#04

「分かるさ。『やっぱりあの二人はデキてる』と言われるか『鋼の錬金術師は身体で上官に取り入っている』とか『ロイ・マスタング将軍は女を喰いすぎて、女に飽きて最近は少年趣味に走ってる』とか。……鋼のはもう少年という年ではないのにな。今だに美少年と言われるのはどうかと思うぞ。なんだそのツルツルお肌は」
「言わないでおいた事をわざわざ言うな! きしょいんだよ! 誰が美少年だ!」
 バンッと机を叩いて猛然と抗議する。
 オレが綺麗な面してんのはオレのせいじゃねえ。
 知らない男に突然、きみは白薔薇のように美しいと言われた時にはドン引いたな。どんな低性能のフィルターを通したらオレが薔薇系美少年に見えるっつうんだ。低性能というより不良品だ、ポンコツだ。
 言ったら盛大に笑われた。
「はははは。今さらムキになっても遅いぞ鋼の。私と君がデキてるという事は、事実半分と認識されているのだからな」
「ギャーーッ!」
 頭を抱えて叫ぶ。ここに鷹の目様がいれば口の軽い上官を撃ってもらうのに。
 オレが自分で暴れ出さないのはまだ食事の途中だからだ。自分で用意したものを無駄にするのは許せない。
 というか、この話題の討論は何度もしたから耐性がついているだけだ。
 とどのつまり。


『ロイ・マスタング少将と鋼の錬金術師エドワード・エルリックは密かに付き合っている!』


 ……というのが軍部内、どころか一般市民にまで浸透しつつある事実無根の噂話である。ぎゃおっす。
 なんでそんな根も葉もない噂話が駆け抜けたのかさっぱり分からないが、原因は一つではないらしい。
 その一。ロイ・マスタングが見合いを断り続けるのに本命がいると言ったらしい。
 それを信じないしつこい御令嬢に「相手は金髪の行動力ある人だ」とロイの阿呆はのたまったらしい。(ハボック中尉は金髪だもんな)
 金髪というから、御令嬢様はオレかホークアイ大尉かどちらかだと辺りをつけたらしい。
 どっちも全然掠ってねえよ。ロイの本命はタバコ臭いマッスル系だよ。つか、普通は女のホークアイ大尉の方だと思うだろ。何故オレだと思うんだ?
 その二。オレとロイは互いの利害の一致からよく会っている。
 お互い片思いの愚痴を溢せる相手がいないのだから、仕方がない。ヒューズ中佐がいない今、ロイがプライベートで誘える相手は少ない。結果、オレとロイはたまに飲みに行ったりロイの部屋に泊まったりする。
(男同士、家に泊まったからといって何故勘ぐられなければならんのじゃっ。ハボック中尉もブレダ中尉の部屋に泊まったりするぞっ!)
 その三。オレの配属。
 ホークアイ大尉と一緒にロイの副官をしているせいで、オレがロイの腹心に見えるらしい。オレ達が並ぶと見栄えがするからな。
 オレ様は、ロイ曰くまだ美少年に見える、らしいし。
 オレが童顔だと言いたいのかコラ。テメエの方が童顔だろうに。その顔で三十四歳は詐欺だぞ。
 それにオレはこの年でもう少佐だ。国家錬金術師の肩書きがあるから当然なのだが、若くしての出世は上官の贔屓によるものだと一部の者達は思っている。ロイ・マスタングは自分の愛人を引き上げて側に置いているのだと。
 阿呆か。
 ロイがそんなくだらない事すると思っているのだから、知らないって恐い。誰より実力主義で使えない人間はすぐに自分の前から切り捨てるヤツだぜ。
 と、いうような周りの勝手な思い込みと捏造により、オレ達は秘密の愛人関係にされてしまっている。
 初めてそれを聞かされた時は暴れたね。
 ふざけんじぇねえやコラッと思ったが、ロイは、『私なんか若い頃は上官にケツを貸して身体で伸し上がった。……なんて言われてたぞ、ははは…』だと。笑うとこかそこ?
