03
「鋼の。潤滑剤は机の一番上の引き出しに入っているから」
「アンタ、仕事場にそんなモノを常備してるのかよ?」
エドワードはガサガサと机を漁って目的のモノを探し当てる。
「大人の嗜みというやつさ。備えあれば憂いなしというわけだ」
「死ね」
ゲラゲラと笑うロイの尻におざなりに潤滑剤を塗り付けて、エドワードは前技もそこそこにロイの中に押し入った。
「……っつ!…………鋼のっ。……乱暴だぞ」
「うるせえな。黙ってろよ。隣に聞こえるだろ」
「……あ……っうあ…………鋼…の……」
慣れたロイの身体は始めの抵抗に慣れると、すぐにエドを飲み込んだ。
固いのは入口だけで、中はいつもどおりエドワードを柔らかく包み込んでくる。その抵抗を愉しみながら、エドワードは欲求のままに腰を動かした。
扉を隔てた向こうには当然仕事をしている部下達がいて、部屋は日中で明るくて、なのにエドワードとロイは鍵も掛けずにセックスをしているのだから、その背徳感が余計に身体を燃え立たせた。いつ扉が開くか分らない緊張感に双方が興奮する。
そういえば明るいうちに身体を重ねた事はなかったなと、エドワードは自分の下で息も絶え絶えに喘いでいる上官を見下ろした。
明るい日射しの下で見るロイからは、夜とは全く違った印象を受ける。夜の淫媚さのないロイは普通の29歳の男で、なのにエドワードはその普通の色気も欠片もない野郎に反応して腰を動かしているのだ。あまりに自然に欲求が沸き上がるので、疑問すら思い浮かばない。
……という事は、自分は少しでもこの男の事が好きなのだろうか?……と考えて、萎えそうになった。
排泄に心はいらねえな。……と自分を納得させる。
ロイは上着をきっちり着ているので、髪の毛の隙間から辛うじて首筋が見える。
産毛にうっすら汗が浮かんでいる。思わず舌で嘗め取れば、ザラリとした感触が肌を刺激したのか、短い声が漏れる。声を殺しているせいか、息遣いがいつもより荒い。ロイの指が縋るものを求めて机の上を這う。
エドはその手を上から押さえつけた。腰を密着させて中の熱さを充分に感じ取る。触れあっているところが、何処もかしこも熱い。この男は誰より冷たいのに、身体の中だけはこんなに熱いのだ。
一まわりも年下の子供に犯されて素直に悦んでいるプライドのなさはどうだ。これがあのロイ・マスタングか?
だがみっともない筈なのに、格好悪いとは思えない。
ロイにはエドワードが勝てない何かがある。こうして組み敷いても、ロイの手の上で遊ばれているような気がしてならない。どうしたらこの男に勝てるのか。
アルフォンスの事で悩んでいた筈なのに、ロイと寝ている間だけは心の痛みが軽減されて楽でいられる。
これは逃げなのかもしれない。楽な方へ、楽な方へと逃げているだけなのだろうか?
この男には何も隠さなくてすむ。エドワードの汚い心も身体も過去も全部知っているのだ。そうして誰も非難しないエドワードを、当然のように断罪する。
初めて会った時からそうだった。ロイ・マスタングはエドワードを忌避していた。
疎まれていると、非難されているという事実に安堵した。お前は汚れていると目を逸らさずに断罪されて、心は逆に安らいだ。
誰もエドを責めなかった。お前が悪いと言わなかった。そうしてエドの罪から目を逸らした。
ロイだけだった。エドワードを罵倒したのは。
だからエドはロイに何も隠せないのだ。
ロイを疎みながらも、肯定される安堵に己を安定させた。罵倒される事はすなわち肯定される事だった。そしてロイはその事を知っていたのだ。
ロイの内部は罪の味だ。してはいけないことだから背徳感に煽られる。
愛していなくても手放せなかった。
エドに抱かれながら笑い続けるロイは愉しそうだった。
そうだ。この男はエドワードとの交情を愉しんでいるのだ。汚いモノに汚される自虐的な喜びに身を浸して歓喜している。そうして互いに汚れて、この汚泥に埋まっているのが自分一人ではないと安堵している。
この男を汚したい。そうしてもっともっと汚れて地獄に堕ちる。一人ではないから孤独に潰されることもない。救い難い関係だが、救われることを望んでいない二人には相応しかった。
ロイは首を捻って背後を見上げた。
目の中に蠢くなにかがエドを苛立たせる。
ロイの目の中にいるのはエドワードだ。醜い、ありのままのエドワード・エルリックだ。
「…鋼の。……君は先週のあの時の………弟に抱かれた時の…………記憶が、あるのか?」
「何でこんな時にそんな事を聞くんだよ?」
エドワードは苛立たしげにロイに腰を打ち付ける。
鋭い快感にロイは喉を詰まらせた。
