02

 







 21









 ミランダ母子を見送って、エドワードとアルフォンスはもう一度家に入った。

「どうする、アル? ミランダの言う通りだ。このまま帰れば大佐に全部バレる。……かといって逃げれば本当にお尋ね者になっちまうし、どうしようか? ダブリスに行って、師匠のところに匿ってもらおうか? でも迷惑をかけるのはイヤだしな。……そうだ、アルだけ師匠の所に行って、オレだけ東方指令部に戻るっていうのは? そうしたら当座の時間は稼げるし、アルフォンスがイーストシティに戻らなければ、ずっとこの事を隠しておける」

 エドワードはソファに座り、隣のアルフォンスと相談した。

 アルフォンスがエドの手を握り締めて言った。

「……ボクに考えがあるんだ。……一度イーストシティに一緒に戻ろう。……大佐には全部話しておきたい」

「……アル?」

「隠しても隠しきれるものじゃないよ。秘密っていうのはいつか露見するものなんだ。ならいっその事全部話して、守ってもらった方がいい」

 エドワードがそれはイヤだと言う。

「えー? ……大佐に守ってもらうのか? ……また弱味を握られてこき使われるだけのような気がするぞ」

「いいよ、それでも。一蓮托生だ。この先どうしたらいいか、ゆっくり考えればいいよ。時間はあるんだ。ボクは兄さんが一緒にいてくれるなら、いくらだって辛抱できる」

「アル……」

 夢にまで見たアルフォンスの笑顔に、エドワードは閉じたばかりの涙腺がまた弛むのを感じた。

 これは幾度となく見た夢ではない。現実のアルフォンスだ。

 その温かさを感じたくて、エドワードはそっと顔に手を伸ばした。

 とても自分と同じ構成物質でできているとは思えない。エドワードの知るアルフォンスの顔だ。

 濁りのない目がエドワードを見ている。

 もう一度抱き締めようとしたが、アルフォンスの手がエドワードの頬を包み込む方が早かった。

「……ねえ、兄さん」

「何だ、アル?」

「ボクの言った事覚えている?」

「お前の言った事?」

 アルフォンスに何か言われただろうかと、エドワードは記憶を探った。

「ボクが身体を取り戻したら、一番にしたい事、言ったよね」

 アルフォンスの顔が近付き、唇を重ねられると、エドワードの意識が明確になった。

「ア、アルっ!」

 慌てて身体を引き剥がす。身体に力が入らないのか、アルフォンスの身体が離れる。

「何するんだ!」

「何するも何もないでしょう。……兄さんにボクは言ったよね?」

「…………聞いた……けど」

 エドワードの手が口元を押さえる。

 混乱していた。

 いきなりこの展開か?

 心の準備ができていない。

 どうしようかと動揺するエドワードに、アルフォンスは哀し気に言った。

「まさか、この身体が自分のクローンだからイヤなの? 自分とセックスするのは気持ちが悪い?」

 遺伝子上、アルフォンスの身体とエドワードの身体は同じだ。一卵生の双児と変わらない。

 そんな事は考えた事もなかったエドワードだ。

「そんな事あるわけないだろう。お前の身体なんだぞ。全部大事に決まっている」

「良かった。……自分の身体だから、抱き合うのは気持ちが悪いと言われたらどうしようかと思った」

 ホッとしたように笑うアルフォンスに、エドワードは動揺のまま言う。

「アル……お前の身体は元に戻ったばかりなんだ。どんな影響があるか分らないんだから、しばらくは体力を元に戻すまでおとなくしていろ」

 アルフォンスはエドワードに近付いた。

「駄目だよ、兄さん。ボクの身体が健康体に戻ったら兄さんは逃げるでしょ? ボクの為っていう大義名分を振りかざして。駄目だよ、逃がさない。兄さんはボクのモノだ。言ったよね。兄さんがボクの前から消えたら死ぬって。嘘じゃないよ。兄さんが消えたらボクは死ぬから」

 エドワードはアルフォンスの言いぐさに怒る。

 なんて事を言うのだ。

「アルフォンス! 折角身体を取り戻したんだぞ? これからいくらだって楽しい事があるんだ。お前は友人や恋人や家族を作って、いくらでも幸せになれるんだ。もっと前向きに生きろ」

「これ以上はないくらい前向きなんだけれど。……それで? そのボクの幸せに兄さんは含まれるの?」

「それは……」

「兄さんの言う家族や恋人って何? それは兄さんじゃないの? ボクの伴侶は兄さんじゃないの? 違うって言うなら怒るよ?」

「アル。お前はこれからいくらだって出会いがあるんだ。オレのおかしな感情に付き合う必要は何処にもない。アレは鎧の身体だったから、心が勘違いしちまっただけなんだ。身体が元に戻ったんだ。しばらくは慣れないだろうが、元の感覚を取り戻したら、きっとそれが勘違いだって気がつく。そうなったらオレと寝た事を後悔する。だからこのまま、何もなかったことにした方がいいんだ」

「……そう。それが兄さんの見解なの。……駄目だよ。そんな逃げは許さない。兄さんがいくら逃げても切り札はこっちにある。兄さんの愛って切り札が。兄さんはボクに生きて幸せになって欲しいって思っているよね? だけどボクの幸せは兄さんといる事なんだ。……勘違い? バカにしてもらっちゃ困る。実の兄と寝るのにボクが悩まなかったと思うの? 将来を考えなかったとでも? ボクは全部考えて兄さんを受入れたんだ。身体が戻ったからには、本当の恋人同士になって幸せになるんだ。兄さんに逃げる場所はない。何故なら逃げればボクが生きていないからだ」

