02

 ネイサンの行動は早かった。

「……折紙ちゃんに聞こうと思ったんだけど、折紙ちゃんが掴まらないからハンサムに聞いちゃう。昨日、折紙ちゃんと一緒だったんだって?」
「ええ。折紙先輩に誘われまして」

 ドヤ顔で溌溂と返事をするバーナビーに、スカイハイとは対照的だなあとネイサンは思った。落ち込むキースに比べてバーナビーの晴々とした表情はどうだ。
 リア充という単語が浮かんだが、バーナビーとイワンは別に恋仲というわけではない。友達同士、仲良く遊んだだけだろう。しかもきっといかがわしさの欠片もない、健全な遊びだ。

「ハンサム、なんでそんなに上機嫌なの?」
「そう見えますか?」
「見えるから聞いてるの」
「……ふふふ。だとしたら折紙先輩のおかげですね。実は昨日、折紙先輩から誘われたんですよ。『スカイハイスタンプラリー』を手伝って欲しいって。どうしてもスカイハイさんのグッズが欲しいってお願いされちゃって」
……と、なかなか満更でもない顔だ。何がそんなに嬉しいのか。バーナビーもよく分からない。

「それってポセイドンラインがやってるスタンプラリーよね。毎年やってるアレ」
「はい。たぶんアレの事です」

 アレ、というのは交通会社ポセイドンラインが夏に子供向けに主催するキャンペーンの事だ。ジャパンのポ●モンラリーを真似たもので、シュテルンビルトをぐるりと回るモノレールの各駅にスタンプ台が設置してあり、専用のミニブックをスタンプで埋めれば景品がもらえるという、なかなか楽しい企画だ。費用が電車賃だけなので若いお父さん達も積極的に参加している。遊園地に連れて行くより格安だからだ。
 夏休み企画なので、子供連れの親子がターゲットなのだが、景品がそこでしか貰えないグッズもあるとあってマニアな大人も多く参加している。特にレアと言われるのがスカイハイの五分の一精密フィギュアとサイン入りタオルだ。どちらも抽選で、スタンプをコンプリートした者からクジが引けるとあって、早期に挑戦する者が多い。
 毎年やってるから知名度があり、ネイサンも知っていた。


「アレに参加してたのね」

 よくやるわぁとネイサンは呆れた。

「スタンプを集めたかったの? そうじゃないわよね。折紙ちゃんはグッズが欲しかったのよね?」

 折紙サイクロンがスカイハイ大好きというのは皆知っている事だ。限定グッズが出るたびに興奮しているのでモロバレてる。

「スカイハイに頼めばグッズくらいくれるのにねえ。律儀だこと」
「ファンの鉄則だそうです。同僚としてではなく、一ファンとしてスカイハイさんのグッズを手に入れなければ本当のファンじゃないとかなんとか。手間が掛かるだけだと思うんですけれど、折紙先輩のこだわりだというんだから仕方がありません」

 スカイハイファンでもなんでもないバーナビーはイワンの半端ない情熱の傾け具合がちっとも分からなかったが、行動はそれなりに楽しかったようだ。

「ハンサムを連れていったのは人手が欲しかったからよね。……でもよくつき合ったわね。あなたが」

 ネイサンが呆れるのも無理はない。
 バーナビーは立場上スカイハイとはライバル関係にある。ライバル社のヒーローのグッズを貰いにスタンプラリーに参加したなんて、外聞はあまりよくない。バーナビーは顔バレしているから何をしているかすぐに周囲に知れ渡る。
 列車に乗って駅で子供達に混じってスタンプをペタペタ押していれば嫌でも目立つ。

「アポロンメディアから叱られなかった?」
「広報の一環だと言いきりましたから」
 どやぁっ、とバーナビー得意顔だ。
「なるほど」

 バーナビーも考えたなとネイサンは思った。
 人気絶頂のバーナビーだが、その人気は女性達に集中している。ハンサム効果だ。
 しかし、男性や子供達にはやっぱりスカイハイの方が人気がある。そこでライバル社のキャンペーンに地道に参加する事によって、若いお父さんや子供達に親しみを持ってもらおうと思った……という建前をつけたわけだ。中身はただ単にイワンにくっついていっただけだが。