「……っ!。……こんな時だから……さ。……君は……している時は素直だから」
エドワードは上体を屈めてロイに口付けた。
これ以上言葉を聞きたくなかった。
キスはいい。自然に言葉を消せる。
無理な態勢にロイの呼吸が喉に引っ掛かる。苦しさに目尻に涙が浮かぶ。だが身体の開いた所を他人の熱で塞がれるのは心地良い。夢中で舌を絡めた。子供の舌は大人のものと違って一段と柔らかい。エドワードの息があがるくらい必死で口腔内を愛撫した。犯されながら犯す。たまらなかった。
唇を放すとエドワードの口から唾液が溢れる。それも丁寧に舐め取ってやる。濡れた唇が幼い表情の上に乗って淫猥でたまらなかった。こんな顔をアルフォンスはまだ知らないと思うと、また笑えた。
無邪気な罪の結晶。踏んで壊したら快感だろう。
想像するだけでイッてしまいそうになる。
愉しい。愉しい。だからエドワードと寝るのを止められない。
エドワードはロイの耳たぶを齧りながら、内に燃える加虐の衝動を堪えた。
「あの時の事は……なんとなく……覚えている」
「……半分は曖昧か。……だから君は最中の事を夢だと思い………抵抗なく鉄の弟に抱かれたのか」
「うるせえ」
エドワードの歯の鋭い感触にロイは瞬間身体を硬直させる。
痛いというより熱い。ジンと痺れるのは出血したからだろう。流れた血を舐め取られて余計に興奮した。中に入っているエドワードを締め付けた。
よりリアルにエドワードを感じる。形も熱さもロイの中で息づいて歓んでいる。痛みすら快感にすり変わる。
「鉄の味は良かったか?……君は弟に犯されて気持ち良さそうだったが」
「うるせえったら。……こっちに集中しろよ」
エドワードに乱暴に腰を遣われて、ロイは挙がる声を喉で殺す。慣れた身体に痛みはない。ただ吐き出せない熱と、より奥に突き入れられる他人の熱に身体を暴かれ神経がささくれ立ち、自己コントロールができなくなっている。
もっと……と身体がエドワードを求めていた。
もっと弟と寝た罪深い子供と深く混じり合いたい。その汚濁に満ちた内部で汚されたいと、ロイはエドを挑発した。
「興味が……あるんだ。愛しい弟に……初めて抱かれた記念の夜だ。……君は夢の中で幸せだっただろう?」
「……クソッたれ! オレに何を言わせたい?」
エドワードの手がロイの性器を強く掴む。
「……ッ?」
鉄の冷たさと固さに、ロイのモノが縮みあがるが、エドはかまわず鉄の指で芯の入った欲望を擦り挙げた。
冷たく固い無機物に性器を弄られて、その乱暴さと痛みに呻くも、身体は勝手に順応して、再び力が入ってくる。
自虐的で愉しいとロイは自らを嘲笑う。稚拙だが真摯な熱さはエドワード以外では味わえない。このまま壊されたら愉しいだろうと、被虐の予感に期待に胸を昂らせた。
「鉄の味は……冷たくて固くて……だからこそよりリアルだ。誤魔化せない感覚が……たまらなかっただろう?」
「うるさい」
耳の中に舌を突っ込まれて、ロイは言葉もなく呻く。
エドワードの一つ一つの動作がロイを昂らせる。陽の明りの下で見るエドワードに汚れの欠片など見えない。だがひと皮剥けばその下は真っ黒だ。ロイだけが知っている。
そんな者に犯されている自分もまた汚い。
エドワードが弟を汚したと嘆く気持ちも少しは分る。
全身でエドワードを味わう。
「君の感じた事が知りたい。……最愛の人間に抱かれるという事がどういう事なのか……私には分らないのでね」
「アンタには一生分らないさ。……あの時、本気でこのまま死んでもいいと思った。心が幸せすぎて死んでしまうかと思った。……とでも言えば満足かよ?」
ロイの首筋を齧りたいと思いながらも、軍服に邪魔されてそれも出来ずに、しつこくロイの耳を舌で嬲る。
ロイは必死に歯を噛み締めて声を殺す。
快感と言うには鋭すぎる感覚に、身体がついていかない。
「それが……君の本心か……」
「羨ましいかよ。アンタには一生分らない気持ちだ」
「……君はその瞬間の為なら、何度でも命を投げ出すのだろうな。……なのに何故、アルフォンスを受入れられない?」
「こんな時にアイツの名前を出すなと言っているだろ」
「こんな時しか君の本音が聞けないから、聞いているんだ」
エドワードは互いを繋げている結合部を指でなぞった。生々しい感覚にロイの足が震える。
「こんな汚い事……相手はアンタだけで充分だ」
「私は……汚いか?」
「自分でよく分っているだろ?」
「全く……ね」
ロイはひたすらエドワードの下で声を殺す。
呼吸が楽になれずに苦しい。エドワードが奥に奥にと進むので身体の中も苦しい。耳の中を弄られて慣れない感触が辛い。イクことを許されない下半身も限界だ。
