(注)いきなりですが、銀魂トッシーパロです。銀魂読んでない人には何の事がイマイチ判りにくくなってます。
 結界師オンリーイベントの時に出した無料配布本の中味です。








 「墨村ぁ。……なんだ、まだ家に帰んないのか?」
 田端が机に突っ伏している良守の後頭部に声を掛ける。部活にも入っていない良守はいつも授業が終われば速攻で帰宅するのだが、何故か今日に限って教室に残っていた。
 帰れないほど眠いのだろうか。
 墨村良守という人間の半分は眠りでできていると言っても過言ではないほど、いつも眠っている。教師が叱るのを放棄させるほど。いっそあっぱれだ。
「…………うん」
 良守はノロノロと顔を挙げた。眠っていたというより、不貞ているという顔付きだ。
 良守という人間は喜怒哀楽がはっきりしている。……が、感情の理由がイマイチ判らない事が多い。怒っていたり、苛々していたり、しまりなく笑っていたり、寝ていたり、見ていてとても分りやすい性格なのだが、何故そうなっているのかの理由が判らない、とってもおかしな同級生だった。

「珍しいな。お前が学校に残ってるのなんて。何かあったのか?」
 いつもの好奇心で、田端が目をキランと光らせる。
「別に…………何も、ない、けど……」
 良守の声が段々と低くなっていく。
 良守は自分の事を話す時、何故かいつも歯切れが悪い。
「だったら帰りにカラオケでも寄ってかねえ? 墨村がガッコに残ってるのなんて滅多にないからな」
「…いや、止めとく。家に帰んなきゃなんねえ…」
「家で用事でもあるのか? いつも速攻家に帰るけど。部活にも入んねえし」
「…………まあそれなりに…………」
 はあぁぁ……。
 良守の心底出した溜息に、田端は墨村っていつもおかしいよなと思ったが、口には出さなかった。言っても無駄だからだ。一年以上付き合っていれば性格は嫌でも分ってくる。墨村良守という人間は肝心な事を話さない。






 さて、良守が家に帰りたがらない理由だったが、簡単に言うと、家族が戻ってきているからだった。即ち家を出ていって久しい長男が帰宅しているのだ。
 別に正守が家に帰る事は珍しくない。色々な事件があって、烏森の結界師と夜行はそこそこ交流ができていた。良守は刃鳥や閃達と仲良くなっていたし、兄との間にあったこだわりの垣根も段々低くなっていっている所だ。杉が桜になったぐらいの高さだが。
 良守はとぼとぼと家に帰る。その足どりは重い。何かに取りつかれたように背中を丸めながら歩く。
 とっても帰りたくなかったが、良守が家に帰らないと父が正守と二人きりだ。何かと忙しい父に兄の面倒を見続けさせるのは心が痛い。それにアレの存在は利守には手に余る。良守は家に帰りたくないにも関わらず、帰らざるを得ないのだ。
 さて、何故正守の相手を父がしているかといえば、実は兄は目が離せない状態だからだ。普段の正守ならば別に監視などいらないのだが、今の正守は……。

 良守は腕時計の文字を見て、時間の進みが遅いと苛々した。
 まだだ。まだ帰りたくない。だってこの時間は……。せめて五時を過ぎていてくれたら……と思うが、まだ四時半ば。とっくに家の前についている。あと三十分、外で時間を潰せないものだろうか。というか潰したい。家に入りたくない。……だが。
「……良兄、お帰りなさい」
 弟の利守が庭先で斑尾の犬小屋を掃除していた。
「……ただいま」
「良兄、遅かったね」
「……ああ」
「早く帰ってきてって言ったのに」
 恨みがましい目付きを向けられて、良心がチクリと痛む。
「…………アイツは……家に、いるのか?」
「当たり前でしょ。だから僕が外にいるんじゃないか」
 利守の眇めた目付きに良守はうっ、となる。弟に迫力負けして恥ずかしいと思うより、やっぱりと思ってしまう。利守はハッキリと長男を避けていた。
「俺も、斑尾の小屋の掃除、手伝うよ」
「一人で充分だよ。それより、良兄。あの人の監視、ちゃんとしてて」
「うっっ…!」
 正直家の中に入りたくない。しかし弟はそれを許してはくれないだろう。仕方なしに良守は鉛を入れたように重い足を引き摺って引き戸を開けた。
「お帰り良守」
 普段通りの父の声が迎える。
「ただいま、父さん。………………………………アイツ、は?」
 良守は小さく声を顰めた。
「正守は居間だよ。TVを見てる」
「……そう」
 思った通りだ。今はちょうどその時間だ。
「着替えておいで。オヤツ食べるでしょ」
「……うん」
 いらない、とは言えなかった。
 正直食欲なんかなかった。居間にはアレがいる。
 アレを前にして食欲など湧くはずがない。
 だが父にそんな正直な心情を吐き出す事はできなかった。正直さは時に人を傷つける。
 着替えて居間を覗いた良守は、目に入った光景に慌てて目を逸らした。



