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「じゃあ、さくさくいきますか」



 大佐達に潜入が上手くいったと知らせなければならない。ただ気になるのは他の子供達の存在だ。子供を人質に取られれば軍は動けなくなるし、ここは半分地面の下だ。爆発物を使われたらエドワードも子供達も地面の下に埋まる。

(聞いてないぞ、地下だったなんて)

 とりあえず騒ぎを起こすかと、エドは決めた。この建物の一部を壊す。騒ぎが起これば店の人間は商品が逃げたり怪我をしたりするのではないかと、こちらに来て子供の確認をするだろう。子供が何処にいるか分れば、守りようがある。

 エドはなるべく人の目を避けてそろりと動く。

 子供のいる方を避けて適当な部屋を見つける。物置きらしいがちょうどいい。暗くてよく分らないが、付近に人の気配はない。エドワードはパンと手を叩いて壁を脆い材質に変える。そして壁に使われている石の表面を剥がすように、細かい砂に錬成し直した。

 呼吸を止める。

 部屋が一気に粉塵くさくなる。目が開けていられないほどの粒子の細かい埃が宙を漂う。

「これでよし」

 エドはそっと部屋を出て、扉を閉める。舞った埃が下に落ちないうちに、少し離れて自分の前に壁を作る。

「成功しろよ」

 機械鎧に隠し持ってきた数グラムの火薬を取り出す。これだけあれば導火線には充分だ。火薬を扉の前から壁まで繋げる。

「炎はアイツの管轄だってーの」

 ロイと同じ要領で空気中の埃と酸素と窒素と大気の水分から水素を集め、錬成で小さな火花を作る。ピシッと音がして、導火線に火がついた。

 エドワードは大急ぎで壁の後ろに隠れる。ジジジという音と火薬の臭いが漂う。

 瞬間。

 エドワードの耳がおかしくなった。












 娼館の周りで待機していたロイ・マスタング以下数十人の部下達は、突然の爆発音に瞬時に対応した。観光客やらで賑わう町に皆軍人とは分らない格好でそれぞれ散って、合図を待っていた者達である。カフェやら食堂で時間を潰している閑人にしか見えない男達は、全員ロイ・マスタングの部下だった。

 ロイは潜んでいた場所を飛び出し、表通りに出る。煙が前方から立ち上っていた。

 何事かと何も知らない一般市民が建物から出てきて、好奇心を含んだ不安げな目をしている。

 このままでは南部の憲兵隊が集まってくるのは時間の問題だ。エドワードは相変わらずやる事が派手だ。

 ロイは軽く舌打ちした。

 南部の軍はなるべく巻き込みたくはない。パドル将軍不在とはいえ、軍の中には犯罪組織と繋がっている者もいるはすだ。余計な横槍が入る前に全てを終わらせなければならない。

 指揮官であるロイ・マスタング大佐の元に、部下が素早く集まる。集団になれば目立つが、もう隠す必要もないだろう。皆厳しい顔をしてロイの指示を待つ。

 見張っていた建物の一部が爆発した。その建物には鋼の錬金術師が潜入している。これは突入の合図に他ならない。

「早すぎるな」

 ファルマン准尉が屋敷から出てきて、まだ二時間だ。

 突入は夜の予定の筈だが、何かトラブルでもあったのだろうか? それとも目的の少年を確認して、時期を早めたのだろうか?

 爆発を起こしたのがエドワードならそれは合図だが、エドワードでなければ事故という事になる。

 ロイは素早く判断した。偶然ではありえない。……これはエドワードだ。

 だったらする事は一つだ。

「一班は裏へ。二班は私と突入だ。残りの者は外で待機。南部の憲兵は入れるな。ホークアイ中尉は外で足留めと逃げてきた者の拘束を」

 ロイが命じると、部下達は素早く動いた。

 犯罪組織に間違われては困る。隠し持っていた制服の上だけ素早く着用する。

 突然軍人に変装した集団に、市民の目が集まる。

 武器を片手に走り出す。

「突入!」

 騒ぎで浮き足立っている店内に突入して一気に中に駆け込む。一般客が突然入ってきた軍人達の姿を見て慌てて道を開ける。中に通じる廊下は狭く、縦一列にならなければ走れない。

