#12
「少将の家って一人で住む広さじゃないですよね」
仕事が終って食事を終えた後、オレとロイ、護衛のハボック中尉とブレナン曹長、ドロー軍曹の五人でロイの家にいた。
オレとロイが休んでいる間、警護はハボック中尉とブレナン曹長、ドロー軍曹の三人で行うという事だ。
ブレナンとドローはハボック中尉の部下だ。ギル・ブレナン曹長は黒髪の強面、ティタ・ドロー軍曹は真面目系キツめの美人さん。
「本や書類が多いからな。生活というより物置きの為の場所だ」
錬金術師は基本的に学者だ。本が多いのは当たり前。オレは本の類いの所有は少ないが、旅の連続だったオレの方が例外なのだ。普通は蔵書だらけ。
「わりとシンプルっスね。もっと豪華なのを想像してたんスけど」
「プライベートの空間が華美なのは好まん。良い物というのは大抵シンプルなデザインのものばかりだ」
「ふうん。そういうもんスかね」
ハボック中尉がロイの家を物珍しげに観察する。
家の中まで警護するというので、ハボック中尉が家の構造を把握する為に全ての部屋に目を通しているのだ。
他二名の部下は外で警護だ。
「ハボック中尉はロイの家に入った事なかったの?」
「玄関から居間はあるけど、二階のプライベート空間はない。入る用もないし」
「なんだそうか」
セントラルに越してきてから二年経つ。ロイとハボックは仕事では上司と部下で親密だけれど、それ以上の関係はない。
ロイがヒューズ中佐みたな性格だったら、ハボック中尉を家に呼んでもっと親しくつきあっていたのだろうけど、やたら高いプライドを持つロイは自分をさらけ出せない。ボロボロパジャマ着た姿なんて絶対に見せられないんだろう。
「エドは少将の家によく泊まってんのか?」
「時々ね」
「鋼のは弟と喧嘩をすると私の家に来るんだ。私の家は避難所ではないのだぞ」
「バラすなっつうの!」
ハボックが、ああそういう事かと納得しているのがムカつく。
「しょうがないだろ。他に行くとこないんだから。軍の仮眠室はあんま居心地良くないし」
むさい男達が入れ代わり寝泊まりする仮眠室は男臭いから長居はしたくない。
「その気持ちは分かるがな。あの場所は仕事に疲れた時に一時的に休む所だ。長いこといたい場所ではない」
ロイが頷く。
「納得してっけど、アンタは自室があるからいいじゃねえか。軍でも一人きりになれるだろ」
「軍で休めるわけないだろ。……というか、私は君のように弟と喧嘩して家に帰れない事などないからな」
ふふん、と笑われてカチーンとくる。
しかし怒るまい。オレはもう十五歳ではないのだ。子供っぽい態度は卒業したのだ。
「じょ、譲歩してやってるだけだ。アルを追い出すなんて可哀想な事はできないからな。兄のオレが自ら家を出て頭を冷やしてくるのが兄としての義務だ」
「義務ねえ。兄としての態度をとるというのなら、自らの過ちをさっさと認めて謙虚な態度になるべきじゃないのか? 喧嘩の内容なんて進路や同居の件ばかりなんだろ、どうせ」
見抜かれている。
「うるせー。アルとの喧嘩なんて生まれた時からしてる日常習慣みたいなもんだ。別に珍しい事じゃねえ」
「旅している時はどうしたんだ。旅の最中では喧嘩の際に冷却期間を置く事などできなかっただろうが」
「……五年前は……本格的な喧嘩をする事はあんまりなかったからな。オレの無茶をアルが本気で怒るくらいで。……喧嘩すると、夜眠る事のないアルが外を彷徨った。あの時は怒りが持続する事はなかった。オレはアルに負い目があったし、アルはそれを分っていたから途中で譲歩した。…………後先考えず本気で喧嘩できるって事は幸せなんだろうな」
「昔喧嘩できなかったから、今そうしているって? 君達はいつまでも仲が良い事だ」
ロイは呆れ半分のポーズでオレの本音を流した。
過去を懐かしむにはまだ時間が足りない。もっとずっと後になれば過去の苦痛も笑って話せるのだろうが、今はまだ無理だ。
「……今回の事、アルフォンス君はあっさり承諾したのか? あの子は私の事を、自分の兄によからぬ事を企む悪い大人だと思い込んでいるからな。まったく、どうして私があの子に嫌われなければならないのだ。昔のアルフォンスは素直で従順で可愛かったのに」
ロイがブツブツ文句が言う。
「アルか……」
オレは頭痛を堪える。
「全然納得しなかったが、無理矢理納得させた。ちゃんと事情を説明したのに、オレがロイの家に泊まるのが許せないらしい」
「噂は悪質なデマだと説明したのだろう? 女好きの私がなんでわざわざ男を愛人にしなければならんだ。バカバカしい」
