#11

「皆集まってくれ」
 ロイの言葉に従い、部屋にいた者達が仕事の手を止めて集まる。オレもペンを置いて立ち上がる。
 何かあったらしい。ロイの声にマジモードが入ってる。
 ロイの隣にホークアイ大尉が立っている。
「今朝がた東方地区刑務所で事件が起きた。東方司令部からの報告によると、元過激派グループ『青の団』の幹部バルドとその部下三名が脱獄したとの事だ」
「青の団? って解散したんじゃ……」
 フュリー准尉が記憶を辿るように語尾を濁す。
 確かにオレにも聞き覚えがある。どこかで聞いた事のある名前だ。どこで聞いたんだっけ?
「青の団。東部最大の過激派集団だったが五年前に幹部が逮捕されたのを機に東方司令部により壊滅に追い込まれ、事実上グループは消失。首領はすでに死刑が決行、幹部は終身刑を受けて東方刑務所に収監されている。三十名以上のメンバーもそれぞれ刑に服してる」
 人間辞書のファルマン少尉が報告書を読むように事実を並べるのを聞いて、皆がああと思う。
「青の団てあれですよね。確かハクロ将軍の乗った列車を乗っ取った過激派テログループ。不運な事に、たまたま鋼の錬金術師が乗り合わせていたせいで人質交換が失敗に終って早期解決。……幹部の自白でその後残ったメンバーも逮捕されて解散したんスよね」
 ハボックも覚えていたらしい。
「……そういやそんな事もあったっけ」
 皆に見られて頭を掻く。昔の大暴れの記憶はちょっぴり恥ずいぜ。
「大活躍だったっていうのに、そんな事もあったっけとは、エドは余裕だな」
 ブレダ中尉が呆れ半分に言う。
「しょうがないだろ。あの頃はあちこちに出かける度に色々な事があったんだから。過激派グループと戦闘なんて珍しくもなかった」
 正直に言ったのに、皆が目で笑っている。
 あのなあ。確かにオレはトラブルメーカーと言われてたけど、自分から厄介ごとを引き寄せた覚えは一度もねえんだよ。そりゃあ短気なのは認めるけど。
「皆も思い出したようだな。……ホークアイ大尉、続きを報告しろ」
「はい少将。……昨夜未明、バルド以下三名、計四名が東方刑務所から脱獄。現在行方は不明。東方司令部では目下捜索中です」
「確かにオレ達が関わった事だけど、終った事だろ。過激派の逮捕なんて珍しくないし、なんでセントラルに連絡が入るんだ?」
 疑問に思って聞く。
 東方で起こった事件は全て東方司令部で処理される。もちろん逐一セントラルに報告は入るが、ミスを公にしたくない所轄の人間はある程度の見通しがついてから上に連絡するはずだ。
「我々には日常の逮捕劇だが、当事者達にとってみれば一度きりの大失態だ。つまり、逮捕された側はした人間を決して忘れない」
 ロイの言いたい事がなんとなく分った。
 ホークアイ大尉が報告を続ける。
「現在バルドの潜伏しそうな場所、人間関係を捜査中ですが結果は出ておりません。そのまま潜伏を続け裏に潜り姿を消すか、もしくはその逆が考えられます」
「その根拠は?」
「バルドは獄中、自分を逮捕した焔の錬金術師と鋼の錬金術師に絶対に復讐すると声高に叫んでいたそうです。保身よりも復讐を選ぶなら、バルドが現れるのはおそらくセントラルです」
 ホークアイ大尉の報告は分りやすかった。
 そして想像通りだ。
「まったく東方の連中は何をしているんだ」
 ロイが緊迫感もない声で言う。
「折角捕えた者を逃がしてしまうなんて。私が東方にいたら看守を全員減棒にしてやるのに」
 ロイが不服そうなのは軍が失態を犯したからでも、自分が捕えた者が逃げ出したからでも、自分がターゲットになるかもしれないからでもない。絶対。
「狙われる可能性が無くならない限り、女性とのデートは全てキャンセルしなければならないじゃないか。か弱い女性を巻き込むのは本意ではないからな」
 やっぱりな。ロイをよく知らない下士官達は発言を冗談と受け止めているが、八割がた本気だというのをオレ達は知っている。
「バルドっつうのはそんなにオレ達を恨んでるのか?」
 ターゲットはオレとロイか。
「ええそうらしいわ。あの二人だけは絶対に許さないと息巻いていたと、囚人看守達がはっきり聞いています」
「復讐か。……厄介だな」
「なんだ恐いのか鋼の」
 ロイのからかい口調に「んなわけあるか」と答える。
「マスタング少将と似たような理由だ。オレが狙われてるのなら家に帰るのは危険だ。アルを巻きこんじまう。当分家から離れるか」
 アルがまた怒り出すだろうなクソ。
「当然君の家にも護衛をつけるぞ」
「狙うのは家にいる時とは限らないだろ。オレの代わりにアルがターゲットになったらどうする。家族を人質にとるのは定番だろ」