 入口の見張りを鍵を銃で打ち抜いて扉を蹴破る。

「何だ?」

「えっ?」

 理由の分らない爆発で浮き足立っていた屋敷内は、突然の軍の乱入で対応が遅れた。慌てて銃を握る者、奥に知らせに駆け出す者と、動き始めた男達に向かってロイ達は発砲する。

「動くなっ! 投降しろ!」

 鋭い一喝だが、怯んだ者は少なかった。ある程度の襲撃は慣れているのかそれとも予想していたのか、隠してあった銃で応戦する。

 ロイ達も発砲して、激しい銃撃戦になった。

 入口は一つしかない。ここを突破しなければ中には踏み込めない。内部構造は分らない部分が多い。手に入った見取り図は地上のものだけだ。

 情報に間違いがなければ、たぶんエドワードは捕らえられている子供達と一緒にいるだろう。エドワードの事だからおとなしく待っている筈はない。きっと今ごろ地下で暴れている。早く行ってやらねば。エドワードの実力は分っているが、人質を捕られては厄介だ。それにエドワードは戦闘には慣れていても、基本的に人殺しはできない。やった事もないだろう。だが敵はエドワードに殺意をもって銃を向ける。少しでも油断すればエドワードは死ぬ。

 それに長引けば南部の軍が介入してくる。そうしたらロイ達は殺されなくても、犯罪者達が口封じに殺されてしまうかもしれない。犯人が皆殺しにされてしまったら、罪の全てが死人に押し付けられ、パドル将軍達は何喰わぬ顔で追求を逃れるだろう。ロイ達のしてきた事は無駄になる。短期間のうちにカタをつけなければならない。

