今日も今日とて暇を持て余しているアシュレイ・ブフ&ソレル咒式士事務所の中には所員全員……つまり俺とギギナなんたら長い名前の人がいました……まる
「ギギナ。……夕方仕事でイアンゴと会う予定だけど、お前も来るか?」
ギギナさん、沈黙。つまりは綺麗に無視。
俺の脳内でギギナを相棒無視罪で現行犯逮捕 → 即席裁判 → 死刑宣告 → 上告却下 → 死刑 → 葬儀 → 埋葬。
はいこれで心の中の大悪党ギギナは葬られて消去済み、スッキリ。
俺の中のギギナはいなくなったぞ☆ 超ハッピー、っと。
暇なのでギギナに声を掛けてみたけれど、酸素の無駄になりました。地球温暖化ソーリーて感じデス。地球に優しくなくてごめん。人類を代表して万の言葉を尽くしギギナを弾劾しときます。
仕事が入ってないので、俺達二人は事務所で待機。俺は事務処理というれっきとした仕事があるが、ギギナは完全に私用で遊んでいる。家具=親族との対話中。
今日のギギナさんのお相手はなんと息子さん。しかもまだ生まれてません。OH!
今ギギナさんのお腹の中にいるそうです。あと一時間もすればギギナさん、出産なさるそうで大変デスネー。産婆さんもなしでお一人で生むそうです。息子さん、身長約2メルトルだそうで、確実にギギナの股は壊れます。男が出産するという事実は子供が木材で人の形をしていないという時点で、どうでもいい事になってます。
つまりギギナさんは午前中に買った木材で棚の製作をお始めになりましたとさ。(仕事しろよっ!)
まあ、家具屋や咒式具屋に行かれて散財されるより百倍マシなので目をつぶるが、元がマイナスなので百倍になったところでありがたみゼロ。
ギギナの大きな手が棚の扉に透かし彫りを入れております。
うーん、緻密というか精巧というか、つまりかなりレベルの高い作品……もとい、息子に仕上がっている。
ギギナの家具作りの腕は職人芸としても一流だと思う。これを売っぱらえばいい金になると思うのだが、そんな事をした日にはギギナに攫われた息子探しと真剣相棒残殺を頑張られてしまう。それはうまくないのでギギナの作ったものには手を出さない。(とりあえず)
しかしこの棚どこに置くつもりだろう。うちの事務所はギギナの私物(親族)でいっぱいでそれ以上子供を増やすスペースはない。
事務所の真ん中に飾るつもりだろうか。それは本気で邪魔だ。泥棒に見せ掛けて処分してしまおうか。
とにかく、ギギナが棚作りに精を出していて、俺はその向こうで事務仕事。それが今日の事務所の風景です。
「美しいぞ、ターレルク二世。お前の静かなる優美さは流石我が息子だ。惚れ惚れする。ヒルルカの弟としてはまだ半人前だが、将来が楽しみだ」
ギギナさんが人としてアレな事を語っております。人はそれを電波と呼びます。ぴぴぴー。
事務所には俺達しかいないからいいけどね。
ターレルクというのは以前ギギナが製作、破壊した棚だ。破壊の責任は殆ど俺にあるが、直接破壊したのはギギナなので、犯人はギギナ。
大体息子の中に入ろうというお前が悪い。人間曲芸をして棚の中に入ったはいいが、俺に扉を閉められて出られなくなった挙句、棚を破壊し頭と手足を突き破り、棚人間となった。
あの姿はステキすぎてクエロのネコミミメイド服と同じくらいのインパクトがあったな。
……クエロの事を思い出したらヘコんだ。思い出さないようにしてたのに。ぎゃふん。
自分で自分を痛めつけてどうする、俺。自虐趣味はないのになぜか自分の振るった刃でブロークンハート。軽く一回死亡。
昔の事を思い出すと心臓が痛いので、普段は努力して思い出さないようにしている。
もしあの時あんな事がなくて、皆が無事で今も生きていたら……(空しい仮定だ)……ギギナとは今こういう関係になっていなかっただろう。
こういう関係とは、相棒とか共同出資者とかいう意味の他に、簡単に説明すると、つまりまあセフレという関係って事だ。(これ以上簡易化できないな)
ぶっちゃけギギナとの間には肉体関係があり、俺はギギナにヤラレてる。
互いに大きな欠損を抱え(俺の方の穴の方がよりデカイと思うが)自己を支える為に同じ傷を持った相手に手を伸ばした。
それが同性とか気に食わない相手だとか、そんな事は二の次だった。ギギナは唯一(クエロを除いて)俺を理解する者だった。
ギギナは俺の脆弱さを罵り罵倒し嘲っているが、それでも見捨てず側にいる。なぜか。何故だろう。ギギナは俺を軽蔑しているくせに、俺を捨てずに変わらぬ位置で寄り添っている。
それがとてもありがたい。優しい言葉も態度もないけれど、見捨てる事は絶対にしない。
俺は優しくされたくなかったし、ギギナに守られたり縋ったりするのは嫌だったので、ギギナの人としてはどうかと思う性格に助けられていた。これが自虐趣味と云われる所以か。
ギギナは俺の救いだ。本人に言うくらいならヘソを噛んで死ぬ方がマシだが、偽らざる本音だ。
だからギギナが気紛れに手を伸ばしてきて、冗談じゃないと抵抗したけれど最終的にはアレコレされてしまって、さてこれからどうしよう、これで相棒関係も解除か、俺を切り捨てたいからこんな事をしたのか、そうかギギナにしては手の込んだ捨て身の嫌がらせだと納得しかけたのだが、ギギナの非道行動アレコレは『相方アデュー』の合図ではないと、後に判明。
じゃあなんであんな事をしたのかと聞くと、ギギナは不機嫌そうに顔を歪めた。顔を歪めたいのはこっちの方だっちゅーのっ。
ギギナから正確な解答がないので俺は一人で考えるしかなくて、色々考えた末に『まあ、いっか。妊娠するわけでもないし』という結論に達して現状維持。深く考えると男として駄目になりそうなので、浅く考えて問題をスルー。何事もポジティブシンキング。これ信条。(逃げじゃないぞ、たぶん、いや絶対……)
ギギナは俺の知る人間の中では一番美しく、顔だけ見てれば相手が男だという事実にも目をつぶっていられたし。セックスは生々しい肉体の接触なので夢心地とはいかないけれど、ある意味心は安らげた。特に今はジヴと別れた後だし。
くたくたになるまでつき合わされ精力を根こそぎもっていかれても、夢も見ない眠りと、滅多にない暴力でないギギナとの接触は心地良かった。
しかしそんな柔らかい思いはすぐになくなってしまった。
だって。
俺はあろうと事か、ギギナが好きになってしまったのだ。
あの顔以外の全てがマイナスな男を!
そこまで堕ちたか、自分!て感じだ。
まさか身体に引き摺られて心まで明け渡すとは、誤算だった。後悔してももう遅い。誰より好きになってはいけない相手だったのに。