「アルフォンス君は君より強いだろう。錬金術は一流だし何を心配しているのか」
 ロイの呆れた口調。
「アルは民間人なんだぞ。今は鎧姿じゃないし、万が一という事があるかもしれない。弟を巻き込みたくない」
「鋼の。過保護もいい加減にしろ。テロリストごときにどうこうされる子じゃないのは分っているだろう。可愛い顔して、中身はその辺の軍人ではたちうちできない猛者だ。守ってやらなければならないと考える君の目にはぶ厚い過保護フィルターが掛かっている。もっと冷静になりなさい」
 ロイにしみじみ諭されてカッとなる。
「誰が過保護だ。そんな事言ってアルに何かあったらどうしてくれる。オレの可愛い弟に万が一の事があったら……」
 本気で心配してんのに、ロイは付き合っていられないという顔だ。
 この野郎。後で絶対に絞める。
「そういう状況だから、しばらく我々には護衛をつけなければならない。窮屈だろうが我慢しろ鋼の」
「護衛なんかいらねえよ。オレ一人でなんとかなる」
 ロイはハアッとわざとらしく溜息を吐いた。
 その態度! キレんなオレ。我慢だ我慢、我慢しろ…。
「別に君の身を案じて護衛をつけるわけではない。相手は逆上したテロリストで、何をするか分からない。もし市民が巻き込まれたらどうする。例えば爆弾を投げ付けられたり、女子供が人質にとられたら? 全員無傷で助けられる保証がないのだから、こちらが隙を見せないのが一番いい。護衛がいればおいそれとは近付けまい。…というわけで、鋼のはしばらく私の家から通え。君の自宅の方にも人は回すが、鋼のは近付かない方が賢明だ」
 勝手に決めんな。
「なんでマスタング少将の家に行かなきゃなんねえんだ。ヤだよ」
 アルフォンスが怒る、絶対機嫌を損ねる。
 ボクもマスタング少将の家に行くってごねるぞ絶対。
「合理性の問題だ。二手に分かれて護衛するより、守る者が一緒にいれば人員の配備が楽だ。それに我々二人が一緒なら、バルドもどちらを狙うか迷わなくていい」
「つまりオレ達は囮ってわけか」
「察しが良くて助かる。私もテロリストごときに生活を乱されたくない。さっさと逮捕して憂いを無くしたい」
「将軍自ら囮役なんかしたら、また上がうるせえんじゃねえの?」
「早期解決に越した事はないだろう。腰痛持ちの将軍達と私は違う。狙われる事を恐れはしない。それは君も同じだろう鋼の」
「まあな」
 確かに早期解決が望ましい。アルが巻き込まれない為にもさっさとバルドってやつを捕まえなきゃいけない。でないとオレがアルの所へ帰れない。
 しかしまた家に帰らないとなると、アルが怒りだすだろうな。キレて「ボクがそのテロリストを捕まえる!」なんて言い出さなきゃいいんだけど。
 アルのヤツ、人体錬成の後遺症か性格がよりキレ易くなって困る。
 オレよりアルの方が早くブチ切れちまうもんだから、オレが切れる暇がねえったら。
 周りはオレの事を大人になったとか勘違いしてるけど、それは違う。
 昔はオレが暴走、アルがストッパー役だったんだが、今はアルが走り出してオレがブレーキ役だ。なぜか兄弟の立場が逆転した。
 まあアルは十九歳とはいえ、中身は十六歳だしな。
「……マスタング少将の家に行くのはいいけど、メシのしたくとかどうすんのさ。家政婦のオバちゃんは休みにすんだろ」
「私がそんなのできると思っているのか。勿論君がやるに決まってる」
 何故そこで威張る。できない事は自慢になんねえよっ。
「げえっ。やだよそんな、面倒臭い。仕事の後まで働くなんて冗談じゃねえ。…よし、家じゃなく、軍のホテルに泊まろう。それならメシのしたくとか考えずに済む」
「ダメだ。軍のとはいえ、ホテルのような公共の場は危険だ。一般客が巻き込まれる恐れがある。被害が出たら私が上に責められるじゃないか。周りは私が何かミスをしないかと手ぐすね引いてるんだぞ」
「後半本音がダダ漏れだぞ少将。……しょうがない。夜は外で食って帰ればいいし、朝だけ作りゃいいか。少将は朝そんなに食わねえからあんま手間掛からないし」
 なんだかいつのまにかロイの家に行く事が決定事項になってしまった。なんだこのノリは。
「……護衛の配置はホークアイ大尉に任せる。仕事のスケジュールの変更調整もな。東方からの報告はすぐに私に上げろ。……以上」
 解散して自分の席に戻ると、隣のホークアイ大尉が溜息吐いているのが見えた。おや珍しい。
「どうしたの大尉。……仕事が増えて困ってんのか? 何が手伝う?」
「いいえ……ありがとうエドワード君。…………今回の銀行強盗やテロの件が一段落したので、少将にお休みを取らせようと思ってたのに、また機会が無くなってしまったと思って」
 それが溜息の原因?