『愛と正義の使者、マジカル★モモコがアナタのハートをラヴラヴゲッチュー。』

 TVから聞こえてきた、舌ったらずの声とバカ丸出しの台詞に良守の心は黒くへこんだ。TVの前に座る大きな背中の存在に精神が削られていくような気がする。瞬間的にやさぐれた。
 何が嫌って。TVにかじり付く真剣さが嫌だ。声を掛ける事を許さないというような真面目オーラが出ているのが見て判る。全然判りたくなかったが。
 本日の兄のいでたち。
 着古したジーンズと袖を引きちぎったTシャツ。頭には赤いバンダナ。そして刀を斜め掛けに背負っている。
 背中と頭を除けは別におかしな格好ではない。正守は鍛えた身体だけあってスタイルは良い。尻がキュッと締まって足は長く、身体にぴったりのジーンズを良く履きこなしている。
 誰が見てもおかしい所はないというだろうが、家族だけは別だった。
 ……いや、下はいいのだ、下は。
 問題は上半身だった。何故Tシャツの袖が切られているのだろう。おかげでノースリーブのように肩が剥き出しだ。袖無しがいいのなら、始めからノースリーブを着ればいいものをと思う。
 しかし正守には正守のこだわりがあるらしい。俺流のファッションに文句あるか、と言う。
 …ある。文句は山とある。言っていいならいくらでも言う。つか、言わせてくれ頼むから。
 だが突っ込みたいのはそこではない。Tシャツにジーンズという格好なら、正守が子供の時に散々見た。大人になった正守は着物ばかり着ているから目が慣れないだけだ。問題は別にある。
 頭部が目に入って、はあぁ、と深い溜息を吐いた。坊主にバンダナ。バンダナと坊主。すっげえ似合わない。
 別に人の趣味にどうこう言うつもりはないが、何故バンダナが必要なのだろう。これがファッションだというのなら、ファッションの定義が間違っている気がする。
 だが良守は他人の身なりをどうこう言えるほど着こなしに自信があるわけではない。服なんか着れればいいや、という最低限の価値観しか持ちあわせない良守は、ファッションとは無縁だった。普通の服装よりずっと和装の方が似合うのだから、わざわざ金の掛かるような趣味を持つ事もないと服装に興味など持たなかった。
 だが、今それをちょっぴり後悔している。もうちょっと服装に含蓄持つべきだったのだ。
 だから……今、兄の格好に対して何も言えないのだ。
 正守はTVに集中して良守の視線に気付かない。


