やまとなでしこ入門編

注意/1 180話ネタバレ
注意/2 限が生きてる設定
注意/3 良守まで閃ちゃんと同じ女体化







 一体これは何の冗談だ?
 墨村良守は心の底からそう思ったし、影宮閃も同様だった。
「なんだこれーーっ!」
 二人が挙げた声は全く同じだった。


 ポコンと突き出た胸部。夢かと思いたくて触ってみると。
 感触はふやん、だった。……オーマイゴッド。
 良守は触れた感触に羞恥し混乱し、閃は怒りまくった。
 二人の気持ちは等しく重なっていた。
 曰く。
『あんのクソ烏天狗〜〜〜〜っ』……だった。


 良守、時音、閃の三人は会羽山の烏天狗に大事な話を聞きに行って、お世継ぎ誕生騒動に巻き込まれた。
 タイミングが悪かった。良守にそんなつもりはなくても、いや、悪意や他意がないからこそ最悪だった。
 どんな組織でも一番苦労しているのは下っ端でもトップでもない中間管理職だ。組織のナンバー2という立場にいる紫堂は多忙だった。いざお世継ぎ誕生!というタイミングで女性を連れていった良守が全ての元凶だった。
 だからといって。
『これはねえよっ!』
 良守と閃はお互いの胸部を見て、発狂しそうな表情をした。
 箱を開けた途端に雲と風。そして三人の胸は膨らんだ。ポヨン、と。
 時音は増えた脂肪の量に複雑な顔になり、良守と閃はドブに落ちたような顔になった。
 起因するものがハッキリしていたので引き返して土産を持たせた紫堂を締め上げた。当然だ。
 原因は土産ではなくお世継ぎ様の悪戯と分かり、閃は爪をシャキーンと伸ばし、良守は人間バッティングを再び披露した。相手が子供だからといって遠慮するような二人ではない。だって良守も閃もまだ子供だ。


 二人はすぐに元に戻ると思っていた。これは神様の些細な悪戯、可愛い意地悪だと。
 男が突然女になる。……『わー、ビックリ。 嬉し恥ずかしハプニング、きゃっ★』とかだと思っていた。(思いたかったのだ)
 なのに。


「……元には戻らないっ?」
 良守と閃は飛丸(烏天狗跡継ぎ)のした悪戯の詳細を紫堂から聞いた。
 紫堂はそれはそれは気の毒そうな……表情が分りにくい烏天狗姿なのにそれが分かるくらい悲愴かつ同情的な顔をして……良守達に説明した。
『腐っても土地神ですからねえ。神の贈り物を人は拒めないんですよ。……まあ呪いとも言いますが。……というわけなので諦めて下さい』
 紫堂は端的に言った。

 ……諦められっか!

 なに? 突然男から女にされて、元には戻せないからすっぱりきっぱり諦めて新しい人生をスタートしろと?

 ……できるかっ!

 二人は激怒したが、紫堂は「だって……方法ないですから。……諦める以外の選択肢……ゼロですから」と無情にも言い放った。
 そりゃあねえでしょう、あんまりでしょう。土地神出せやコラアッ、ふざけてんじゃねえぞっ、俺らを元に戻しやがれっ!
 二人はこれ以上ないくらい切れたが、元凶の息子は胸の柔らかくなった閃に飛びついて刺され、元凶の父親は『女子はええのう』とやに下がった。神様二体はにわか女子二人にボコボコにされた。
「エロジジイ死ねっ」と良守は神様を結界で滅多打ちにしてから下界に戻った。
 紫堂が「うちの殿様に何してくれてんだ、神罰が当たりますよ」と流石に慌てたが「これ以上の罰って何?」とドヨンとした目を良守と閃に向けられて、言葉に詰まった。揺れるノーブラの胸が物悲しく紫堂の目に映った。
「気の毒に」という目で烏天狗達に見送られ、良守と閃は地上に帰ってきた。
 こっそり迎えた時音は二人の表情から全てを悟り、慰めの言葉もかけられなかった。二人から「何も聞かないでプリーズ」オーラが出ていたからだ。
 しかしなっちまったものは仕方がない。神様から「元には戻らないよ」という御墨付きをいただいてしまった二人は(すげえ嫌な御墨付き)今後の対応に迫られる事となった。
 つまり、いつこの事を公表するか、という事だ。だって絶対に元に戻らないと元凶が断言したのだ。

