18
エドワードは慎重だった。
「あんたと……取り引きしたとして……裏切らないという保証が何処にある? ……リシャールの魂をクローン体に移し替えた後で、あんたがオレ達を殺さないっていう保証は何処にもない」
「ええ、そうね」
あっさりと肯定されてエドワードは拍子抜けする。
「エドの言うとおりよ。……でもね、エドワードは殺さない。どうしてかっていうと、クローン技術は未知のものだからよ。私の技術は完璧のつもりだけど、100%の確立じゃない。99%なの。残りの1%はどうなるか分らない。もしかしたらクローンの寿命は他の人間よりも短いかもしれない。ましてやオリジナルのあの子はもともと病気がちだし。……だから魂の移し替えを完璧に行える鋼の錬金術師は、貴重なの。クローンに何かあった時は、もう一度同じ事をしてもらわなければならないから。……分るでしょう?」
ミランダに言われて、エドワードは納得した。ミランダは自分の技術と子供の安全を考えて、エドワードには手を掛けない事を決めているらしい。
「……何で……家を……中にいる人間を破壊したんだ?」
エドワードはどうしても聞いておきたかった。何故ミランダは自分の家をああも粉々にしたのだろう?
「ああ、その事ね。決まっているでしょ。自分の家を他人に土足で踏み込まれるのは我慢ならない。私はずっと自分の家を見張っていた。だからエドワード達が私の家で研究資料を漁るのも知っていた」
「オレ達を殺すつもりだったのか?」
エドワードは見られていたと知ってゾッとした。数日間、自分達の命はミランダの手の上にあったのだ。
ミランダはエドワード達を殺す機会はいくらでもあったのに、どうしてそうしなかったのだろう?
「いいえ。貴重なあなたは殺さない。……そうじゃないの。あなた達は私の家に勝手に入ったけれど、最低限の礼儀は守っていたので、手を出さなかっただけ」
「……礼儀って?」
「子供と暮らしてきた家よ。想い出が詰まっている。勝手に触られて腹が立ったわ。軍の命令だっていう事は理由にはならない。……でもあなた達は研究資料は漁ったけれど、私物には殆ど触れなかった。あの女の子もね。本だけしか触らなかった。寝る時もベッドにすら入らないで床で寝ていたし、我慢できたわ。とくに子供部屋は、みんな何も傷付けないようにしていた。だから研究資料を漁られても黙認したのよ」
「だってあれは……」
確かにエドワード達はミランダ家の私物には手は触れなかった。それはしてはいけないような気がしたのだ。
人としての常識と礼儀だ。
最低限の食器やらは借りたが、他は一切手をつけずにいた。というより、研究を短期間で頭の中に叩き込んでしまわなければならなかったので、他に目がいかなかったのだ。
一緒にいたのがシェスカでよかった。本にしか興味がないのが幸いした。
あれがホークアイ中尉など優秀な軍人なら、危険物はないかあちこち弄って、ミランダの逆鱗に触れていただろう。
「でもセントラルから来た錬金術師達は違った。私の家を勝手に漁り、子供の部屋もグチャグチャにした。……だから一切を無に返すことに決めたのよ」
言っても無駄だと分っていても、言わずにはいられない。
「……何も殺さなくてもいいじゃないか」
「他人のプライベートに踏み込むっていうのは、心の中を覗くのと同じ事よ。人の心を無断で見るのは死に値する重罪なの。覚えておきなさいね」
自分の中に確たる法がある女に、何を言っても無駄だろう。所詮男は女には勝てない。
セントラルの人間は運が悪かったのだ。
ヒューズが巻き込まれなくて本当に良かった。
エドワードは言った。
「……リシャールのクローン体に魂を移し変えるのは、アルの身体が出来上がった後だ。……でないと取り引きを反古にされるかもしれないし。……信用してないと怒るなよ。オレはあんたをまだ信じきれない。アルの身体に魂を移し変えてから、リシャールのを行う」
「分っているわ。……出会ったばかりの人間をすぐに信用しろなんて言わない。エドの疑惑は当然よ。怒ったりしない」
「アルの身体を作るのはいつからだ? オレ達は東方指令部に戻らなければならない。そして戻ったらしばらくは外に出られない。アンタが南部に現れたおかげで、オレ達には護衛がつくだろう。人目を避けて会うのはしばらくは無理だ。いつ何処で落ち会う?」
「それは大丈夫」
ミランダは鮮やかに笑った。
「エドは東方指令部には帰らないから」
「え?」
「あなた達はこのまま私達と来るの」
エドワードが無理だと首を振る。
「そうできればいいが、オレ達がイーストシティに戻らなければ、何かあったと、東方指令部がオレ達を探すぞ。そうなればあんたも見つかる」
「大丈夫。全てを今日中に終わらせるから。魂の移し替えには、そんなに時間が掛からないでしょう?」
「今日中?」
何だそれは?
無理に決まっているだろう。
リシャールはともかく、アルフォンスの身体はこれから作るのだ。そしてそれはどれくらいかかるのか、ミランダだけが知っている。見当もつかないが、1日では無理だというのはエドにだって分る。
……と思ったが、自信に満ちた女の顔には、余裕があった。
「どうやって?」
ミランダはおかしくてたまらないと言った様子で、クスクスと笑っている。
「実はね、エド。私は鋼の錬金術師を調べていたと言ったでしょう? でも顔は知らなかった。だからあなたに初めて会った時に、本人と分らなかった。顔も変えていたしね。……本当はこんなに綺麗な顔をしていたのね。………マスタングに、売られてきたあなたが鋼の錬金術師だと聞いて、ホゾを噛んだわ。探していた人間が目の前にいたのに気がつかなかった。知っていたらあの時に取り引きを持ちかけていた。……でもまた会えばいいと思ったので、一旦は引いたのよ。その時にね、あなたの髪の毛を持ち出していたの。私はクローン体の実験で子供の組織を集めていたから、あなたの髪の毛も採取しておいたの」
「オレの髪の毛?」
それがどうしたと続きを促す。
「クローンを作るには、髪の毛一本あれば事は足りるのよ?」
ミランダの、悪戯した子供のような笑顔。
エドワードには言われた言葉の意味が分らなかった。
まさか? ……でもそんな。…………時間が合わない。
…………あれはまだ一ヶ月前の事だ。
できる筈がない。
ミランダはエドワードの疑問を肯定した。
「そうしてね、私のクローン技術と錬金術は、クローン体を元の年令まで成長させるのに、一ヶ月あれば充分なの。この意味分る? ……弟さんはあなたより一つ年下の十四歳だったわね」
エドワードの脳裏にミランダの言葉が浸透する。
衝撃が走る。
信じ難い。
でも、ミランダに嘘をつく理由はない。
エドワードの声が上擦る。
「……まさか……作ったのか? …………もう、できているのか?」
たった一ヶ月で?
数本の髪の毛から?
エドワードのクローンを一ヶ月で作った?
ミランダはクスクスと笑った。
「エドは綺麗な身体をしているのね。今は機械鎧だから分りにくいけれど、傷のない身体は本当に綺麗なものよ。…………早く見たいでしょ? イーストシティに戻りたい? それとも私と一緒に来る?」
ミランダはエドワードが断るとは思っていない自信に満ちた顔で、そう言った。
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