重なった下半身の左側だけが鉄の冷たさに冷えきって辛い。一杯一杯になる内部にエドワードを引き剥がしたくなる。
なのにこの充足感はなんだ? 一過性のものと知りながら、満たされる事に癒されるような安堵感がある。己の汚さを鉄の手で掻き回されているかのようだ。共に汚れる子供の存在に泣きたい程の安堵を感じる。ひとたび肌が離れれば、嫌悪で身体を掻きむしりたくなるというのに。
壊れている。
エドワードも自分も両方だ。
エドワードは哀れな子供だ。才能と愛情に恵まれながらも、それに満足できずに常に飢えている。飢えが満たされると、どうしていいか分らずに他人に救いを求める。
己を汚して自分を見い出すなど十年早い。まだまだ飢え続けているくせに、虚勢を張って一人になろうとしている。
ああ壊したい壊したい。この子供を粉々にして踏みにじりたい。そうして己をも壊して何もかもグチャグチャにして混じり合いたい。
破壊的な衝動に駆られて、ロイは自分の右手を見た。今日は発火布を付けていない。その事に安堵する。
エドを燃やしたらきっとたまらない充足感を得られるだろう。後の憂いがなければそうしている。
だが一時の激情で己を崩すことはできない。
ロイの中には決して崩せない塊がある。それがロイの自制心と呼ぶべきか根底と呼ぶべきかは分らないが、他人の手では崩せない芯があるから、ロイはロイ・マスタングでいられる。
自分は自分でしか壊せない。エドワードの存在が許し難いのは、ロイによく似ているせいだ。
エドワードにもっと力があればロイは崩されていたかもしれない。そんな気配が足元から這い上ってきて、エドワードを忌避させる。
互いに救い難いと嫌悪しながら、身体を重ねる事に、何故こうも己を肯定されるような気持ちになるのか。
壁からタイルが剥がれ落ちるように、己の内面が剥がれていく。壊された心を修復しながら、なおも壊される気配にロイはもう笑うしかない。自分はボロボロだ。
エドワードは危険だ。自分が見たくない自身の内面の真っ黒い部分をこれでもかと見せつける。
自虐的だ。
これ以上駄目になりたくなければ、エドワードを遠ざければいい。だがロイは己から目を逸らせないようにエドワードを手放す事もできない。
エドワードの未来が見えない。
エドワードは己の聖域だった弟を堕として、これからどうするつもりなのだろう。
己の望み通りにふるまえない不器用すぎる子供には、嘲りしか感じられない。幸福になりたいのなら方法はいくらでもあるのに、エドワードはそれを由としない。
恋しい男に抱かれるというのはどんな気分だろう?
ロイは知りたいとは思わなかったが、聞いてみずにはいられなかった。
きっとそれはたまらない苦痛だ。愛情が深ければ深い程、触れあう痛みは己を焦がす。
エドワードの心はアルフォンスと寝た事によってズタズタになった筈だ。
最後が近いのか、エドワードの動きが早くなる。
ロイは声と息を殺してその時を待つ。
どうでもいいから早く汚せ。その醜い欲望を吐き出せと、ロイはエドを締め付けた。
「…っ大佐…中に出してもいい?」
聞かずに出してしまえばいいものを。なぜこんな時ばかり気を遣う?
ロイは舌打ちする。
「鋼の。……後始末が大変なんだぞ。外に出せ」
「じゃあ顔にかけてもいい?」
言われた瞬間、爆発のような笑いが身体を駆け巡る。
「っくくく…………つくづく…君の方が変態だな」
「アンタに似合いだろう?」
「服には付けるなよ。洗濯が面倒だ」
「了解」
エドワードが笑った気配がした。下半身から満ちていたモノが抜かれて腕を引っ張られる。よろけて崩れる足元。髪を掴まれて、上を向かされる。痛い。
その乱暴さに抗議しようとして、生暖かいモノが顔の上に落され、驚いて目を閉じて開くと、頭を垂れたエドワードの性器が目の前にあった。子供らしくまだ色は薄い。先の方はピンクでその可愛らしさが笑える。こんなものを自分の中に入れていたのかと思うと、さらに笑える。子供の性器で悦ばされていたのかと思うと、とても可笑しい。
落ちてきた雫を嘗めると苦味があった。ふいに大声で笑い出したくなったが、笑うより顔に付いた汚濁を嘗めとる方が愉しくて、夢中で嘗めた。
顔を挙げるとエドワードが放心したような表情で何処かを見ている。己のモノで顔を汚したロイを見ると厭そうに言った。
「顔を洗ってこいよ。酷え顔してるぞ」
なんて言いぐさだ。
「君のだ。君が汚したんだろう」
「だから顔を洗ってこいって」
汚れた顔のまま笑い続けるロイを、エドワードは持て余したように見るしかない。
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