「なかなか楽しかったみたいね。でもよくハンサムが子供の企画に参加する気になったわね。面白かったの?」
「ええ。折紙先輩のスタンプラリーの歴史解説はなかなか興味深かったし、それに……もし僕の両親が生きていたら僕もああして父親に連れられてスタンプラリーに参加していたんだろうなって想像したら……なかなか楽しかったですよ」
「ハンサム…あなた……」

 幼い頃両親を殺害されたバーナビーは、親子の夏休みのイベントを知らない。想像する事しかできないが、楽しげな親子を見るだけでどんな経験なのか理解する事は可能だ。

「……と、たまたまスタンプラリーを取材していた取材陣に言いましたら、いたく同情をかいました」
「……ちゃっかり自分を売り込んでたのね……」
「いやあ。そうでもしないと上司から叱られますので。さすがにライバル社のヒーローグッズが欲しくてスタンプラリーに参加してます、なんて本音言えないですからねえ。しかも折紙先輩にプレゼントする為に」
 ふふふ、と笑うバーナビー。
「ハンサムは別にスカイハイグッズなんて欲しくないでしょうに」
「先輩の喜ぶ顔が見られればそれでいいんですよ。僕、クジ運良いらしくって、特賞のスカイハイフィギュアが当たったんです。そしたら先輩、キラッキラした目で僕を見つめて、ありがとうございますって…」

 その時の事を思い出したのかにやけるバーナビーに、ネイサンは「ハンサムってそんなに折紙ちゃんの事好きだったっけ?」と聞いた。
「ええ好きですよ。アカデミーの卒業仲間ですし。それに先輩には返しきれない借りがありますから」

 ジェイク捕獲作戦の潜入協力の事だ。イワンが協力したのはバーナビーの為だけはなかったが、イワンが大怪我を負った事にバーナビーは深い負い目を感じていた。
 重症を負ったイワンがまったく借りだと思っていないから、余計に良心が痛むのだろう。

「先輩ってネガティブで何考えているかよく分からなかったんですが、話してみると優しい人だってよく分かりました。先輩が喜んでくれるのなら一日くらいどうって事ありませんよ」

 復讐しか頭になかったバーナビーは、青春というものをよく知らなかった。
 平凡な幸せから遠ざかっていたバーナビーは復讐という目標がなくなった時に、ハタ、と思った。
 この先僕は何をすればいいんだろう? …と。
 幸せになる事が両親の願いに添う事だというのは分かるが、幸せってなんだろうと、当たり前の幸せを念頭から外していたバーナビーは困った。
 普通の幸福とは友達を作って、恋人を作って、やがて結婚して家庭を作って……という流れだろうというのは分かるが、始めの友達作りでバーナビーは蹴躓いた。
 取り巻きはいても親しい友達を作らなかったバーナビーは、社交スキルは特Aなのに友達がいないという大矛盾をかかえ大層困った。
 虎徹とのつき合いは友達のようだが、友達ではないし、仕事上のつき合いのある年の近いキース・グッドマンは格好の友達候補だが、実情はスカイハイというライバルだし、天然のつき合い方のスキルを持っていないバーナビーは始めからキースと友達になる事を諦めていた。さしものバーナビーをしてもキースの天然っぷりが理解できなかった。
 いっそあれは全部演技ですと言ってもらったほうがまだ分りやすい。しかしキースの人柄は演技ではない。だからバーナビーも困った。
 顔に出さなくてもバーナビーは色々考えていたのだ。
 そんな時だった。



「あの……バーナビーさん。ず、図々しいお願いだと分っているんですけれど……一つ、お願いがあるんですけれど……」と、おずおずとイワンが一日つき合って下さいと切り出した時に、バーナビーはイワンに借りの一端を返すチャンスだと思った。
 微々たる返済だが、始めから借りなどと思っていないイワンはバーナビーに借りを返さそうとはしないので、バーナビーは困っていたのだ。

