21
ミランダ母子を見送って、エドワードとアルフォンスはもう一度家に入った。
「どうする、アル? ミランダの言う通りだ。このまま帰れば大佐に全部バレる。……かといって逃げれば本当にお尋ね者になっちまうし、どうしようか? ダブリスに行って、師匠のところに匿ってもらおうか? でも迷惑をかけるのはイヤだしな。……そうだ、アルだけ師匠の所に行って、オレだけ東方指令部に戻るっていうのは? そうしたら当座の時間は稼げるし、アルフォンスがイーストシティに戻らなければ、ずっとこの事を隠しておける」
エドワードはソファに座り、隣のアルフォンスと相談した。
アルフォンスがエドの手を握り締めて言った。
「……ボクに考えがあるんだ。……一度イーストシティに一緒に戻ろう。……大佐には全部話しておきたい」
「……アル?」
「隠しても隠しきれるものじゃないよ。秘密っていうのはいつか露見するものなんだ。ならいっその事全部話して、守ってもらった方がいい」
エドワードがそれはイヤだと言う。
「えー? ……大佐に守ってもらうのか? ……また弱味を握られてこき使われるだけのような気がするぞ」
「いいよ、それでも。一蓮托生だ。この先どうしたらいいか、ゆっくり考えればいいよ。時間はあるんだ。ボクは兄さんが一緒にいてくれるなら、いくらだって辛抱できる」
「アル……」
夢にまで見たアルフォンスの笑顔に、エドワードは閉じたばかりの涙腺がまた弛むのを感じた。
これは幾度となく見た夢ではない。現実のアルフォンスだ。
その温かさを感じたくて、エドワードはそっと顔に手を伸ばした。
とても自分と同じ構成物質でできているとは思えない。エドワードの知るアルフォンスの顔だ。
濁りのない目がエドワードを見ている。
もう一度抱き締めようとしたが、アルフォンスの手がエドワードの頬を包み込む方が早かった。
「……ねえ、兄さん」
「何だ、アル?」
「ボクの言った事覚えている?」
「お前の言った事?」
アルフォンスに何か言われただろうかと、エドワードは記憶を探った。
「ボクが身体を取り戻したら、一番にしたい事、言ったよね」
アルフォンスの顔が近付き、唇を重ねられると、エドワードの意識が明確になった。
「ア、アルっ!」
慌てて身体を引き剥がす。身体に力が入らないのか、アルフォンスの身体が離れる。
「何するんだ!」
「何するも何もないでしょう。……兄さんにボクは言ったよね?」
「…………聞いた……けど」
エドワードの手が口元を押さえる。
混乱していた。
いきなりこの展開か?
心の準備ができていない。
どうしようかと動揺するエドワードに、アルフォンスは哀し気に言った。
「まさか、この身体が自分のクローンだからイヤなの? 自分とセックスするのは気持ちが悪い?」
遺伝子上、アルフォンスの身体とエドワードの身体は同じだ。一卵生の双児と変わらない。
そんな事は考えた事もなかったエドワードだ。
「そんな事あるわけないだろう。お前の身体なんだぞ。全部大事に決まっている」
「良かった。……自分の身体だから、抱き合うのは気持ちが悪いと言われたらどうしようかと思った」
ホッとしたように笑うアルフォンスに、エドワードは動揺のまま言う。
「アル……お前の身体は元に戻ったばかりなんだ。どんな影響があるか分らないんだから、しばらくは体力を元に戻すまでおとなくしていろ」
アルフォンスはエドワードに近付いた。
「駄目だよ、兄さん。ボクの身体が健康体に戻ったら兄さんは逃げるでしょ? ボクの為っていう大義名分を振りかざして。駄目だよ、逃がさない。兄さんはボクのモノだ。言ったよね。兄さんがボクの前から消えたら死ぬって。嘘じゃないよ。兄さんが消えたらボクは死ぬから」
エドワードはアルフォンスの言いぐさに怒る。
なんて事を言うのだ。
「アルフォンス! 折角身体を取り戻したんだぞ? これからいくらだって楽しい事があるんだ。お前は友人や恋人や家族を作って、いくらでも幸せになれるんだ。もっと前向きに生きろ」
「これ以上はないくらい前向きなんだけれど。……それで? そのボクの幸せに兄さんは含まれるの?」
「それは……」
「兄さんの言う家族や恋人って何? それは兄さんじゃないの? ボクの伴侶は兄さんじゃないの? 違うって言うなら怒るよ?」
「アル。お前はこれからいくらだって出会いがあるんだ。オレのおかしな感情に付き合う必要は何処にもない。アレは鎧の身体だったから、心が勘違いしちまっただけなんだ。身体が元に戻ったんだ。しばらくは慣れないだろうが、元の感覚を取り戻したら、きっとそれが勘違いだって気がつく。そうなったらオレと寝た事を後悔する。だからこのまま、何もなかったことにした方がいいんだ」
「……そう。それが兄さんの見解なの。……駄目だよ。そんな逃げは許さない。兄さんがいくら逃げても切り札はこっちにある。兄さんの愛って切り札が。兄さんはボクに生きて幸せになって欲しいって思っているよね? だけどボクの幸せは兄さんといる事なんだ。……勘違い? バカにしてもらっちゃ困る。実の兄と寝るのにボクが悩まなかったと思うの? 将来を考えなかったとでも? ボクは全部考えて兄さんを受入れたんだ。身体が戻ったからには、本当の恋人同士になって幸せになるんだ。兄さんに逃げる場所はない。何故なら逃げればボクが生きていないからだ」
