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「感動の対面はいいけれど、時間がないの。こっちの番よ」

 いつまでも離れない二人に業を煮やしたのか、ミランダがエドワードとアルフォンスを引き剥がした。

 エドワードは涙に汚れた酷い顔をしていたが、ミランダを見ると表情を引き締めた。

「……等価交換よ、エド。……私は約束を守ったわ。エドも約束を守ってちょうだい」

「分っている」

 エドワードの声に力が入った。

 アルフォンスは毛布にくるまって、エドワードのすることをジッと見ていた。

 自分と同じように並べられた、リシャールの二つの身体。子供は不安そうに母親を見ている。

 母親は子供に「大丈夫よ」と笑った。

 子供はモジモジと母親の側に行きたそうだった。

 エドワードはミランダを下がらせると、前置きなしにパン、と手を叩いた。今度は躊躇わないらしい。2度目だから要領が分ったのか。

 錬成の光が部屋を走る。

 途端にリシャールの身体が崩れ落ちた。

「リシャール!」

 叫び駆け寄った母親は、子供を抱き締めて、頬を叩き、名前を呼び続けた。

 しばらくして、子供がアルフォンスと同じようにねむそうな声を挙げると、同じく声を挙げて泣き始めた。

 母親の子供への愛情に満ちた泣き声を、アルフォンスはエドワードに抱き締められながら、ジッと聞いた。

 感動の場面は短かった。唐突にミランダは泣き止むと、立ち上がり、アルフォンス達の方を向いた。

「さあ。ここを出るわよ」

 どうしてと聞きたかったが、ミランダの顔には拒否を許さない強い意志が込められていた。

 アルフォンスはエドワードに支えられて、よろめきながら歩いた。

 身体はだるかったが、身体機能には異常はなさそうだ。

 こういう感覚は久しぶりで、まだ慣れなかった。

 長い間眠って鈍くなったような身体だったが、鍛えればすぐに元の健康体に戻れそうな予感がした。

 地下室の出口までくると、抱えていた子供を下に下ろし、ミランダがエドワード達を背後にした。

「どうするんだ?」とエドワードが聞く。

「ここを破壊するの」ミランダが答えた。

「どうして?」

「軍部にクローン実験が成功した事を知られてもいいの?」

「……それは困る」

「だからここを壊すわ。証拠を消すの。安心なさい。壊すのは内側だけよ」

 言った途端に、ミランダの両手の錬成陣が光った。

 錬成陣の円を表す刺青は、透かし彫りになっていたらしい。通常では見えなかったが、錬成の瞬間だけはそれが光り、模様が見えた。

 バッシュンと異様な聞き慣れない音がして、部屋の内部で空気の丸い大きな塊と、中で撹拌され渦巻く砂とが見え、そして突然それは消えた。

「……嘘……」

 地下室には何も無くなっていた。

 本当に何もなかった。沢山あった機械も、本も、大きな水槽も、様々なクスリも、全部運び出したかのようになくなっていた。

「これがあんたの錬金術か……」

 呆然としたようにエドワードが言うのを聞いて、アルフォンスもまた、ミランダの錬金術の威力を知った。

 あの中に人間がいたとしたらと思うと、恐ろしい。何もかもが無くなってしまうわけだ。

『鮮血の錬金術師ミランダ・マクミラン』

 敵にまわしたくないと言った、ヒューズの気持ちがよく分った。

 緋色のミランダは子供を再び抱きかかえ、階段を上がって行った。













「もう行くって?」

「ええ。マスタングはバカじゃない。検問に引っ掛かるまえに東部を出るわ」

 子供と自分の髪を染め、黒髪の親子になった二人は、陽が暮れる頃、エドワード達に別れを告げた。

「……もう?」

「時間がない。エドワードが消えた事をそろそろマスタングは掴んでいる。今東部を離れなければ見つかってしまう。逃げ切る自信はあるけれど、余計な人死には出さない方がいいでしょう?」

 もし軍に見つかれば、全て殺すと言外に言われて、エドはさっき見た錬金術を思い出し、ゾッとした。

「クローニングの証拠は全て消したし、これでリシャールの事が表沙汰になる事はない。……あなた達が喋らなければの話だけれど」

「……オレ達を消すつもりか?」

 剣呑に光るミランダの瞳にエドワードは緊張した。

 戦って勝てるだろうか?

 ミランダは殺気を消した。

「本当は口封じしてしまえばそれが一番安全なのだけれど……等価交換の約束だしね。……それにエドワードは子供の恩人だし、貴重な錬金術師だし。殺してから後悔するのもイヤなので、生かしておくわ。それに罪は同等よ」

 アルフォンスを見て言う。

 アルフォンスは魂が入った途端、顔付きが変わっていた。

 エドワードをベースにしてあるが魂が表に浮き出てきたようで、エドワードの記憶の中の弟の顔に変わっていた。

 髪の色は以前とは違いエドワードと同じ色だが、髪を短く刈ると、エドワードのクローンだとは思えない程、印象が違って見えた。

 エドワードがむっつりと言った。

「あんたらが捕まったら、アルの身体もクローンだってバレるからな。せいぜい地の果てまで逃げてくれ」

「分っている。お互いに他言無用よ」

 晴々と笑う女の顔は母親の顔だ。

 これからミランダは錬金術師だったことを隠し、子供と二人で平凡な生活をするのだと言った。

「あなたはどうするの、エド? イーストシティに戻ればアルフォンスのクローン錬成が分ってしまうわ。マスタングは鋭い男よ。戻るのは得策とは言えないわね」

「二人で考えるよ」

 アルフォンスと顔を見合わせて頷く。

 ミランダの言う通りだ。このまま戻ればロイ・マスタングにエドワード達のした事が分ってしまう。

 だが逃げたところで逃げきれるだろうか?

「それじゃあね、エド。アル。……ここでお別れよ」

 眠ってしまったリシャールを抱え、ミランダは車に乗り込んだ。

 エドワード達は歩いて駅まで帰ることになりそうだ。













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