俺はギギナが好き。
ギギナを愛している。
ギギナを失いたくない。

だから……何も言えない。


俺はギギナが好きだと気付いてからも、前と同じ態度を続けている。
ギギナなんか嫌いだプーって感じ?
罵詈雑言&プチ殺意の具現化が日々のコミュニケーション。
ギギナは俺なんか好きじゃないし、どちらかというと疎まれているし、だからギギナが俺の気持ちを知ったら鬱陶しいと思うに決まっている。
セックスしているからって感情は別物なのだ。ギギナにとってセックスは排泄行為でしかない。何百という女を抱いても誰一人として愛しいと思った事はないだろう。ギギナにとって特別な女というのは母親と婚約者だけだ。
俺なんか男だし、ヘタレだし、弱いし、みっともないし、眼鏡の台だし、ギギナが俺の気持ちを知れば鼻で笑って「愚かでくだらん感情だ。だからお前は弱いのだ」と俺の気持ちを踏み潰すだろう。
迷惑だ、とすら思ってもらえないに違いない。
迷惑と思うのは相手の感情を正確に受け取るから出る言葉で、ギギナはそんなもの差し出された瞬間に踏み潰す。つまり俺の気持ちは表に出した途端、粉砕される。
書類から顔を上げ、なんでもないように視線を彷徨わせ、ギギナを視界にいれる。
無駄に美しい顔。完璧に鍛えあげられた肢体。月の雫のような銀糸の髪。観賞するだけでもお金をとれる美神が目の前にいる。
このありえないくらい美しい人間が俺を組み敷いてエロい事をしているなんて、信じられない。
普段俺を殴る事しかしない手が俺のあらゆる所を触り、罵る口が俺の排泄器官を執拗に愛撫するなど、どうして信じられよう。
毎夜訪れる眠りの妖精に騙されているのかもしれないと、ギギナとする度に夢なら覚めないでくれと願うのだ。
俺ってなんて女々しいんだ。ギギナに軟弱と言われるのも仕方がない。
どうして俺、今こんなに落ち込んでるの?
持っているボールペンの尻を齧りながら思う。
ギギナが俺を無視して息子ターレルク二世に愛を語っているから?
最近ギギナとしてなくて、そろそろギギナに飽きられたのかなぁ? と怯えているから?
ギギナは現在俺の声を完全無視、というか咒式で自分の周りに空気の壁を作って音を遮断している。前に俺の口車に乗せられ、作ったばかりの棚を壊さざるをえない状態になった事を覚えているからだ。
また棚を傷つける事になったらどうしようって、ギギナは警戒している。その注意深さを俺にも向けろってんだ。