「皆、どけ!」

 ロイの指が火花を弾き出す。

 ボンッ! という音がして、一気に炎が前方を焼いた。廊下は奥に向かって細く狭くなっているので、炎は火炎放射機から吹き出すように、細く強く放たれた。

 悲鳴と怒声が挙がって、敵が倒れる。死んではいない筈だ。確保は部下に任せて、ロイ達は先を急いだ。

 中は複雑だった。廊下が八方に拡がって、道が分らない。分散して地下への入口を探す事にする。

「三手に別れろ。中央は私が、右はハボック、左はブレダが行け!」

 ロイの合図で散る。

 だが真直ぐには行けない。すぐに前から撃ってくる。ロイ達は壁に身を寄せた。

 廊下の細さを利用して、ロイは炎で一気に前をなぎ払った。横に逃げ場のない炎は前に進む。壁を焼きながら、前方が爆発する。

 ロイの使う炎によって、館内の温度が上昇する。ロイはなるべく炎の出力を最小限にしていた。ここは室内だ。下手をすれば館に火がついて、火事なる。

 この入り組んだ屋敷で火事になれば逃げ遅れる者が多数出る。危ないのは軍人や犯罪者ではなく捕らえられている子供達だ。

 捕えた者から子供の居場所を聞き出すとあっさり「地下」だと答えた。嘘ではないらしい。

 ロイ達は前に進みながら地下を目指すが入口がよく判らない。

 地下への入口はなかなか見つからない。とにかく走り、飛び込んだ部屋で、ロイは思わず立ち止まった。一瞬、状況を忘れる。我に返り前方に集中した。

「貴方は…ミランダ? …ミランダ・マクミラン中佐?」

 知った顔を見つけて、ロイの顔に動揺が走る。懐かしい、否、忌わしい過去を共有した、かつての上官。

「ロイ? ……ロイ・マスタング少佐?」

 低い驚きの声は数年前と変わらない。軍服を着ていない彼女はとても地味に見えた。だが鋭さは変わらない。

「貴方だったの」

 それで全て分ったと、女は愉し気に笑った。

「今は大佐だ」

「そう。……そう言えばそうだったわね。出世したのね」

 前にいる女とロイが知り合いだと知って、部下達はどうしたものかとロイを伺い見る。だがロイが緊張感を高まらせているのを見て、再び気を引き締める。

「ここに貴女がいるという事は、貴女も犯罪組織の一員という事なんですね? ……残念です。マクミラン中佐。貴女を未成年者略取、及び人身売買の罪で逮捕します」

「もう中佐じゃないわ。マスタング坊や。元、中佐よ。今は善良な一般市民のおばさんよ」

「逃げられません。投降して下さい」

「そう思う?」

 女の余裕の顔に、ロイの警戒は解かれない。

 ミランダ・マクミランはロイの元上司で、三十を前に中佐になった女だった。ロイと同じく国家錬金術師で、戦闘によって階級を上げてきた、生っ粋の軍人だ。実力はロイが一番良く知っている。爆弾魔のキンブリーと同じく、爆発を得意とした錬金術師だった。手に錬成陣が彫ってある。油断すれば吹っ飛ばされる。

「まったく、パドルのヤツも役に立たない。貴方に乗り込まれるなんてね」

 仮にも将軍をミランダは平然と役立たずと罵った。

 こんな状況でも顔色一つ変えないのは流石というところか。戦場慣れした女は銃撃戦などでは怯まない。自らの有利さを知っているのだ。

「投降しろ、ミランダ・マクミラン。貴女はもう私の上司ではない。ただの薄汚い犯罪者だ」

「軍は抜ければただの人って事?……お偉くなったものね。……ああそうね、今は大佐だから、階級からいえばマスタングが上官ね。あの弱虫君が偉くなったものね」

 初めての戦場で震えながら人を殺し続けたロイを、過去のミランダは冷やかに見ていた。積まれる屍体に心を壊していく人間が多い中、ミランダだけはまるで不要な書類でも破くかのように人を殺し続けたのだ。

 ミランダ・マクミランは精神異常者ではない。

 だからこそ恐ろしい人間だった。






「何故貴女がこんな事を?」

 ミランダはイシュヴァール殲滅の後、退役したのだ。

 あの戦争後、退役する人間が後を絶たなかった。それほど酷い戦争だった。戦場では女子供を殺せた兵士達も日常に戻り家族や恋人と接し人の心を取り戻すと、自らの罪を思い出して苦しんだ。無抵抗の女子供を殺した兵士達は良心の呵責に耐えられなくなり、銃を握れなくなった。

 だがミランダはそういった人間の対極にいた女だ。

 だからミランダの退役には誰もが疑問を抱いた。

「マスタング坊や。女には色々あるのよ」

 読めない人間は沢山いたが、ミランダもまた心を読ませない人間だった。

 ミランダの思惑がどうあれ、昔の事はどうあれ、今はただの一犯罪者だ。

「貴女を拘束する」

「できるかしら? ……動いたら皆死ぬわよ?」

 微笑む女の余裕が本物だと知り、ロイは動けなかった。ミランダはハッタリを言うような人間ではない。用意周到で他人に隙を見せない。こんな場面を予想していなかった筈もない。

 そうしてミランダは破壊の錬金術師だ。

「ここは火気厳禁なの。だからマスタングはここの部屋に入ってはいけなかったのよ。ほら、見える?」

 ロイはミランダの背後にある暖炉に目をやった。暖炉の中には黒い石炭がびっしり詰め込まれている。

 ……石炭? いや、違う。

 まさか……。

「分った? これは石炭じゃないわ。火薬を錬成して固めたものよ。火がつけばどうなるか分るでしょう?」

「火薬!」

 部下が悲鳴のような声を挙げた。

 あれだけの量があれば、この屋敷一つ引き飛ばすのはわけはない。そしてミランダは一秒あればそれができるし誰が犠牲になろうと躊躇わないだろう。

 ロイは珍しく本気で焦った。たかが犯罪組織と侮ったのが間違いだ。まさか元国家錬金術師のミランダが関わっているとは思わなかった。誤算だ。









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