「まったくだ」
オレとロイに流れる陳腐な噂話のせいでアルはロイを嫌い、そしてオレへの疑惑を深めている。
自分に冷たいのはロイの方が大事になったからだと。
兄をゲイ扱いするんじゃねえと何度弟に訴えただろうか。こんな話題でアルとマジ喧嘩するとは、過去のオレは想像もしなかった。
こんな未来が待っているのなら始めからロイと距離を置いていたと過去の自分に言ってやりたいが、タイムマシンはまだ開発できないので現状を我慢するしかない。
「アルフォンスの方は大丈夫なのか?」
「自宅の方にも人を配備しているから大丈夫だろ。アルはオレより強いしな」
『ボクも少将の家に行く!』と言い張るアルを納得させるのがどんなに大変だったか。
狙われるのならロイの家の方が確率が高い。アルフォンスを来させるわけにはいかないのだ。いくらアルが強いといっても万が一という事がある。
「早くバルドを捕えない事にはデートもままならん。貧相なガキとでかくて鬱陶しい部下と夜を過ごすなんて侘びしすぎるからな」
ロイが舞台俳優のようにわざとらしく“うんざりしてるんだぜ”ポーズをとる。
なんでコイツはこう人の神経逆撫ですんのかね。ハボック中尉といられて嬉しいくせに。
「それはしばらくデートする相手もいないオレへの嫌味っスか?」
ハボック中尉が火のついていないタバコを銜えながらドブに足を突っ込んだような顔になる。火がついていないのはこの家に灰皿がないからだ。ちなみに携帯灰皿の使用は禁止されている。つまり禁煙。
ロイの家が何故禁煙なのかといえば、ロイがタバコが嫌いだからだ。別に臭いが嫌いとかいうのではなく、理由はすんげえバカバカしい内容。
「だってタバコは肌を老化促進させるんだぞ」
「……はい?」
「ただでさえ年上なのにこれ以上老けてたまるか」
「いや、全然老けてねえよアンタ。むしろありえない童顔……」
ロイ・マスタングは肌の衰えを気にする女性のように悩ましい顔でタバコが与える害を主張した。
ロイは己の美を愛するナルシストというわけではなく、つまり「好きな男の前ではいつでも若く美しくいたい」
というまっとうであり、男のお前が言うなバカどうせ相手にされてないんだから皺シミできようがあんま関係ないだろう阿呆じゃねえかお前……的な理由だ。
軍の中での喫煙を許しているのは寛容な上官を気取っているわけではなく、老化なんか気にしてませんよ的ポーズの為だ。バカだろ。
「ハボックと鋼のは客間で寝ろ。……私の休息の邪魔はするなよ」
ロイはいつもの胡散臭い笑顔を見せながら自室に退散した。今晩は愛用くたびれたパジャマは着れないから、新しいパジャマで寝るのだろう。
「わたしはこの絶妙なくたびれ加減でなければ休めないのだ」と主張してるロイは、しばらくは寝床でも休まるまい。素直にボロパジャマ着ればいいのに。
オレなんかいつだってシャツとパンツで寝てるぞ。アルに見られたってへっちゃらさ。
「じゃあ大将、今日は一緒に休むか」
一緒ったって同じベッドというわけではなく、客間にはちゃんとベッドが二つある。
オレは寝るが、ハボック中尉は仮眠程度にしか休む事はできない。護衛にきたのだから交替がくるまでは寝られない。
ハボック中尉は気の抜けた様子だが、ちゃんと緊張感を残している。流石だ。いつでも臨機応変に対応できるように身体が準備している。
オレもなんとなくすぐに眠る気になれなくて、ロイの書斎からいくつか錬金術関係の本を引張り出してくる。
ロイの蔵書は流石に興味深いものばかり揃っている。
オレの研究分野とは違うので役に立つかどうかは別として、知識を貯えるのは好きだ。気になる本は後で借りていく事にする。
時間を忘れて熱心に読んでいると、空気の冷たさに身体がブルッと震えて顔を上げた。
いつのまにかハボック中尉が窓を開けてタバコを吸っていた。
「ハボック中尉、そこにある上着をとって」
「お、悪い。寒かったかエド」
タバコの煙を逃がす為に開けていた窓をハボックが閉める。
「いいよ開けといて。……コート着てるから」
ハボックがオレに上着を手渡すと、オレの手元を見て顔をしかめる。
「よくそんなの読んでられるよな。楽しいか? オレなんか数行読んだだけで眠くなる。学校の授業だって苦痛だったのに……」
ハボックが昔を懐かしむように言う。
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