#10

「いやだから。信じてるわけじゃないけど、もしそうだとしてもオレには偏見がないというか、少将とエドならありえなくもないかなって………お、怒るなよエド」
 不穏な気配を察したハボック中尉が距離を取る。
 チッ! 今度は右手でぶん殴ってやろうと思ったのに。ホークアイ大尉にチクんぞこらぁ。
 バカは相手にしてらんないと先に行く。なんでロイはこの男がいいんだろ。ロイ自身なぜハボック中尉に惚れたのか謎だというから、まこと恋は恐ろしい。
「大将。怒んなよ。冗談じゃないか。軽く流せよ」
 ジロリと睨んで、ニヤァと笑う。
 ハボックがまた後ずさる。
「だったらオレもモノホンのガチムチ系が集まる場所に行って『ハボック中尉って実は男好きなんだって。巨乳好きはカモフラらしいぜ』って言いふらしてもいいよな。冗談だし」
「ウギャッ。恐い事すんなよ。信じる奴がいたらどうすんだっ」
 ハボックの顔が本気で引き攣る。ストレートの男ってゲイが苦手だよな。
「ジョークだよ、ジョーク。マジにとんな」
 ケケケと笑うとハボックが顔を渋くする。
「…悪かったよ大将。もう言わねえから、許してくれ」
「分かればよろしい」
 オレは報復は徹底的にやる主義だ。何せガキだから。遠慮なんかしない。
 ハボックが言い訳のように言う。
「少将とエドがデキてるなんてオレらの仲間は信じないけど、なんでか噂は消えないよな。噂が無くなんないのは二人が仲いいからだろ。なんでエドと少将はそんなに仲良くなったんだ。昔は反発ばっかしてたのに」
 そりゃそうだ。昔は顔会わせるなり反発してた。
 けどそれはロイも悪い。人の顔見るなり豆だの小さいだの連発しやがって。大人気ないったらねえっ。
「……なんでかな。改めて言ってみるとよく分かんねえ。ロイはヒューズ中佐を亡くして寂しかったし、オレも沢山知り合いを亡くしてどうしていいか分からなかった。……お互いただ寂しかったのかもしれない。傷を舐め合っているだけかもなな」
「エドの側にはアルがいるじゃねえか」
「三年分の記憶のないアルがな。……三年間歯を食いしばって生きてきた記憶を忘れてしまったアルフォンスを前にして、オレはどんな顔をしていいか分からねえ」
 もしかして、オレは心のどこかでアルフォンスを許せないと感じているのだろうか。鎧のアルと違いすぎるから。
「記憶のないのはアルのせいじゃないだろ」
「ああ。だけど、アルには思い出して欲しい。辛い記憶ばかりだから思い出さない方がいいのかもしれないが、自分がした事を忘れてしまうのはダメだ。罪の記憶まで忘れてしまえばまた同じ過ちを犯すかもしれない」
「考えすぎじゃねえか、エド。辛い記憶なら思い出さなくてもいいんじゃねえの? 思い出せば苦しむだけだろ」
 オレは遠くを見た。ハボックの言う事は正しい。
 ……だが。
「もしオレが事故か何かで死んだとして…」
「おい」
「アルフォンスがオレを生き返らせないと誰が言える? アルには人体錬成失敗の記憶がないんだ。今のアルフォンスはあの悲劇を知らない」
「あ……」
 アルフォンスはオレが死んだら諦めるだろうか。
 ……否。無理だ。アルがオレを諦めるわけない。行方不明になったオレを探して歩いたように、ラースの身体を代価にして扉を開けたように、アルフォンスは再び人体錬成の方法を探すだろう。あの悲劇を忘れてしまったアルフォンスならそうする。
「ならエドが死ななきゃいいだけの話だ。大将が生きてりゃアルだってバカな事は考えねえよ。悪い事ばっか考えんな。頭が良いやつっていうのは考えすぎる。もっと気楽に構えなきゃ疲れるだけだぜ」
 呆れたというようなハボックの口調。
「ハボック中尉が考えなさすぎなんだよ。そんなんだからロイにいいように利用されちまうんだ」
 ウッとハボックが胸を押さえる。
「少将の人使いの荒いのは今に始まった事じゃねえよ。ううっ……。ヘタレたマスタングは見てらんなかったけど、復活してバリバリやられるとこっちの身がもたねえなあ。あの人もほどほどにしてくんないかな。34歳で少将ってなんだよ。殆ど詐欺じゃねえ?」
 それは殆どの軍人が思っている事だと思う。
「それだけアイツが本気だって事だろ。マジで大総統目指してるんだから。そんなロイについていくって決めたのはアンタらの方だし。…………同時に二つのものは手に入んねえよ。ロイの手足でいるんなら、当分女は諦めなよ。仕事と女の両立ができんのはロイやヒューズ中佐だけだ。一点集中型のハボック中尉には無理だ」
「……大将。マジキツイぜ。そんなに淡々と言われると余計に胸にグサグサ刺さって痛いんだけど」
「ロイの側にいる限りそうだって言ってんの。選んだのはハボック中尉だろ。…………頑張れー」
「適当な応援アリガトウ……」
 がっくりを肩を落とすハボックの背中を軽く叩いて慰める。
 ハボックは良い人間だ。しかし決定的にニブイ。
 いい加減他人の好意に気付かないと余計に不幸になるぞ。オレは親切に忠告してやるつもりはないけど。
「ハボック中尉がゲイだったら良かったのにな」
「突然何言い出すんだよ、大将」
 ハボックがギョッとオレを見る。