「ギギナのアホー」
「とんまー」
「間抜けー」
「マッチョでぶー」
「家具フェチ変態ドラッケン」
「お前なんかぴぴぴー」

聞こえないのを良い事に言いたい放題。
何か俺の一人遊びみたいでちょぴり痛い。
ギギナの美しい横顔。
その顔が俺の言葉で少しでも崩れればいいのに。怒りでもなんでもいいから。ギギナの笑顔が見たいだなんて贅沢言わないからさ。まあ優しい笑顔なんか向けられたら、恐怖で回し蹴りしちゃいそうだけど。

「ギギナぁー」
「ギギナのバカ」

手の中の木材を見るくらい優しい目で見て欲しいなんて望まないからさ。

「ギギナ……」
「あのさぁ………………愛…してる」

溜息のような微かな声で言った。
例え咒式で音を遮断してなくても聞こえるか聞こえないかの小さな音。
聞こえないと分ってるからこそ言える言葉。
愛してる。
誰よりお前を愛している。
そんな気持ちの一遍を切り取ってギギナに向けた。
聞こえてないギギナさんは俺の言葉を無視。
ふんだ、お前なんかぴぴぴーだ。
ギギナが好きすぎて死ねたらいいのに。
病名『ギギナ好き好き病』?
墓碑名の横に死因を書かれたら一生の恥だな。
っていうかそんな病気があったらエリダナ中の女が病気にかかってしまう。
ふと違和感。
ギギナの手が止まっている。刃物を持った手が静止。棚を支えていた手は……棚の上段を握り潰していた。
えー、なんで?
ギギナの怪力では本気になれば棚など一瞬で粉砕されるが、ギギナが愛する家具相手にDVする様子など今まで見た事がない。いや、今あったか。
「ギ……」
「貴様! なんという卑怯な罠を仕掛けるのだ、許せん」
屠竜刀を握るギギナ。
ギギナの見当違いの怒りの理由は分かるが、どこが卑怯なのか罠なのかちっとも分からん。
俺はまだ何もしてません。
もしかして今までに溜った俺への恨みが今突然発動した? そしてターレルク二世を巻き添えにした? わお。ナイスタイミング。
「ギギナ、どうしたんだ? お前の自慢の息子が負傷したぞ、というか瀕死の状態だぞ」
「き、貴様が!」
「俺が?」
「卑怯な真似をするからっ!」
「どんな?」
「どんなって……」
本気で分からないので、ギギナがいつ振るんじゃないかと予測しているネトレーの刃の軌道を思い浮かべながら聞いたら、ギギナが顔を反らした。
ギギナが顔を反らすなんて、ジヴに睨まれた時以来だな。珍しい。

「ギギナ?」

ランチに出した腐りかけたイワシの腸があたったのだろうか。ギギナなら腹壊さないと思って作ったのに。もちろん俺は食わなかった。
ギギナは顔に動揺を張り付けていた。

「貴様なんか……貴様なんか……大嫌いだっ!」

俺の耳に非常に痛い言葉を残して、ギギナは事務所の階段を駆け上がっていってしまった。
残された俺はぽかんとギギナの背を見送る。
どうしたんだ、ギギナ。いつもなら刃の応酬が始まって嫌味のプレゼント交換をするのに。
顔を両手で抑えて乙女走りで階段を駆け上がるギギナは壮絶に気持ち悪かったけど、顔だけ見れば美人なのであれがギギナという生物という事を一瞬だけ忘れよう。

「なんでギギナ……顔が耳まで真っ赤だったんだろ。そんなに棚を破壊した事がショックだったのかな?」

窓際で優雅に寝そべるエルヴィン嬢に問い掛けたら、エルヴィン嬢は「そんな事も分からないの? この低能」という目で俺を見た。 









どっちも片思いだと信じているギギナとガユス。