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 結局帰ってきてしまった。

 もう夜中だ。

 ロイは疲れた身体を引き摺って、イーストシティに帰ってきていた。ロイから詳細を効いたヒューズが、ロイを追い返したのだ。

 確かにヒューズがいればあとは安心して任せられるが、薬を盛られたって命に別状はないんだし、時間が経てば薬も抜けるのだから何も子供一人の為に帰らなくても……と言ったら、ホークアイ中尉と二人がかりで怒られた。

 子供を囮捜査に使った挙句に妙な薬を盛られて、一人で東部まで返したなんてどういう事だと、良識ある大人二人は適当なロイを鬼のように叱った。
 どっちが上官か分らない。

 良識に欠けたロイはどうでもいいと思っていたが、我を忘れてぶっとんだエドを見るのも一興だし、それに面倒な事後処理を有能な友人と部下が引き受けてくれるというので、それは楽だと、堂々サボれる口実を得たロイは一人で東部に帰って来たのだ。

「鋼のは宿舎かな?」

 何事もなければ今頃は軍の宿舎で弟と眠っているはずだ。……何事もなければ、の話だが。

 階段を上がって、端の部屋がエドワードの泊まっている部屋だ。

(……?)

 アルフォンスが部屋のドアの外にいた。

「どうした、アルフォンス?」

 アルフォンスはロイの姿を見つけて高い声を挙げた。

「あ、大佐。お帰りなさい。今日は御苦労様でした。兄さんから聞きました。仕事はうまくいったみたいですね。安心しました。もう仕事は終わったんですか? 今日はあちらに泊まってくるんじゃなかったんですか?」

「いや。私だけ一人で帰らされた」

「何故ですか? また何かあったんですか?」

「まあ……少し、な」

 ロイは扉を閉ざした扉を見た。

「それより、鋼のは中か?」

「あ、そうなんです。兄さん、南部から帰ってきてから様子がおかしいんです。何だか体調が悪いみたいで。風邪でも引いたのかと思ったのだけれど大丈夫の一点張りで、でも息は荒いし顔は赤いし立っていられないみたいで、凄く心配なんです。でも誰にも言うなって怒るし、挙句はボクを部屋から追い出すし、どうしたらいいか分らなくて困っていたんです。……やっぱり医者を呼んだ方がいいのかなあ?」