「だって中尉って女より男にモテるタイプだろ。ガチムチ系で性格もいいから、ゲイだったらきっと引く手数多だ」
 ハボックが心底嫌そうな顔になる。
「生憎オレは生っ粋の女好きだ。男に走るくらいなら出家して一生誰とも付き合わない方がマシ。つかマジ気持ち悪いから止めてくれ」
 ブルッとハボックが全身を震わせる。
「そんなに嫌か?」
「嫌に決まってるだろう。……大将だってゲイよばわりされたら怒り出すだろ」
「はっ……。今まで散々ロイの子猫よばわりされたり身体で上官に取り入ったんだろうとか言われ続けてきたオレだぜ。もう言われ慣れた」
 はははと笑えばハボックは複雑そうに聞いた。
「そんな事言われてんのか?」
「まあね。20歳で少佐だ。部下は年上しかいないし、オレって外見こんなんだし。舐められやすいというか、見掛けで判断されやすいんだよ。けどまあ、直接喧嘩ふっかけてきたら拳で対応すっけど。修羅場は慣れてるから大丈夫」
 ホムンクルス達とドンパチやってた頃に比べると平和なもんだ。ただの喧嘩で負けるわけがない。いつだって相手になるさカモーン。
「オレの部下達は大将をバカにしたり色メガネで見たりしてないぜ。何処の奴らが喧嘩ふっかけてくんだ?」
「マスタング組以外の人間だよ。オレの事を直接知らない人間達さ。外で何か言われるのなんて慣れてるし、気にしてねえよ。正面きって喧嘩売られれば買うし、そっちの方が面倒がねえ。逆に陰で陰湿に陰口叩かれる方がうざったい」
「喧嘩売られる方が面倒がないねえ。大将も立派に武闘派だからな。外見に騙された奴らは気の毒に。でもあんまり派手にやんなよ」
「オレは元々武闘派だ。ガキの頃から喧嘩上等だぜ。……アルには勝った事ねえけど」
 がっちりと右手を握って見せる。
 頼もしそうにハボックが笑う。
「……そんなナリして強えもんなお前。そんくらい強くなきゃ、ローティーンのガキが二人で旅なんかできなかったんだろうが。そういやテロリストに誘拐されたり汽車で戦ったりしたなお前。知らないって恐いよな。エドに喧嘩吹っかけたヤツら、エドの事マジでツラだけの生意気な美少年だと思い込んでるって事だろ。よくそんな勘違いができるもんだぜ。国家錬金術師は人間兵器だっていうのをすっかり忘れてるな」
「はん、錬金術なんか使わなくったって喧嘩にゃ勝つさ。人数が多かったり武器だしてきたら別だけど。やっぱ男は拳だろ。タイマンで勝てばあと引かないしな。その点軍隊っていうのは分りやすい」
「ああ…。ガチンコ系の人間ばっかだからな。その点単純だ」
「チビって言ったヤツはフルボコだけどな。それから、オレが子猫だとか綺麗なツラとか言って襲ってきたヤツらは全員タマ潰しの刑にしてる」
「その、襲ってきたって……まさか」
 ハボックが顔を引き攣らせてオレを見る。
「そのまさか。何をどう間違えたらオレに欲情できんのか知らねえけど。ガキの頃はそういう変態によく遭遇した。まさか大人になってまで変態の守備範囲に入るとは思わなかった。オレってそんなに男らしさの欠片も見えねえか?」
 ハボックが複雑そうな顔を向ける。
「大将はなあ…。中身がどんなんかオレらは知ってるけど、知らない人間から見たらどうかな。ツラは綺麗だし、なんたってその流れるような金髪と金色の瞳。鍛えてんのにガッチリタイプじゃないし、軍服のエドってなんというかストイック系というか、少将とはまた違った見栄えの良さがある。とにかく勘違いするヤツは確実にいるだろうな」
 しみじみ言われても。
「オレが美少年すぎるのが良く無いのか? しかし髪は切ると首が寒いし体調崩し易いんだよな。機械鎧つけてると体温調節狂うからな。冬は極端に冷えるし、夏は逆に暑すぎる」
「エドが長髪なのってちゃんと意味があったんだ」
「ファッションなわけないだろ。洗うの面倒だし女と間違われるし。いっそ切っちまいたいんだが、切ると首筋が寒い。二十四時間マフラー着用っていうのも変だろ」
「機械鎧って大変なんだな」
「慣れてる。一生の付き合いさ」
 偽物の賢者の石を使えばもしかしたら手足も元に戻せるかもしれない。だけど賢者の石の材料が人間だと知った今、石を使う気にはなれない。
 この手足は罪の対価なのだ。罪を犯したツケがこの欠けた手足だ。
「大将。……今度お前に変な事言うやつがいたら言えよ。オレがなんとかすっから」
「いいよ。自分で対処できる」
「違う。お前にボコられるヤツらが気の毒だって言ってんだよ。エドは遠慮無しだろ」
「ふはははは。当然っ」
「右手は手加減してやれよ。それ凶器だぜ」
 ハボックの隣は楽だ。だけれどそれは当然恋愛感情にはならない。
 ロイはどうしてハボックを好きになったんだろう。
 良く分からねえけど、ロイに勝機はない。
 二人の為にも早くどちらかに本命ができる事を祈るしかない。
 つか、ハボック中尉が結婚したら自棄酒の相手はオレしかいねえから、もの凄くうざい事になりそうだ。
 ハボック中尉、しばらくは独身でいてくれ。できれば一生。
 仮定未来にうんざりしてどうするオレ。



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