「アル!」

「卑怯だと思う? だけど兄さんの方が卑怯だ。自分の気持ちに蓋をして、ボクの心も無視して、兄さんは自分を守る為に、ボクの為という大義名分をふりかざして逃げようとしている。兄弟で愛しあうリスクに怯えている。ボクの気持ちがいつかは離れるんじゃないかと疑って、それなら始めからない方がいいと、諦める事で楽になろうとしている。だけどそんなのは駄目だ、許さない。兄さんを楽になんかさせない。あなたはボクのモノだ。兄さんがボクを恋しなくなっても、嫌っても、兄さんはボクの恋人だ。ボクがそう決めた。それがイヤなら逃げれば?……兄さんのいない現実なんかいらない。ボクにはその覚悟がある。錬金術師は等価交換でしょ。ボクはこの命一つで、兄さんの心と身体と未来を購うよ」

「ア……ル……」

 アルフォンスに掻き口説かれ抱き締められて、エドワードの身体から力が抜ける。

「そう。……兄さんはそうやってボクの側にいればいい。ボクが全部うまくやってあげる。今度はボクが兄さんを守るよ。だから兄さんをボクに頂戴」

 アルフォンスの身体がエドワードにゆっくりと覆い被さる。

 見上げるアルフォンスの表情にエドワードは怯えた。そこにはエドワードの知る無邪気さは何処にもなかった。それはエドワードの知らない男の顔だった。

「怯えないで、兄さん。ボクを愛しているだろ? なら、黙ってボクの愛を受入れて。ありったけの愛をあなたにあげるよ。兄さんが窒息するくらいの、人生を掛けた愛を」

 唇を重ねられ、服を脱がされて、エドワードは残りカスのような理性で言った。

「駄目だ。…………お前が……汚れる……」

「どうして? ……兄さんを抱くから? ……兄さんと寝ると汚れるの? ……ならボクを汚して。兄さんの持つ汚れでボクを同じ色に染めて。そうしたら兄さんはボクの気持ちを信じる? ……ああ、いいよ。別に一生信じてくれなくても。ボクは兄さんを勝手に愛するから。兄さんがボクを愛さなくなってもね。一生側にいる。絶対に離すものか」

 アルフォンスの柔らかな唇が身体中を這い、エドワードの身体はガクガクと震えた。

 愛している。その気持ちに嘘はない。なのにアルフォンスが恐い。

「ボクが恐ろしい? こんな男だとは思わなかった? そうだよ。ボクはこんな人間だ。浅ましくて、汚い、普通の男だ。愛する人間をどうしたら独占できるかと考えている、ただの男だ。欲にまみれて、恋人をどう腕の中に閉じ込めようかと考えている汚い男だ」

 柔らかく、温かい身体。

 鉄とは違う、命の息吹を感じる。

 愛おしい。

 アルフォンスに愛されるたびに、エドワードは死にたくなる。幸せで、禁忌が恐くて。

 もっとだ。もっと殺して欲しい。

 お前だけだと刃物のような愛で貫いて欲しい。

 乱暴に扱って、絶対に離さないとエゴイスティックに独占して欲しい。

「アル……」

 エドワードは真直ぐにアルフォンスに手を伸ばし、背を抱き締める。自分と同じ身体。そして全く違う魂。

 これがアルフォンスだ。エドワードの愛した、たった一人の弟だ。

 逃げ出したい。アルフォンスの愛を失うくらいなら、今ここで死にたかった。

 いつまでこの独占欲が続くのか分らない。アルフォンスの前に、エドワードの知らない誰かが立つ日までか?

 だけれどその時になって、アルフォンスの愛情が冷めた時にエドワードはその手を離せるだろうか?

 ……無理に決まっている。

 愛は身体を縛る鎖だ。エドワードの鎖はアルフォンスに繋がっている。

 離されれば、崖を転がり堕ちるしかない。

 何処へも行かないで欲しい。ずっと側にいて欲しい。誰も自分以外愛さないで欲しい。

 ……そう言えない自分の弱さがイヤだ。

 アルフォンスの慣れない手が自分の内側を暴く。

 入り込んだ指に痛みを感じて呻く。

 乾いた手に中を擦られて、素直に「痛い」と言った。

『愛』以外の感情は隠さなくてもいい。

 もうエドワードは素直になってもいいのだ。

 アルフォンスの身体に、中に入り込まれた。

 中が引き攣れる。

 内臓が動いたようで恐かった。

「……ッ痛い。…………アル。………痛い……よ……」

 不器用な丁寧さでアルフォンスの身体が中に入る。

 鉄の身体で抱かれた時より痛かった。

 肉の抵抗がアルフォンスを拒んだ。

 きっと自分はずっと痛いままだろう。

 罪という心がエドワードの中にあり続ける限り、エドワードは痛いままだ。

 全部が身体の中に入って来る。

 アルフォンスに口付けられて、夢中で舌を絡める。

 どこもかしこも痛かったが、唇だけは甘かった。

 涙が止まらないのは痛いせいだとアルフォンス責め、ヘタクソと頬をつねった。

 アルフォンスが膨れ、エドワードは少しだけ笑った。













top    novel     next22