は分かるけど、オレ達はそんなんばかりじゃねえぞ。むしろ純情さなら女より男の方がそうだと思うぜ。オレらは真面目に付き合う時はちゃんと相手を大事にするし、ふざけたりはしない。お前にはふざけているように見えるかもしれないが、誰しも真面目なマイホームパパ風ではいられねえ。男は女みたいに相手の財産や地位や給料の高さがどうなんて、本体よりオプションが大事だみたいな事は言わないぜ」
裸の自分を見てくれって? 甘いよ、大甘だ。
オレは本をベッド脇のチェストに置いて言う。
「どっちが純情なんて、どっちもどっちだろ。即物的に見える男が実は純情野郎だから分ってくれなんて、甘えた発言だとしか思えねえ」
ハボックが「甘えじゃねえ」と反論するのを鼻でせせら笑う。
「人間どんな中身だか分からねえから言葉や態度で相手にアピールすんだろ。言わないのに分ってくれっていうヤツは嫌いだ。何も伝えないくせに『なんで分ってくれない』って言われても困るだけだろ。そりゃ口ばっか達者で中身が薄っぺらなのは問題外だけど。……つか、女がオプションを大事にすんのは男より現実を見てるからだ。恋愛はいずれは結婚に結びつくし、婚姻はロマンスじゃなく現実だ。今より生活のレベルを下げたくないなら相手のオプションは大事だろ。子供に腹いっぱい食わせられるか、家族が温かい家で暮らせるかどうか。人間には欲がある。男は女の肉体に求め、女は日常の暮らしに求める。求めるものが違うだけでどっちも同じだ。男の純情を口にすんなら、肉体を求めると同時に中身も見ようと努力してからにしろって」
「エドって………辛辣。きっつぅ……」
「オレは男だけど、男限定の理屈を押し付けられたくないだけだ。女の感情論はいただけないと思うが、人口の半分が持つ理論だぞ。それなりの正当性がある。多数決は民主主義の基本だ」
「頭の良い人間と言い合ってオレが勝てるわけねえ。…………つか、何の話をしてたんだっけ?」
オレは嘆息した。
「ハボック中尉がオレが女の話をしないって、話題を振ってきたんだろ」
「そうだった。…………猥談とかじゃなく、エドは好きな子とかいないのか? お前ならその気になればモテるだろ。性格がバレなければ。いや、性格を知っても好きだという物好きな子とかもいるかも。……あの幼馴染みのお嬢ちゃんとはどうなってんだよ? あの子は可愛いし胸でかいし、いい感じじゃね? 性格も良いし。誰かに持っていかれる前にさっさと付き合っちまえよ」
「さりげなく人をこき下ろしてんじゃねえ。……ウィンリィはただの幼馴染みだよ。ウィンリィは大事な家族だ。それ以上にはならない」
「お似合いだと思ったんだけど。……もしかしてアルの方と良い仲だとか?」
ズキンと胸が痛んだが、気付かない振りで誤魔化す。
「さあな。もしかしたらそうなのかもな。……アルは他にガールフレンドが沢山いるみたいだし、本当の所はどうか知らねえ」
「お前ら兄弟で恋愛話なんかしねえの?」
「しない。オレが振ってもアルが嫌がる」
「アルの方が? エドがじゃなく?」
タバコの短くなったハボックが新しいタバコに火をつける。
「オレはブラコンだけど、アルを束縛したいわけじゃねえ。恋人の一人や二人……いや二人はマズイか……アルもそろそろできてもいいと思う頃だし、恋人ができたら紹介しろと言ってるが、アルは『恋人なんかいない作らない』って頑だ。あげく『ボクに彼女ができたらこれ幸いとボクから離れるつもりでしょ。兄さん冷たい、酷い、バカ』だぞ。アイツまだまだガキだ。まあしょうがないけどな。三年分の記憶の欠落したアイツは精神は十六歳だ。大人になるにはもう少し時間が必要だろ」
アルフォンスが肉体が戻る前からガールフレンドが欲しいと言っていたのを、すっかり失念しているオレだ。
「ガキだなあ。微笑ましいじゃないか。アルって女の子が苦手なのかね」
ヒヒヒとハボックが笑う。
「まさか。女友達はいっぱいいるみたいだぞ。次々デートらしきものはしているみたいだけど。アル曰く『どんな人を好きになるか分からないから、一応まんべんなく付き合ってみてるんだよ。だって相手の事をよく知らないのに拒絶するのって失礼でしょ。相手の事をある程度知って好きになれなかったら丁重にお断りしてる』だってさ。誠実なのか不誠実なのか微妙に判断に困る発言だよな」
「アルも少将と同じタイプかよ! モテ男は全員敵だ。オレはショックだ! アルまでオレの敵にまわるなんて」
「アルのタイプとハボック中尉のタイプは重なってないだろ。アルが年上趣味とは聞いてない。アルに丁度良い女だと中尉には若すぎるだろ」
「そ、そうか。それもそうだよな。………でも考えてみればアルはモテ要素いっぱいだよな。顔は良いし性格明るいし、フェミニストだし、人間関係器用だし。どっかのお兄さんとは違って」
「だからさりげに人をこき下ろすんじゃねえって」
「エドだってその気になればモテ男だろうが」
ハボックがわざとらしくジト目で睨む。
「オレが? オレ、モテねえぞ。軍人以外の女はあんま知らないし」
「エドは顔良し頭良し給料良しの三拍子じゃねえか。背はいまいちだが、女で背の低い子はいっぱいいるし、性格はキレやすいが女に暴力ふるうタイプじゃねえ。ウィンリィちゃんにボコボコにされても逆はないし、基本女は大事にすんだろ。お前絶対モテるって」
ンな事主張されてもなあ。
「モテたからってなんだ。本命に好かれなきゃ意味ねえじゃん」
「……そんな風に言うって事は本命がいるって事だよな」
ギランと目を輝かせるハボックにしまったと思う。
「いねえよ。例え話だって。結婚できるのはたった一人なんだし、その一人に好かれなきゃいくらモテたって意味ねえって正論だ。つか、オレの周りに女いねえって言ってんのに出会いがいつあんだよ」
「よく行くパン屋の店員の子がいい感じだって前に言ってなかったか?」
「あの子は少将のファンだよ。確かに笑顔が明るくていい感じだけど、半分は仕事だからだろ。客商売なんだから笑顔は当然だ」
「なんでそんなに素っ気ないんだよ。若くていつでも恋人つくれると思ってたらそれは間違いだぞ。年くうと体当たりでぶつかる事が難しくなるんだからな。今のうちにガンガンいっとけ」
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