 ホークアイ大尉はオレが正式な軍人になった後も、二人だけの時は名前で呼ぶ。仕事中はエルリック少佐と呼ばれている。
 ホークアイ大尉に敬語を使われるのはくすぐったい。
「ロイのヤツ、休みを申請してたっけ?」
 仕事をサボってデートをする事をあっても、わざわざ休暇をとる事はしない。
 なんだかんだいって仕事に手を抜かないのがロイ・マスタングという上司だが、つまりそれは部下をフル回転で使う気満々という事で、オレ達はロイの要求に答えるべく毎日走り回されている。たまには一日休めっつーの。
 ロイが仕事を熱愛しているという事ではなく、自分が休んでいる間に他の同輩に手柄を持っていかれるのが悔しいのだ。大総統を狙うロイは誰より貪欲ときている。
 上からの命令なの、とホークアイ大尉が言う。
「少将は休む気はないのだけれど、厚生課から少将の有給が全く減っていない事でクレームが来たの。上司が休まないものだから部下もほとんど休みをとっていないって。だから様子を見ながら大佐にお休みをとっていただきたいと思ってのだけれど、この分では当分機会は巡ってこないわね」
 ホークアイ大尉が仕方ないと苦笑する。
「大尉はちゃんとお休み取ってんの? ロイに遠慮して休まないのはダメだよ」
「私は大丈夫よ、エドワード君。必要なら休みはとるし、ちゃんと調整してるから。……問題は少将ね。厚生課をまとめているゲイナー准将は少将の事を嫌っているらしいから、後で嫌味を言われるかもしれない」
「嫌味程度、ロイは全く気にもしないと思うけど」
 ツラの皮の厚さならセントラル一だろう。
「少将はね。……くだらない事だけれど、小さな事でも揚げ足をとって問題を大きくしたがる人間もいるから、なるべくもめ事は作りたくないのよ。ここにいる限り、従順に従うフリはしなければね」
「じゃあさ、無理矢理少将を休ませちまえば? 休暇取らせて閉じこめればそっちの方が守りやすくないか? 囮役としては動きまわらない方が、守るにも楽だろ」
「それはそうだけれど……。少将にやっていただく事も沢山あるし、急には休ませられないのよね。休むのなら急ぎの書類に全部目を通してもらってからでないとダメだし」
「溜めた書類を全部やるとなると、これから毎日残業続きだな」
「だから無理には休ませたくないのよね。休むのならちゃんとスケジュール調整してからにしていただきたいし。一体少将はいつ休めるのかしら」
「ロイも自分のスケジュールくらい自分で管理すればいいのに。ホークアイ大尉にこんな事までやらせて」
「いいのよエドワード君。これが私の仕事なんだから。……それよりアルフォンス君に連絡しなくていいの? 家に戻らないとなると、アルフォンス君また怒るわよ」
 見抜かれている。
「はは……。アルには後で連絡する」
 この時オレはまだ知らなかった。今の話題が後々まで繋がってくるなんて。
 ロイほどじゃないけど、積まれた書類をやっつけ中で、げんなりしていたから。
 事件は解決して終りじゃない。事件を一式書類にして上にあげて、初めて自分の手を離れる。ミスや隙があれば後で突っ込まれるのだから、報告書は手が抜けない。
 旅をしていた頃のお気楽な報告書が懐かしい。あんな手抜き書類がよく上に通っていたよな。
 年一度の国家錬金術師の査定もわりと適当だったし。
 そういや一回大総統の印だけで終った事もあったっけ。なんか適当な所は適当で、そうじゃない所で厳しい。軍は極端だ。
「オレ達の護衛って誰がつくの……」
「それはやっぱり……」
 ホークアイ大尉の言葉を聞いたオレは、さぞかし微妙な顔をしていただろう。
 だって。
 気心知れて信用できて腕もあると言ったら。
「当分デートの約束もないハボック中尉が適任でしょう」
 まったくそうですね。
 ロイもさぞかし微妙な顔をすると思う。
 あの男はハボック中尉の前では格好つけるから、家でも格好良いロイ・マスタングが見られるな。
 くたびれてゴムが伸びたパジャマは帰ったら速攻でタンスの一番下にしまわれるだろう。あっははは。ロイはしばらくシルクのパジャマ着用だ。




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