「ええ、僕も明日はちょうどオフだったんですよ。たまたま偶然。奇遇ですね」

 嘘だ。ドベのイワンと違ってあちこちひっぱりだこのバーナビーには取材が入っていたが、それは虎徹に押し付けた。
『たまにはおじさんも働いてください』と虎徹が全然働いていないみたいに言って仕事を相棒に押し付け、バーナビーは友達と駅で待ち合わせ、というなかなか慣れないイベントを楽しんだ。
 サングラス程度では隠れないバーナビーの美貌は人の多い駅という場所ですぐに認識されたが、首にかけたスカイハイスタンプラリーブックが一種異様で、バーナビーファンの女性達もすぐには寄ってこられなかった。



「……それで、折紙ちゃんは擬態していったの?」

 ひとりなら問題はないが、バーナビーと一緒に行動するので身バレしないよう気をつかった。

「ええ。当然、折紙先輩とは分からないようにね」
「どんな姿だったの?」
「それが。子供の姿だったんですよ」
「あらまあ。わたしも見たかったわ。きっと可愛いお子様だったんでしょうね」
「ええ。なかなか可愛かったですよ。子供の折紙先輩は」

 クスクス笑うバーナビーに、ネイサンはこの事をキースが知ったら嫉妬で転げ回るだろうなと思った。恋する男の心はとても狭量だ。

「それで、子供の姿の折紙ちゃんとバーナビーは一日スタンプラリーに参加したって事ね。楽しかった?」
「とても。僕、移動は大抵バイクか車ですから電車に乗る事はあまりないんですよ。だから本当に楽しかったです。欲しい物が手に入った折紙先輩には感謝されたし、昨日は充実した一日でした」
「良かったわねえ。……でも」
「でも?」
「スカイハイがガッカリしてるのよ。どうして自分じゃなく、ハンサムを誘ったんだって」
「スカイハイさんが? え、だって……」
「そう、だってよね。まさかスカイハイ本人がスカイハイスタンプラリーに参加するわけにはいかないわよねえ」

 分っていてもキースはイワンに誘ってもらいたかったのだ。バーナビーではなく自分を選んで欲しかった。
 イワンが恥ずかしそうにキースを見上げながら「お願いがあるんですけれど…」と誘ってくれたらキースはどんなイベントだろうと嬉々として参加しただろう。
 しかし一般常識は一応あるイワンは、スカイハイをスカイハイのイベントには誘えなかった。



 話をこっそり陰で聞いていたキースは悲嘆にくれた。

「ど、どうしてわたしはスカイハイなんだ!」

 イワンの子供姿を死ぬほど見たいとキースは嘆く。
 床に手をついて悲劇の中にいるスカイハイに、トレーニングルームに入ってきたブルーローズとドラゴンキッドは
「なんの遊び?」「スカイハイ、いつも面白いよねえ」と笑った。


「それにしても…」とネイサンは思った。
「なんで折紙ちゃんはブルーローズとドラゴンキッドをスタンプラリーに誘わなかったのかしら?」と。
 その二人の方がバーナビーよりよっぽど誘いやすい。

 イワンはブスッとして答えた。

「あの二人はちゃっかりしてるから、貰った景品は僕にくれないで自分の物にしちゃうんですよ。欲しければデザートバイキング十回おごれって言われるし。……前回で懲りました」
 ……という事らしい。
「一回くらいならいいけど、十回はないよっ、ぼったくりだよっ!」とイワンは叫ぶ。

「スカイハイグッズが欲しければわたしがあげるのに!」とキースも叫んでいた。

 思いあっているのになかなか心が通じあわない師弟だなあと、ネイサンは生温い瞳で仲間達の平和な戯れを見ていた。そして。


 バーナビーがスカイハイスタンプラリーに参加した事は大きくメディアに取り上げられ評判になり、ポセイドンライン、アポロンメディア両社の株は高値をつけた。

「ヘリオスエナジーのイベントにどうやって折紙ちゃんを引張ってこようかしら…?」とネイサンは思案する。
 イワンを釣れば自動的にバーナビーとスカイハイも釣れる。
 有能なヘリオスエナジーのオーナーはちゃっかり仲間達を利用する事を計っていた。




2012.8発行の無配NOVEL 同人誌「不健全な純情」の派生話