『マジカル★モモコを来週も見てくれないと、守護神様に代わっておしおきよっ』

 ああ、やっと終った。

 良守はせんべいを齧りながら、苦行のような時間に耐えていた。
 別に良いのだ。アニメの内容に文句はない。
 小学六年生が正義の味方業をやっても、パンツ見えそうな短いスカートを履いて敵と戦っても、必殺技を出す度に『マジカル、るるるるーー愛と正義の前にはなんぴとたりとも立てはしないっ、アタック!』と叫んでも。
 ピンチに陥ると、何処からともなく口笛と共にタキシードを着て仮面を被った変な男が出てくるとしても。その男が仮面を外し、『イケメンビーム!』を出して敵をやっつけたとしても。『男は顔だ。正義を語るにはまずは美しくなければならない。正義はこぶしで語れ』と差別と暴力を推奨していたとしても。…………別にいいのだ。問題は見ている側にあるのだから。
「やあ、帰ってたんだね」
 兄が振り向いて弟の存在を認めた。
「……ただいま」
 良守はやや目を逸らして兄の視線を避けた。
「…………TV、面白かったか?」
(うわ、なんで俺、自ら墓穴を掘るのかな)
『バカバカ、俺のバカ』良守は己を思いっきり罵った。
「ああ。やはり盆図のアニメは秀逸だね。子供向けとはとても思えない。映像も声優も一流だ」
(今見た中身、どう見てもお子様向けだったんだけど……)
 ひっそりと思ったが、次から次へと出そうな言葉は全て飲み込んだ。ごっくん。ああ、消化不良をおこしそうだ。最近胃薬の消費量が多い。
「あの、兄貴。……今日は刃鳥さんから連絡あった?」
「はとリン? 今日はないなあ。夜行も仕事が暇なんじゃない? きっと俺がいないのをいいことに遊んでいるんだよ」
(お前と一緒にすんなっ! 刃鳥さんがいたら今頃確実に殺られてるぞオイ。……って、まだ『はとリン』呼ばわりしてんのかよ。聞かれたらぶっとばされるぞ)
 三日前に見た、羽鳥の幽鬼のような表情を思い出されて仕方がない。