「アル!」
「卑怯だと思う? だけど兄さんの方が卑怯だ。自分の気持ちに蓋をして、ボクの心も無視して、兄さんは自分を守る為に、ボクの為という大義名分をふりかざして逃げようとしている。兄弟で愛しあうリスクに怯えている。ボクの気持ちがいつかは離れるんじゃないかと疑って、それなら始めからない方がいいと、諦める事で楽になろうとしている。だけどそんなのは駄目だ、許さない。兄さんを楽になんかさせない。あなたはボクのモノだ。兄さんがボクを恋しなくなっても、嫌っても、兄さんはボクの恋人だ。ボクがそう決めた。それがイヤなら逃げれば?……兄さんのいない現実なんかいらない。ボクにはその覚悟がある。錬金術師は等価交換でしょ。ボクはこの命一つで、兄さんの心と身体と未来を購うよ」
「ア……ル……」
アルフォンスに掻き口説かれ抱き締められて、エドワードの身体から力が抜ける。
「そう。……兄さんはそうやってボクの側にいればいい。ボクが全部うまくやってあげる。今度はボクが兄さんを守るよ。だから兄さんをボクに頂戴」
アルフォンスの身体がエドワードにゆっくりと覆い被さる。
見上げるアルフォンスの表情にエドワードは怯えた。そこにはエドワードの知る無邪気さは何処にもなかった。それはエドワードの知らない男の顔だった。
「怯えないで、兄さん。ボクを愛しているだろ? なら、黙ってボクの愛を受入れて。ありったけの愛をあなたにあげるよ。兄さんが窒息するくらいの、人生を掛けた愛を」
唇を重ねられ、服を脱がされて、エドワードは残りカスのような理性で言った。
「駄目だ。…………お前が……汚れる……」
「どうして? ……兄さんを抱くから? ……兄さんと寝ると汚れるの? ……ならボクを汚して。兄さんの持つ汚れでボクを同じ色に染めて。そうしたら兄さんはボクの気持ちを信じる? ……ああ、いいよ。別に一生信じてくれなくても。ボクは兄さんを勝手に愛するから。兄さんがボクを愛さなくなってもね。一生側にいる。絶対に離すものか」
アルフォンスの柔らかな唇が身体中を這い、エドワードの身体はガクガクと震えた。
愛している。その気持ちに嘘はない。なのにアルフォンスが恐い。
「ボクが恐ろしい? こんな男だとは思わなかった? そうだよ。ボクはこんな人間だ。浅ましくて、汚い、普通の男だ。愛する人間をどうしたら独占できるかと考えている、ただの男だ。欲にまみれて、恋人をどう腕の中に閉じ込めようかと考えている汚い男だ」
柔らかく、温かい身体。
鉄とは違う、命の息吹を感じる。
愛おしい。
アルフォンスに愛されるたびに、エドワードは死にたくなる。幸せで、禁忌が恐くて。
もっとだ。もっと殺して欲しい。
お前だけだと刃物のような愛で貫いて欲しい。
乱暴に扱って、絶対に離さないとエゴイスティックに独占して欲しい。
「アル……」
エドワードは真直ぐにアルフォンスに手を伸ばし、背を抱き締める。自分と同じ身体。そして全く違う魂。
これがアルフォンスだ。エドワードの愛した、たった一人の弟だ。
逃げ出したい。アルフォンスの愛を失うくらいなら、今ここで死にたかった。
いつまでこの独占欲が続くのか分らない。アルフォンスの前に、エドワードの知らない誰かが立つ日までか?
だけれどその時になって、アルフォンスの愛情が冷めた時にエドワードはその手を離せるだろうか?
……無理に決まっている。
愛は身体を縛る鎖だ。エドワードの鎖はアルフォンスに繋がっている。
離されれば、崖を転がり堕ちるしかない。
何処へも行かないで欲しい。ずっと側にいて欲しい。誰も自分以外愛さないで欲しい。
……そう言えない自分の弱さがイヤだ。
アルフォンスの慣れない手が自分の内側を暴く。
入り込んだ指に痛みを感じて呻く。
乾いた手に中を擦られて、素直に「痛い」と言った。
『愛』以外の感情は隠さなくてもいい。
もうエドワードは素直になってもいいのだ。
アルフォンスの身体に、中に入り込まれた。
中が引き攣れる。
内臓が動いたようで恐かった。
「……ッ痛い。…………アル。………痛い……よ……」
不器用な丁寧さでアルフォンスの身体が中に入る。
鉄の身体で抱かれた時より痛かった。
肉の抵抗がアルフォンスを拒んだ。
きっと自分はずっと痛いままだろう。
罪という心がエドワードの中にあり続ける限り、エドワードは痛いままだ。
全部が身体の中に入って来る。
アルフォンスに口付けられて、夢中で舌を絡める。
どこもかしこも痛かったが、唇だけは甘かった。
涙が止まらないのは痛いせいだとアルフォンス責め、ヘタクソと頬をつねった。
アルフォンスが膨れ、エドワードは少しだけ笑った。
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