被害者共感
標的132ネタバレ話(じゃんぷ読んでない人は本誌を先に読んでください)







 綱吉にはザンザスが理解できなかった。
何故彼は全てを憎むような目をしているのだろう。何故彼は破壊を好むのだろう。何故彼は血を流す方法を選ぶのだろう。何故彼は仲間を大事にしないのだろう。何故父親を殺そうとするのだろう。

 ツナは理不尽な父親の所業に腹を立ててはいたが殺そうとまでは思わなかったし、まあせいぜいいつかブチのめしてやろうかとちょっぴり思っているくらいだ。ツナにとって親とは慕い反発する、ごく当然に存在する自分の一部だ。(けど気がついたら家にいなかったが)
 子供を自分の思うように動かそうとする所は大変気に入らなかったし、失踪したかのように家を出ていったのも気に入らなかったが、それでも家族は家族だし培った愛情の土台があったので、反抗反発しても殺意にまでには行き着かなかった。
 ツナはどうしてだろうと思っていた。世界には人の痛みを理解しない人間が沢山いる。自分がされたらイヤなコトをする人、他人を踏みにじる人、騙す人、傷付ける人。彼らは他人の痛みを理解しない。自分さえ良ければいい。した事の結果がどんな痛みを生むのか分からない。想像力がないのだ。
 リボーンは我侭非情だし、獄寺はナチュラルにひとでなしだし、コロネロは清々しいくらいに乱暴者だし、ツナは彼らをあんまり仲間だと思いたくなかったけれど、それでもやっぱり仲間だと思っていた。暴力を主に置く世界に生きている彼らだけれど、想像力があり、振った拳の向こう側にあるものを知っている人間だと思っていたから。ツナの信頼を裏切らない人間だと、信頼していい人間だと思っていたから。
 ツナにとってマフィアとは恐いものだったが、リボーンやディーノを基準に考えていたので、そこまで世界にとって〈悪〉だと思わなかったのだ。世界の悪は更に酷いものが沢山あったから。
 だからザンザスに会った時にツナは恐怖した。この人間は自分の知らない場所から来たモノだと肌で実感したから。ツナの常識とは違う常識で生きてきた人間だと分ったから。
 リボーン達もそうだったが、それでもリボーンはツナの持っている世界を理解していた。リボーンはツナの世界、リボーンの世界、両方を知って協調共存していた。どちらにも馴染みそれなりに添って生きていた。
 けれどザンザスは違った。この男は自分の常識以外のものは破壊する、そういう男だと一目で分った。超直感を使うまでもなく分ってしまった。
 目が恐かった。冷たいというより煮えたぎる炎だった。何もかもを憎んで憎んで破壊せずにはおられない憎悪だけが燃える瞳。
 骸の目にも憎悪の炎があったが、骸には仲間が映っていた。憎しみの中に、愛とは呼べないが温度のある情を残していた。けれど。



 ツナの背は恐怖で縮みあがった。
 恐い。
 ツナはザンザスが恐かった。
 あの世界を憎む瞳が恐い。ツナを憎む目が。
 こんな目で見られた事はなかった。
 何故ここまで憎まれるのか。ツナが何をしたというのか。
 カスと罵られるのは分かる。ツナはザンザスに比べてボスの資質の欠片もない。ザンザスがツナを見てゴミにしか見えないのも分かる。ザンザスはマフィアのボスに相応しい全てを兼ね揃えている。ツナにはその1%もない。比べるのも失礼なほど両者の差は歴然としすぎている。卑屈でなくただの事実として、大差があった。


 ツナには分からなかった。何故九代目は息子のザンザスに十代目の座を譲る事を拒み、遠い血縁のツナを後継者に選んだのか。ザンザスでなければ誰でも良かったのか。それとも初代の血を引く門外顧問の息子だったからなのか。
 ツナには大人の考えている事がちっとも分からなかったが、たった一つ分っている事があった。誰も彼もがツナの世界を壊そうとしている事だけは。


 リボーンがやってきてツナの平和な日常が壊れた。
 リボーンの存在は迷惑だったが、良い事も有り、プラスマイナスを天秤にかけてブラスの方が大きかったのでしょうがないと諦めた。ツナにとって諦めるという選択肢はごく普通の事だったから。大体リボーンがやってきたのだって、父親が元凶だ。
 マフィアの門外顧問だって? 何それ? ずっと騙していたって事? 交通整理の仕事の方がマシだ。いっその事、ずっと騙されていたかった。
 ツナは静かに怒っていた。自分をいいように扱う周りに人間を。ツナはリボーンや父親に振り回されいっぱいいっぱいの体でいたが、その実表に出ない怒りはブスブスと泥炭層のように燃えていた。
 表に出なかったのはザンザスへの恐怖で怒りどころではなかったからだ。
 ツナはザンザスが恐かった。何故そんなに憎むのか。殺意を向けるのか。ちっとも分からなかった。
 けれど。