 事の起こりは三日前だった。
 突然携帯に刃鳥から連絡入り、至急お兄さんを連れて帰る、と告げられた。正守に何があったのか、刃鳥は何も言わなかった。
 何故兄が電話に出られないのか、何故急遽烏森に戻らねばならないのか。刃鳥から連絡を貰った良守は、正守が来るまで心配でたまらなかった。
 蜈蚣に乗ってやってきた刃鳥と正守の様子に別に変わった様子は見られなかった。
 いや、いつもと違う点はあった。正守は普段の嫌味なくらい着こなしている着物姿ではなく、数年前と同じようなジーンズにTシャツ姿だった。なんだか懐かしい。そして何故か頭には赤のバンダナ。背には日本刀が背負われていた。……WHY? 妙な格好だと思った。
「兄貴! ……刃鳥さん」
 二人の姿を見て良守はホッとした。とりあえず、怪我とかではないらしい。
「何かあったんですか? なんで兄貴じゃなく刃鳥さんが電話してきたんですか? 閃に聞いても何も知らないって言うし」
 刃鳥は疲れたような顔で良守に謝った。 
「良守君、こんにちは。突然あんな電話してしまって、混乱させてしまったわね。……ごめんなさい。私もかなり動揺してしまって……」
 動揺って? 良守は首を傾げる。
 正守を見るが、兄はどこ吹く風だ。
 いつもの出合い頭の嫌味は? なんでそんなけったいな格好してるんだろう?
 良守は刃鳥の説明を待つ。
「……刃鳥さん? 兄貴?」
 しかし、何故だろう。聞いてはいけないような気がする。動物的直感が逃げろと告げていた。
「良守君。……頭領を見てどう思った? アナタの目には頭領がどう見える?」
 刃鳥の問いに良守は思ったままに言う。
「どうって……。普通、だけど。格好以外は」
「そう。……一見普通なのよね。でも……」
 ズドンと暗くなった刃鳥に、何がなんだか判らないと良守は聞く。
「あの、一体何が……」
「結論から言いますと、頭領は…………実は今…………あの背中のモノに取り憑かれているんです」
「えっ?」
「頭領の背にある刀。あれが全ての原因です」
 刀? そうか。だから正守は刀を背負っているのか。
「兄貴が取り憑かれたって……あの刀に?」
 良守はギョッとした。
 兄の事は態度がでかくて意地悪で気に入らないと思っているが、力だけは認めていた。相手を支配する事はあっても、逆はないと思っていたのだが、まさか刀ごときに取り憑かれるとは。
 どういう事かと刃鳥を見る。
「あの刀は…さる筋から預けられたものでした。祓う事もできず危険なものだからと、頭領が保管するように言われて。……かなりのいわく付きだとは知っていましたが、まさか頭領が取りこまれてしまうなんて……」
 刃鳥の説明に良守の顔も引き攣る。
「兄貴に取り憑くなんて、すげえ根性入った刀だな。……でも大丈夫ですよ。なんたってあの正守ですから。すぐに自分でなんとかすると思います」
 願望を込めて良守はそう言った。
 だって兄は心配するだけ無駄な人種だ。刀ごときにどうかされる男ではない。全部自分のやりたいようにやって飄々としている嫌味なヤツなのだ。
 きっと良守達が心配するのを見て、後で『なんだ俺を心配してくれてたんだヒヒヒ』とか笑うんだ。きっとそうだ。良守がそう言うと。
「……私達もそう思ってました。…………だけど」
 くっ、と刃鳥が悔しげに顔を背ける。
 一体何が……。良守の背がモゾモゾする。
「なあ、はとリン。もう家に戻っていいかな。今帰れば『神様プリーズ! 瑠璃色カルテット』略して『神プリ』の放映に間に合うんだけど」
 ……はとリン? って、まさか刃鳥さんの事? かみぷりって何?
 良守は一瞬正守が何を言ったのか理解できなかった。
「その呼び方はやめろと言っただろうが、この×××野郎!」
 刃鳥の鋭い一喝に良守は硬直した。
「ひぇっ? ……刃鳥さん? 兄貴? 今のは一体…」
 刃鳥の切り裂くような罵声に男二人は身体を竦めた。
 兄が変なのは昔からだが、今は輪を掛けて更におかしい。
 はとリンて……その名前は一体何? 徒名ですか? それとも愛称? 似合わないというか、変なんですけど。
 ワケが判らなくて良守はオロオロと二人を見比べた。
「刃鳥さん。これって……」
「コレが刀の呪いよ。良守君」
 刃鳥は忌々しげに言い放った。
 刃鳥さんが恐い。それに増して兄が恐かった。
 どんな呪いだコレ? 地道に痛いぞ。
「この刀に取りつかれた者は刀に魂を喰われて、代わりに刀に呪われるのよ」
 だから兄貴は変なのか。だからその呪いの内容は?
「魂を喰われてって……それって大変なんじゃ。けど兄貴は普通に見える、けど」
「外見はそう見えても中身は全然違うのよ。だって……この刀に取りつかれた人間は…………に、なるの」
「え、なんだって? よく聞こえなかったんだけど?」
 刃鳥は苦虫を噛み潰したような顔だ。
「だから……この刀に取りつかれるとおた」
「はとリン。俺、家に帰るね。今日はるりるりが三つ目の宝石を手に入れて、いよいよ女神候補生としてヘヴンズゲートへの入場を許される大事な回なんだから。見逃したら泣くよ」
 兄貴の声が割って入った、のだが。
 ヘヴンズゲート? ……るりるり? 宇宙人語か?
「兄貴、何言ってんの?」
 新種の呪言かもしれない。
 正守が破顔した。
「良守は知らない? 今人気絶頂アニメ『神様プリーズ! 瑠璃色カルテット』だよ。こっちではリアルタイムにやってるんだよね。夜行は山奥で見られなくて」
「……知らない」
 良守が知っているアニメはドラエモンとサザエさんとアンパンマンくらいだ。……というか、アニメ?
「面白いよ。是非見るべきだ。主人公のるりるりは昼間は平凡な女子中学生なんだが、夜は女神様候補生として魔族と戦ってるんだ。その魔族っていうのが……」
 正守が身ぶり手ぶりを加えながら、必死に説明する。……が、良守は言われている内容がイマイチ判らない。というか、判りたくないと耳が拒否した。
「そのくだらない口を閉じないとタコ糸で縫うわよ」
 刃鳥の絶対零度の声に、良守と正守はピキンと身体を凍らせる。美人は怒ると恐い。
 しかし刃鳥よりも恐いものが他にあった。比べるのなら、刃物を持った悪漢よりもゴ○ブリの方が恐い時音のように。
「は、は、は、刃鳥さん。兄貴がおかしい」
 良守は動揺のまま縋るように兄の副官を見た。
 ちょっと待ってよ。兄貴は普段からおかしいけど、こんなおかしさは無かったはずだぞ。おかしさのオプションが増えたのか? いらんバリエーションばっか増やしやがって、こん畜生。
「ええ。おかしいです。壊れてます」
「まさか……これが刀の呪いだっていうのか?」
 頼むから肯定してくれるなという願いも虚しく。
 刃鳥はきっぱりと断言した。
「そうです。これが妖刀『ましゃもり』の呪いです」
「『ましゃもり』?」
「はい。この刀に取りつかれた者はすべて、ヘタレたアニメ好きオタクになってしまうのです。つまり、今の頭領は夜行の頭領ではなく、単なるオタクです」
 良守の顎がバカッと落ちた。