 突っ込めるなら男のケツでもいいなんて、軍部の上官てどんな人間の集まりだと思われてるんだ? 軍部ってそんなに女日照りなのだろか。
 けどロイの周りからは女が耐えないぞ。もしかしてカモフラかと思われてる?
 オレも年くったら美少年を愛人にしていると言われるんだろうか。それとも美人の副官が性欲処理の相手だとか。
 あーやだやだ。そんな風になったら面倒だから、オレに部下がつく事になったらなるべく並以下の容姿のヤツを側に置こうか。
 ふらちな噂が立つのも、オレ達の容姿がちょっと人より整っているせいだ。不細工な人間相手なら妄想も働かせにくいに違い無い。
 それとも鋼の錬金術師はゲテモノ喰いだなんて思われたらヤだなあ。それならまだロイの方がいくぶんマシだ。
 当然イーストシティ時代からの付き合いのロイの部下達はそんな噂は欠片も信じてはいない。オレとロイのやりとりを聞いて、そんな桃色な関係を思い浮かべられるわけない。ロイは骨の随からの女好きだし、オレはアル以外の男はアウトオブ眼中だ。
 ロイの部下はいいのだが、その他の連中がウザったい。
 噂をまともに信じているヤツからは上官に身体で取り入りやがってという目で見られるし、下種なヤツになるとオレにもヤらせろと迫ってくる。そういうヤツは強制退場させるが、オレより階級が上だと処理が面倒だ。
『あのマスタングが夢中になっているその身体を味あわせろ』とか言って迫られた日には切れるぜ。実際迫られたけど。
 まあそん時は『かしこまりました。しかし言っときますけど、オレガチで攻めですから。ケツ出して下さいね。ガツンガツン掘ってさしあげますから』と言ってケムに捲いた。その後、オレ達の関係はオレが男役、ロイが女役だと噂が流れたけど。
 ロイが喜色悪い上官のジジイに迫られて逃げたっていう噂は本当かな? オレのせいじゃないと思いたい。
 だからオレがロイの家に泊まったなどと知れたら困るのだ。色々ありもしない事を妄想され、それがあたかも事実のように噂として流れてしまう。
 みんなそういう申し送りは大好きだよな。オレだって当事者じゃなければ面白おかしく適当に脚色交えて噂するのだが、当事者では嗤う事もできん。
 どうして才色兼備のホークアイ大尉が側にいるのに、オレがロイとデキている事にされねばならんのだ。普通男女カップルが噂になるもんだろ。
 ホークアイ大尉に隙がなさすぎるのか、それともオレが隙だらけに見えるのか。どっちだ?
「人の噂も七十五日。そろそろ皆デマだと気付くさ」
 ロイの無責任な言葉に「噂が立ち始めて、そろそろ一年が経つんだけど」と事実をつきつけてやった。
 それだけ長い間噂になっていると、噂は事実として認識されつつある。火のない所に煙りは立たずってね。
 そんな火はどこにもないっつうの。
 だって万が一ロイがオレを×××して○○○したいなんて欲望を抱えて実行に移そうとしたら、オレが反撃する前に鷹の目様の御自慢のライフルが火を吹く。ロイの額に穴が空いて、さぞや頭部が涼しい事になるだろう。うちには鉄壁の風紀管理人がいるのだ。
 ロイがオレをどうこうしようなんて微塵も考えてないと、ホークアイ大尉以下ロイの部下は全員知っているから仕事には支障が出ないが、勝手に走り回る噂はどうしようもない。
「……なんでオレがロイの愛人なんだよ。オレが男役、ロイが女役なら噂になっても許してやんのに。オレは野郎に掘られる趣味はねえっ」
「君の怒る箇所はそこか。……今はリバーシブルという言葉もあるんだが…。鋼の。攻守より、事実無根の根も葉もない噂を怒りなさい。まったく皆暇人なのだから。困ったものだ」
 ロイは噂に関しては匙投げている。
