22
アルフォンスの長い説明を最後まで聞いて、ロイ・マスタングはさてどうしようかと脳細胞の隅々まで考え抜いた。
様々な感情がロイの中を巡り、少しだけ混乱した。
アルフォンスの人体錬成が適った事への驚き。
ミランダの研究が完成して子供のクローンが成功した、純粋な錬金術師としての知的好奇心。
そして戻ってきたアルフォンスとエドワードのこれからの処遇。
どうしたものかと考えて、ロイはアルフォンスに聞いた。
「君はこれからどうしたい?」
「どうしてボクに聞くんですか?」
「考えがあるから君は戻ってきたんだろう? 鋼のはあまり後先考えていないようだが、君は違う。全てを計算づくで考えて戻ってきた筈だ」
「よく分りますね」
「……4年の付き合いだからな」
アルフォンスのエドワードを見る目は優しい。……が、何処か狂気を含んでいるとロイは思った。
これがアルフォンスの本質か。
鎧の中にいた本物のアルフォンスだ。
「ボクの望みは兄さんとある事です。それ以外は望まない」
「それはあまり具体的ではないな」
アルフォンスの言葉を受ける。
「そうですか? これほど具体的な事はないと思いますが。……その為だったら手段は選ばないという事ですよ。……その意味が分りますか?」
「分らんな。君は具体的には何をしたい?」
「……とりあえずはあなたの狗では?」
「……何?」
「ボクらには秘密があります。兄さんがここにいるのがイヤだというなら、攫って逃げてあげるけれど、兄さんの望みもボクとある事だけです。……逃げるよりも守ってもらった方がより安全そうなので、とりあえずそうしてみようかなと思いまして。逃げるだけならいつでもできますから」
「それで?」
「……ボクらの望みは身の安全と保証です。それを確約してくれるなら、ボクはあなたの狗になりますよ」
「鋼ので充分だ。……君など必要としないと言ったら?」
「本当に? ……兄さんに汚い事などできない。ヒト一人殺せない人ですよ? 大佐には手駒が必要なはずだ。平気で手を汚せる、優秀で口が固い裏切らない駒が。……東方指令部の人達は優秀で命令には忠実でしょうが、それは正規の軍人としての事でしょう? ……表に出せないような命令は下せないはずです。良心に背くような行為を、大佐は部下に命じられない。何故なら彼らがあなたに忠実なのは、大佐が正しいと思っているからだ。そこに作為があろうと卑怯だろうと、従うべき司令官として正統性を見い出しているからだ。だからそれから外れるような命令は出せない」
「……君なら…………出しても構わないと?」
「大佐が上に行く為には、手を汚せる人間が必要なのでしょう? 正攻法が通じない相手はいくらでもいる。そうして上は険しい。前にある障害を薙ぎ払う刀が必要な筈です」
「キミがそうなると? ……自惚れるな。君ごときにできるかな?」
「ボクは鋼の錬金術師の弟ですよ。力は兄以上です。……試してみますか? 生憎ボクは身体が戻ったばかりなので、手加減できないかもしれませんが」
「私と戦えるとでもいうのか? 錬金術を戦闘に使った事のないキミが?」
「やってみます。……ああ、言い忘れていましたけれど、ボクは兄さんと同じく、錬金術に錬成陣を必要としないんです。……両手で事が足りるんです」
「……いつのまに……」
ロイは純粋に驚く。
「ええ。ちょっとこの間、色々思い出しまして、錬金術の腕もかなり上がりました。それから……」
「まだ、何かあるのかね?」
「今晩は、雨ですよ?」
アルフォンスが窓を指差す。
ロイが驚いて窓を見ると、細かい水滴が見えた。
気がつかなかった。いつの間に天気が変わっていたのだろう。
ロイは苦い顔になる。
「……今日の所は完敗だ。……鋼のとゆっくり休みたまえ。……細かいことは明日また話し合おう」
「分りました」
疲れたように部屋を出るロイが、振り返って言った。
「……とりあえずアルフォンスには、次の国家錬金術師の試験を受けてもらおうかな。……君なら受かるだろう?」
「……はい」
ロイの挑戦的な瞳を、アルフォンスは微笑みで受け止めた。
エドワードの額に優しく口付ける。
エドワードは深く眠って起きる気配はない。この所ろくに眠っていなかったから仕方がない。精神的な疲れと肉体の疲労が一気に出て、身体が限界にきたのだ。
アルフォンスはゆったりとした緩慢な幸福に、エドワードの隣に身体を横たえた。
疲れていたが、まだ眠くはなかった。 ただエドワードの呼吸を感じていたかった。
ロイにはああ言ったが、現実が甘くないのはちゃんと分っていた。これから様々な困難が二人の前に立ちはだかるだろう。
だけれど二人でいられるなら、苦痛は感じない。
汚い事も卑怯な事もみんな自分が引き受ける。だから兄はただ自分の側にあればいい。
エドワードが側にいれば、アルフォンスは幸せだ。
彼をこの手に抱けるなら、なんでもしよう。
エドワードの心がアルフォンスを信じていない事は知っている。
バカな人だと思う。
自分は信じられても、弟の恋は信じないのだ。
だからアルフォンスもエドワードの心など、どうでもいい。
信じないなら、信じないまま愛してやればいい。
愛という檻の中に閉じ込めて囲ってしまえば、エドワードは逃げられない。
エドワードの心が壊れても構わない。
その魂さえ残っていれば、アルフォンスは満足だ。
エドワードには言ってないが、実はアルフォンスも魂の錬成が可能だ。
『真理』に辿りついたのは兄だけではない。
アルフォンスの方がより深く、『真理』を見た。その気になれば、エドワードの魂も錬成できるだろう。
死んでも離さないというのは、比喩ではなく、文字どおりの意味だった。
エドワードはアルフォンスより先に死ぬ事すら許されない。
死んでもアルフォンスが、魂を地獄から引き戻すからだ。
愛という籠の中で、エドワードは弟の囲い者になる。
「一生愛してあげる」
アルフォンスは起こさないように、優しくキスをエドワードの顔に降らせた。
エドワードの口元が、幸福そうに微笑んだように見えた。
悪魔を哀れむ歌02(完)
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