「今日はね、マジカル★モモコの限定フィギュアが抽選で出てるんで、ずっとハガキを書いてたんだ。やっぱり限定物は絶対にゲットしなくちゃならないからね。おかげで手がこったよ。いやあ、疲れた」
 正守がにこやかに右手を振る。
 いっそその手首落ちてしまえと視線で呪う良守だ。
 兄と向い合うのがこんなに苦痛だと思った事が今までにあっただろうか。……いや無い。
「モモコは当然として、ライバルの『あっぷルン』のフィギュアも絶対欲しいから、良守の名前で出しといたから。当たったら絶対連絡くれよな。箱も開封すんな」
 当たったら速攻滅そう。……というか、人の名前を勝手に使うな。名誉毀損だ。兄弟の縁を叩き切るぞこの野郎。良守の目が死んだ魚になる。
「正守は明るくなったね」
 修史が目の端に涙を浮かべて嬉しそうに微笑む。
 おーい。お父さん。これは明るくなったんじゃなく正確には壊れた、です、お父さーん。ポジティブにも程があると思いまーす。
「正守はアニメが好きなのか。……僕の頃は銀河鉄道のメーテルが女神だったな」
 うっとりと修史が過去を振り返る。
 ……もしもし? 良守は再び顎が落ちそうになった。
 正守の顔がだらしなく弛む。
 まるでスケベオヤジだと、良守は醜い物から目を逸らすように正守を見ないように我慢した。
「銀河鉄道は名作ですよね。俺はどっちかっていうと、エメラルダス派ですが」
「ガンダムも好きだったなあ。僕はマチルダさん派で。機体はやはり赤い彗星だね。男の子はみんなシャア派だった。ジェットストリームアタックを皆で練習したりして。懐かしいなあ」
「父さんも好きですね。俺はメジャーにセイラさんプッシュですけどね。でもララァも悪くないです」
 あのー。もしもし。二人で宇宙人語を話さないで下さい。全然会話についてけないんですが。ぴぴぴぴぴ?
 しかし父さんがオタク談義についてけるとは。作家なんかしているくらいだから、そういう方面に強いのかもしれない。
 確かに霊が見えない人が霊を語るんだから、変な人資質は充分だが。
「しばらく家にいる事になりそうだから、ガンダムを一話から見直そうかと思います。お父さんも一緒にどうですか?」
 おいコラ正守。健全な父さんまでオタク道に引き込むんじゃねえっ。良守は机の下で拳を握った。
「いいねえ。一緒に見よう。じゃあ後でDVDを借りに行こうか。嬉しいなあ。正守と趣味が合うなんて」
 父さんは本当に嬉しそうだ。家の中で一人だけ一般人の父は家族との差を感じているのだろう。独り立ちした長男が甘えてくるのが嬉しそうだ。
 しかし、こんな甘え方されて本当に嬉しいのか?
「良守もどうだ一緒に」
「……心の底から遠慮する。全力で拒否る」
 誰がオタクの兄貴の趣味に付き合うものか。そんな無駄な時間を過ごすくらいなら、修行でもしていた方がどれだけ有意義か。
 真面目で嫌味な正守は本当にお空の星になってしまったのか。
「えー、良守も一緒に見ようよ。面白いよ、ガンダム」
 ねえ、お父さん。俺が一度でもアニメを見たいという素振りを見せた事があった? 家族仲はアニメでは修復されないと思う。マジで。
 良守はグレかけたが、父の手前兄に冷たくできない。
「だって…。それって長いんだろ? 寝る時間が減るから遠慮する。正守とは違って、俺は昼間は学校に行かなきゃなんねえし」
 良守は嫌味を込めて言う。
「じゃあ、学校が休みになる土日に見よう」と修史が提案した。
 ……お父さん。見たくないと言外に言っているのに気付いてプリーズ。俺はオタクではありません。アニメなら宮崎アニメにしようよ。魔女宅ってまだ見た事ないんだよ。田端が一度は見とけって言ってたし。