「なぜだ…………なんでお前は……」
 極限まで追い込まれたツナはザンザスを凌駕する力を得た。零地点突破。死ぬ気の炎と逆の氷の技。死ぬ気の炎ごと凍らせる。
 ザンザスを抑えこめると思ったツナは余力でザンザスに問うた。何故と。
 だってツナには分からなかったから。あんな優しそうな父親に対してどうして非道な真似ができるのか。そこまでする必要性は? 憎しみの根源は? 九代目はちっともザンザスに似ていなかった。ただの……普通の人に見えたのに。あの人とザンザスの間に何があったのか。
 ツナはただ知りたかったのだ。自分と違う世界で生きてきた男の考えを。憎まれている理由を。ツナは軽蔑されても憎まれる理由はない。そう思っていたから。

「うるせぇ! 老いぼれと同じことをほざくな!」
「九代目と?」
 吐き捨てるザンザスにツナは優しい九代目を思い出した。
 ……優しい?
(誰が?)


 その瞬間、ツナに落ちてくるものがあった。
 ツナには分ってしまった。ザンザスの憎しみの理由が。とうてい理解したくなどなかったけれど、ザンザスのした事を許せるわけではなかったけれど、それでもツナには理解できてしまったのだ。ザンザスの憎悪の理由が。
 ザンザスはザンザスであるが故に、その破壊性故に父親に拒まれた。父親としてより、九代目の立場として息子を跡継ぎに選ぶわけにはいかなかったのだろう。
 ザンザスの人間性は非情で、身内に対しても情が薄く部下を道具としか扱っていない。いくら才に溢れていても、そんな男をボスにするわけにはいかない。九代目はボスの目で見て冷静にそう判断したのだ。
 全てを兼ね揃えながらも情という一点において排除されたザンザス。悔しかっただろう。なまじ優秀で欠点がなかっただけに理解できなかっただろう。
 九代目が父親でなければ憎しみは生まれなかったかもしれない。ザンザスはザンザスであるがゆえに拒まれた。ならばザンザスはどうすればよかったのだろう。不出来であるが故に拒まれたのなら理解る。だが、それ以外の理由での拒絶は理解できない。ザンザスがこう生まれ育ったのはザンザスのせいではない。そう生み育てのは九代目だ。ザンザスをそうしておきながら最後にはこういう風に育ってしまったから拒絶するとは理解できない。ザンザスこそ『何故?』と常に叫んでいたに違いない。
 ツナはたまらなくなった。
 ザンザスは嫌いだ。仲間に酷い事をした。嫌うだけの理由はある。
 けれど、ちょっぴりだけど、ザンザスに同情してしまった。
 だって九代目は酷い。ザンザスをこういう風に育てておきながら、ザンザスがこういう性格だから後継者から外すだなんて。情や仲間を思いやる気持ちが大事で、それを持っているならツナみたいなカスでもいいだなんて、それを知った時にザンザスはどう思ったか。想像力貧困なツナにだって考えなくても分かってしまう。

(壊して、やる)

 そう思うのはよく分かる。愚かなツナにだって分かる事が、どうして周りの大人達は分からなかったのか。
 ツナは悲しくなった。勝って安心を手にして、何も恐い事がなくなったのに、ちっとも勝利に酔えなかった。良かったと思えなかった。
 だってザンザスもツナと同じだったのだ。親の勝手な都合で動かされてきた駒だったのだ。本人の意志を無視されて親の都合のいい道具にされた被害者。
 ザンザスは自分を否定した世界を壊そうとした。
 その気持ちはよく分かる。
 被害者の立場に甘んじたくなければ逆に転じるしかない。力で押さえるなら力で反発する。それは当然の選択だ。
 ツナがザンザスのように反抗しなかった理由は、ツナにはその力がなかった、それだけだ。諦めと妥協の方が楽なのだ。ツナは面倒くさがりだった。リボーンと戦う事は究極の面倒だと分っていた。
 九代目と父親がツナを後継者に選んだ理由も想像できる。ツナが相応しいからではない。素質がないというのなら教育で理想に近付ければいいだけの話。ツナのような性格なら第二のザンザスにはならない。それだけ。


 凍りついたザンザスを前に、ツナはやるせない思いでいっぱいだった。
 発端も元凶も……九代目だ。けれどツナには老人は殴れない。九代目は悪人ではないのだ。悪人はザンザスの方だ。
 親と…ツナと仲間を殺しかけた。ザンザスは〈悪〉そのものだ。
 ……けれど。
 その〈悪〉を作り出した人は?
 ザンザスも被害者なのだ。ツナと同じ、理不尽な親に道具にされた子供。

 悪人を作り出した責任を負わない老人をツナは軽蔑する。全ての元凶は九代目とツナの父である門外顧問。ツナが憎まれたのもあの二人のせい。
 ツナは手にした大空のリングがとても汚いモノのように感じ、放り出したくなった。意気地なしのツナはそれもできなくて、潰れてしまえとばかりに握りこんだ。
 想像の中でしか父親と九代目を殴れない自分を情けないと思った。











鮫が生きていたのは大歓迎だけど(死んでないのは分っていた)ザンザスが負けるのは理不尽だと思う…。
ストーリー上、仕方がないけどさ。つーか、ツナと山本が勝ったのが納得できねー。