 アルフォンスはオロオロしている。

 ロイは聞き終わると「鋼の。私だ。……入るぞ」と中に入った。

「あ、大佐」

 アルが慌てる。中に入るとエドが物凄く怒るのだ。

 だがロイは構わずエドの側に行くと、声を掛けた。

「鋼の。……分るか? 私だ。ロイ・マスタングだ」

 布団を被って内に走る衝動と幻覚に耐えていたエドは、いるはずのないロイの存在を訝しむ。目を開ければ嫌いな顔が見えた。

 頭が朦朧とする。思考が霞がかる。

「大佐? ……これも……幻覚か?」

「幻覚ではない、鋼の。……だいぶ効いているようだな」

「……何が?」

「君は気付かなかっただろうが、鋼のは一服盛られたんだ。遅効性だと言っていたから、今頃がピークかと思って帰ってきた。……苦しいか?」

「……なんてことない。……って言えたらいいが…………かなり…………まいっている。ヤバイ……」

「だろうな。鋼のは薬の免疫がないからな。伝え忘れた私のミスだ。……すまない」

 エドの様子はロイの想像していたより酷かった。

 体中に走る熱が出口を探して駆け回っている。だが弟の側では禁欲的な態度を崩させエドワードは、どしてもアルフォンスの近くで自慰にふける事ができないでいた。

 エドワードの呼吸は荒い。身体が細かく震えている。内部は熱いはずなのに、身体は汗で冷えている。耐え続けるのは限界だろう。このままでは理性が崩壊する。

「待ってろ。すぐに楽にしてやる」

 ロイはエドワードを布団ごと抱きかかえると、外に出た。

「大佐! 何処に行くんですか? 兄さんはどうなっているんですか?」

 アルが慌ててロイを追い掛ける。

「アルフォンス! 君は来るな!」

 ロイはアルを止める。アルフォンスに見られるわけにはいかない。エドワードがそう望まない。

 別に知られても構わないと思う反面、弟に知られるくらいなら死んだ方がマシだと思い詰めるエドの脆い内部を案じている。

 今のエドワードは自制心などないに等しい。

 ロイならともかく、他の人間に見せるわけにはいかない。

「いいか、アルフォンス。鋼のは私の家に連れて行って、薬を抜く。君は部屋で兄が帰るのを待っていなさい」

「兄さんは何の薬を盛られたんですか? 何の薬ですか? 身体は大丈夫なんですか? 医者に見せなくて平気なんですか? 心配なんです。兄さんの側にいさせて下さい」

「駄目だ。君は絶対に来るな。……君だけは来てはいけない」

「大佐!」

「これは命令だ」

 ロイはアルフォンスを振り切ると、エドワードを車に乗せて運転席に乗り込んだ。この状態のエドワードを他人の目にふれさせる訳にはいかないから、ロイが運転手役だ。

 バックミラーにアルフォンスの姿が映っている。このままおとなしく待っていてくれればいいが。

「……アル? …………じゃなくて…大佐? ……何処に行くんだ?」

 エドが苦し気に言う。

「私の家だ。そこなら君も我慢せずにいられるだろう」

「オレは………何を………飲まされたんだ?」

「判るだろう? 催淫剤の一種だ。……身体に害はないと思うが、薬に慣れない君の身体には辛いだろう」

「…………昼間吸い込んだ『シュガー』の煙のせいだと思ってた……」

 エドは苦しさに車の革シートに爪を立てた。

「『シュガー』も吸ってたのか。……ではドラッグとの相乗効果だな。薬の利き目が倍増しているんだ。……辛いはずだ」

「……大佐。……苦しいっ」

「もう少しだ。我慢しろ」

 エドの荒い吐息が車内の温度を上げた。














 エドワードはまるで壊れたようだった。

 部屋に入るなり、エドワードはロイに襲い掛かった。ロイは率先して服を抜いでやる。

 エドワードは指が震えて服をうまく脱げないので、それも脱がせてやる。

 指で触ってやると、すぐにハジけた。だが力は全く衰えない。

 エドワードが性急に求めるので、ロイはゴムをつける暇もない。エドワードの出した液体を自分の身体の奥におざなりに塗ると、受け入れる姿勢を作ってやる。

 すぐにエドワードは入って来た。

 まだ固く抵抗が強いロイの中に焦れるのか、酷く乱暴だ。かなり痛むがロイはなるべく力を抜いてエドワードを受け入れた。

「っ……」

 エドがズルリと入ってくる。熱い。温度がいつもよりも高い。

 乱暴に動かれて痛みに呻くが、慣れた身体はすぐにエドワードの形に馴染む。

 ロイも苦しいが、エドの方がより苦しんでいた。

 薬に我を忘れているエドワードは、いくら出しても身体の熱が途切れないようだ。指先から足の先までどうしようない熱に犯されている。自分がどういう状況なのかも分っていないだろう。