「良守は趣味が狭くてつまらないなあ」
 正守が優越感を持って笑うのを殺意を込めて見返した。
 オタクってどうして自分の趣味に賛同する人間が出たら、さも自分が正しいですって顔すんの? キモイよ、寒いよ、無気味だよ。……ああ、滅してえ。
「……俺は趣味はお菓子作りだけで充分だ」
「良守の趣味は可愛くていいよな。……でもどうせお菓子を作るなら、メイド服着てやればいいのに。きっと似合うよ」
 良守の口元がヒクリと上がった。
 発言が嫌味でないから余計恐いんだけど。
 メイド服を似合うと言われて喜ぶような特殊な趣味があるとオマエは思ってんのか。そうなのか。やっぱり一回死んでくれ。
 烏森で殺せば妖として復活しないかな。そうしたら刀の呪いも解けるかもしれないのに。烏森パワーよ、今こそオラに大地の力をっ!
 そう、刀の呪いは強力だった。正守があっさり取り憑かれたくらいだ。ジジイや隣の雪村のババアでも呪いは解けなかった。正守の精神は刀に乗っ取られ、今や正守はただのニートでオタクな変態だ。
 恐るべし〈妖刀ましゃもり〉
 ちなみに時音はこの正守を見た途端に「さよなら、私の初恋」と言って消え去った。
 ……ってか、兄貴。夜行はどうすんだ?
 良守は良守なりに真剣にこの正守の行く末を心配していた。
 このまま辞めたらただのプーだぞ。就職難の御時世、中卒だと就職も難しいと思う。結界師の家系は結界師じゃなくなったら潰しがきかねえ。履歴書に職歴を何て書くつもりだ? せめて高校出とけば良かったのに。今さら言っても遅いが。
 父とオタク兄は意外に気が合うようで、意気投合して話が弾んでいる。良守は逆に気が滅入ってしょうがない。
 はあっ、と癖になったような溜息を吐くと、正守が気遣うように言った。
「良守、疲れてるのか? お前は毎晩大変だもんな。……お祖父さんが手伝えないんだから、体調には気をつけろよ」
 誰のせいでジジイが倒れたと思ってんだ、この野郎!
 良守は心中で吼える。
 正守が一変して、祖父は大ショックだったらしい。自慢の孫だった反動は大きかった。これは夢じゃ悪夢じゃ、とまだ床でうなされている。
 しかし良守には倒れる事さえ許されない。兄貴とジジイがコレでは俺がしっかりするしかないではないか。
「あんまり気負うなよ。先は長いんだから」
 正守は刀に取り憑かれてからの方が優しい言葉をかけるようになった。それがもの凄く複雑な良守だ。嬉しくない筈なのに、なんだか胸がザワザワする。
(俺って兄貴の優しさに飢えてたのかな。俺の知らない俺が出てきそうで、それがちょっと恐い。俺まで刀に取り憑かれたらどうしよう。オタクかあ。俺がオタクになったら烏森はどうなるかな。案外右手の方印があっさり消えたりして)
 良守は心の中で思いっきりふてていた。


「良守。一つ言いたい事があるんだが」
 正守が真剣な顔をしたので、良守の背が反射的に緊張した。兄がこんな顔をする時は大抵説教になる。
 しかし。
「良守。語尾に『にゃん。』てつけてみない?」
「……………………」
「通販でネコミミを買ったから、良守にやるよ。きっと似合うと思う」
「……………………」
「あ、猫てぶくろも買ったんだ」
「……………………」
「尻尾はズボンにつけられるタイプだ」
「……………………」
「兄貴、じゃなくて『おにいちゃん』て呼んで欲しいな。利守みたいに」
 ブチッ。
 良守は自分の中で何かが切れる音がした。
「結っ! ……め」
「わーーーっ! 良兄っ、ダメーーーっ!」
 利守が止めてくれなかったら良守は殺人犯になる所だった。












まっさん、オタクになる
 (銀魂パロですんません)