 噂をバラまいているのはロイに女を取られた男達じゃないかと思うのだが、証拠はない。
 こんな噂が出回るなんて平和な証拠かね。いっそアームストロング少佐とデキてるとか言われた方が楽しくていいのだが。
 無責任な噂に怒ったのはオレ達だけではない。
 いや、本人達より第三者の方が問題だった。
 何故かこのよからぬ噂がアルフォンスの耳にもしっかり届いていて、オレはアルにぎっちり問い詰められた。
『ねえ兄さん。噂は本当? 嘘だよね?』…なんて。
 目が笑ってませんよアルフォンス君。超恐いんですけど。兄を脅すな弟よ。お前の兄は男にケツを貸すような男じゃありません。
 お前までくだらない噂を信じるのか。普段のオレを見てたら分かりそうなものだろ。
 もしかして育てかた間違えたかな。
 おいおい。言っときますけど、お前のお兄様は普通に女が好きなヘテロですよ。今まで一緒に暮らしてきて何を見てきたんだよ。
 男はアルフォンス、お前だけだ。そこが一番問題なのだが、そんな事は言えないので貝になる。沈黙は金だ。
『兄さんはウィンリィのでっかい胸を見ても萌えないし……』
 あのね。以前「いやらしい目で見たら罰金!」…とか言われたんだぞ。お前はすっかり忘れちまっただろうがな。萌える前にこっちの財布が空になるわい。いやその前にスパナで頭カチ割られるか。
 これみよがしに突き出されている胸でも直視しないのが礼儀なんだよ。アピールしているくせにガン見したら「いやらしい目で見ないで変態」と抗議すんのが女だぞ。被害者はこっちだ。
 オレは一切合切、無罪を主張します。人を変態呼ばわりしたら名誉毀損で訴えるぞ。
『兄さん、もういい年なのに恋人を作る気配もないし』
 ……仕事が忙しいんだよ。それにオレの理想『母さんみたいな女性』に巡り会った事もない。オレは理想が高いんだ。………と言ったら、アルのヤツ、オレをマザコンよばわりしやがった。
『マスタング将軍の家に時々泊まってくるじゃないか』
 ……錬金術の資料を借りたり、仕事の続きで宿泊しただけだ。不埒な想像しやがったら怒るぞ。というか、オレが男の部屋に泊まる事で何の想像してんの? 本当に怒るよ兄ちゃんは。
 ……と色々追求されてオレは大変面白くなかった。
 オレの好きなのはお前だアルフォンス。いい加減気付けよバカ。とか思ったり思わなかったり。
 万が一バレたりしたら、地の果てまで逃げるしかないチキンなオレだ。
 オレがロイの家に泊まったなどと知られるとまた噂が再燃してしまう。
 人の預かり知らない所で勝手に噂されるのは気分が悪い。事実無根なのに、まるでそれが真実かのように話題に上る。
 マジで切れっぞ。人の噂をまき散らしているのを見掛けたらボコにすると決めているが、そんなの氷山の一角だ。ロイは気にするなと言うが。
 いいよな。ロイは女好きの他に美少年趣味が加わるだけだが、オレは上官の愛人にされてんだぞ。
 ロイ・マスタングの子猫ちゃんと面と向って言われた時は、切れるより固まったな。
 ああ、思わず遠い目になるぜ。
 チビとか豆とか生意気な小僧とか色々言われてきたオレだけど、十八歳を過ぎた今になって子猫よばわりされるとは、情けないというより理解不能。
 何をどう間違えたらオレがあの軟体動物に見えるというのか。しかも成猫ではなく子猫。
 ……もう笑うしかねえよな。
 猫は大好きだが、自分がなりたいとは思わない。というか、二十歳の男が本気でそんな事を思った時点で人として終っている。
 おい、オレを子猫よばわりしたヤツ。オレと猫に謝れ! 陳謝せよ。
 ……というように、これがオレの今の状況。
 色々な事をやってきてそのつど失敗のツケを支払わされてきたオレだけど、大人になってまで苦悩続きだとは流石に思わなかった。