 ロイの背中に苦し気な息を吐き出し、ずっと辛そうだ。これでは苦しいばかりだ。

「鋼の」

 エドワードがイッて力が抜けた隙に離れる。

「あ……」

 エドワードの唇が戦慄く。欲望を途中で止められて、身体と心がおかしくなりかけているのだ。

 ロイはエドワードを倒し、足を大きく開かせた。

「こっちの方がより感じられるだろう?」

 エドの内側を探ると、とうに溶けている。薬の影響だろう。いつもは指だけでも違和感に身体を硬直させるのに、今は内側へ誘い込むような動きをしている。

「これなら大丈夫そうだな。……力を抜いていろ」

 ロイがゆっくり内側に入ると、エドは喜びの悲鳴を挙げた。

 ロイにしがみついてより大きな刺激を求める。ロイはエドワードの背中を抱えて全身で揺さぶってやった。

 機械鎧が体温を吸って温まっている。

 強くしがみつかれて鉄の指が背中に喰い込む。

 エドワードは淫乱というより、狂ったようにロイの身体の下で嬌声をあげる。触らなくてもトロトロと精液が漏れ続ける。乱暴に突き上げても痛みは全くないようだ。

 エドワードの中は柔らかいが狭い。ロイはすぐにイきそうになる。だが長引かせなければエドは満足できない。ロイはなるべくゆっくりと大きく動いた。

 エドワードの中の快楽に持っていかれそうだった。

 耳元で挙がる、かん高い子供の声。潤んだ瞳は何も見ていなかった。エドワードは完全に意識がない。それなのに欲望だけは途切れずに苦しんでいる。

 ロイは気が付いた。

 エドは悲鳴や嬌声は挙げるが、出していない音がある。いつもいつもロイとすると呼ぶ名前。音にならず、声にならず、ただ口の端にのせるたった一つの大事な名前。心の奥深くにある、エドワードだけの秘密の聖域。

 呼べないから苦しい。

「鋼の。ここには誰もいない。……呼べ。……名前を。……呼んで楽になれ」

 エドワードは薬の効果が切れても、楽にはなれないだろう。たった一つの禁忌の為に。

 エドワードの中にある毒は盛られた薬だけではない。

 麻薬よりもさらに甘い毒がエドワードを蝕んでいる。心の奥深くに閉じ込めてしまわれた心が、自制心の崩壊によって浮上しているのだ。

 だがそれでも晒け出させない心が苦しみとなって、エドワードを内側から灼いていた。

「鋼の。…………いや『兄さん』……エドワード兄さん」

 呼ばれてエドワードの身体が細かく震える。

 ロイはなるべく優しく、鎧の中の声を真似て言った。

「兄さん。……僕の名前を呼んで。……アナタの声でボクを呼んで」

 エドワードの動きが止まる。戦慄く唇は禁忌を恐れ、切望し、葛藤している。

 あと一息だ。

「兄さん……」

 声が違っている事にも気が付かないのだろう。エドワードを兄と呼ぶのはたった一人。血を分けた弟だけ。

「兄さん……」

 ロイの呼び掛けにエドワードの堰が外れた。

「ア……アル……」

「そうだよ」

「アルフォンス……」

「もっと呼んで」

「アル、アルフォンス。アルフォンス!」

 エドの瓦解した精神はたった一つの拠り所を、出口を求めて荒れ狂った。

「アル……アル!」

「兄さん。気持ちがいい?」

「アル、ああ……アルだ」

「大好き。兄さん」

「アルフォンス……」

「愛してるよ、兄さん」

「アルフォンス。愛している。……愛しているんだ…」

 相手が誰だか混濁しているエドには分らない。アルフォンスの幻に抱かれ、かつてない程狂った。

「もっと言って。愛してるって言って」

「愛してる。愛してるんだ。アルフォンス!」

「嬉しい、兄さん」

 ロイはエドを欺き続ける。正気に帰ればロイを激しく憎むだろう。どんな状況になっても決して表には出さなかったエドワードの聖域を、ロイは壊したのだ。

 だがそうしなければエドワードが壊れていた。隠し続けられた心はもう限界だったのだ。

 同じ血を分けた弟を、身勝手な愛で鎧に封じてしまった罪悪感と、それでも求めずにはいられない欲望で。

 エドワードは認めるべきなのだ。自分がどうしようもなく汚れていて、綺麗なフリなんかできない事を。

 ロイは嘲笑った。だからエドは自分に似ているのだ。











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