 アルフォンスが好きすぎてついには恋にまで発展しちまって、気持ちを誤魔化すあまりアルに冷たく当たっちまうわ、性悪の上司のお守のあげく架空愛人にされちまうわで、オレの人生は当分退屈しそうにない。
 いい加減腰を落ち着けて静かに暮らしたいと思ってるんだけどな。わりとマジで。
「鋼の」
「なんだよ」
「……ハボックに会ったら、きっとそのうち新しい出会いから元気出せと言っておいてくれ」
「自分で言え」
「私が言ったら嫌味や嫌がらせに聞こえるかもしれないじゃないか」
「聞こえるも何も、立派な嫌味と嫌がらせだろうが」
 ロイはむうっと唸った。
 何か考えてる。
「いい加減ハボック中尉を開放してやれば? マジで気の毒だせ。いい人なのに」
「…………まあそのうちな」
 当分離す気ないなお前。
 片思いの辛さはオレも知ってるけどさ。
「フラれ続けてるけど、ハボック中尉はいい男だから、すぐに恋人ができると思うぜ。いい加減邪魔を止めないと本気で嫌われるぞ」
「…………私に邪魔されたくらいで破局するのだから、お互いそんなに本気ではなかったという事だ。別れるのが少し早まっただけだ。……私のせいじゃない」
「今まではそうでも、次はそうじゃないかもしれないぜ。今回だって、相手の女性は悪くない相手だった。結婚相手としては及第点だったと思うぜ」
「………………鋼の」
 底なし沼に落ちた猫はこういう顔をするんだろうなって表情だ。……そんなに好きなら玉砕してこいよ。
「こんな事言わせんなよ。んな忠告したかねえけど、オレが言わなきゃ他に言う人間がいないんだからしょうがないだろ」
「言いたく言葉を無理に言う必要はない。他人の恋愛沙汰に口を挟むな」
 不機嫌になってしまったロイの気持ちも分かる。
 自分のしている事がいかに不毛かよく分っているから、真実を正面から突き付けられるのは痛い。
 だがオレはあえて言うぞ。
「お互い………実現不可能な恋をしてんだ。同病哀れむような事はしたかねえが、アンタの姿は将来のオレの姿かもしれない。オレだってアルに恋人ができれば切れるだろうよ。……そういう自分の姿が分かるからこそ、アンタの情けない姿が腹立たしいんだよ。いい加減ふっきれよ」
 ロイに言う言葉は全部自分に跳ね返ってくる。
 オレもいい加減にアルフォンスへの気持ちを吹っ切らねばならない。オレの執心は相手を不幸にしちまう。
 九年前、オレのせいでアルは悲劇に見舞われた。アルフォンスの肉体と記憶は三年分欠けている。オレのせいだ。
「鋼の。……今日は折角の休日だ。家に戻って休みなさい。…………戻りたくないのならこのまま此処にいるといい。私は午後から軍に行くから、君は好きにしろ」
「……いい。帰るよ。アルが待ってる」
 そうだ。アルフォンスはきっと待っているだろう。分っていたのに、臆病なオレはアルから逃げまわっている。
 ロイは甘い。オレを突き放せばいいのに、そうしない。
 そうしてオレはそんなロイに甘えている。
 うおっ。もしかしてこの辺がオレが子猫よわばりされる所以なのか、そうなのか?
 しかし。アルフォンスは可愛いが、ハボック中尉はガテン系で、中身はともかく外見は可愛くない。
 あれでもしゲイだったら、モノホンのガチムチ系というヤツだ。
 なぜロイは美女と対極にいる野郎に惚れてしまったのだろう。女に飽きたわけじゃないのに。
 やっぱり何かの呪いか?
「そんな事、私が聞きたい」
 ロイは苦虫を百匹くらい噛み潰したような顔で言った。
 そりゃごもっとも。






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