「死んでもバラしたくねえっ」と良守と閃は叫んだが、時音に「じゃあ死ねば?」と冷たく一蹴され、更にへこんだ。時音は女なので男心がまるで分っていなかった。
「良守はともかく、閃君は元々女顔なんだから、違和感なくていいじゃない。転校したてだし、実は女でしたという事にしても、今ならあまり支障ないし」
 時音のフォローは実は救いではなく、崖っぷちにぶら下がる手を踏み付ける行為だった。一見繊細そうに見えながらかなり図太いのが女なのだ。
「殺すっ!」
 爪をきゅいーんと伸ばす閃を良守は必死に止めた。鈍感な良守でさえ時音の言葉ってないんじゃないかと思ったが、今は閃を止める方が先だった。
「か、影宮ぁ〜〜、今はそんな事してる場合じゃねえって」
 良守は困っていた。どう困っていたのかと言えば、態勢だった。良守は閃の背後から抱きついて動きを封じていた。そして閃の身体は今や女性体だった。……良守もだが。
 一回り細くなった身体。膨らんだ胸部。そういったものが腕の中にあり、良守はどうしようっと困った。手を離せば閃は時音を攻撃するだろう。閃の戦闘力は大した事ないし、時音は強い。閃とやりあっても時音が負ける事はないだろうが、時音が攻撃されると分っていて手が離せるわけもない。
 男が女を攻撃しちゃ不味いよな。……しかし閃は今女だし。……ああ、暴れたら胸が手に当たるよっ!
 良守はわたわたと慌てながら「影宮〜」と閃を止め、時音はやるなら受けて立つわよっと手を構えた。
 一触即発の空気を壊したのはもう一人の妖混じりの少年だった。
「閃ちゃん、時音ちゃん。何処にいるの? もう夕飯だってさ」と秀がのんびりした口調で三人がいた道場に入ってきたのだ。
 良守と閃は咄嗟に膨らんだ胸部を隠し、時音はわざとらしく「おほほ」と笑った。
 秀の顔にハテナが浮かぶ。
「あれ、良守君も来てたんだ」
 秀が良守を見つけて笑顔になる。
「お、おう。コンニチハ。…………元気だったか?」
「元気だよ? ……昨日も会ったでしょ?」
「そ、そうだったな、あはは……」
 良守は胸の前で腕を組んで笑顔を引き攣らせた。
「あはは……? ……時音ちゃん。おばさんがそろそろ夕飯にしましょうだって」
「そ、そうなの。……ありがとう。着替えてから行くから」
 時音は秀にそれはそれはイイ顔で微笑み、自然な態度で道場を出て行った。つまりは敵前逃亡。後は二人で勝手にやりやがれ、だ。

 だってワタシ元々女の子だから神様の呪いは関係ないモン

「あのアマ、良い度胸じゃねえか。ズリイぞっ、コラッ」
 閃は役に立たねえアマだとカーッと怒り、良守は頼りになる幼馴染みに見捨てられ「時音ぇ〜」と泣いた。
 しかし時音がいてもいなくても状況は変わらない。二人が女体に変化してしまったのは、どうにも変えられない事実なのだ。
 私がいてもいなくても事態は変わらないし。……と、時音はごくごく合理的に考え、わが子の成長を見守るように二人を過酷な試練へと突き放した。
 仕方なしに二人は現実と向き合う事にした。つまりは膨らんだ胸部をどうにかしなければっ、という事だ。
「……サラシを巻くか」
「それしかねえな」
 二人はごく初歩的対処をする事にした。とりあえず隠しちゃえ★…という事だ。
 幸い、仕事柄サラシは両家どちらにもあった。
「うう、時音ぇ〜〜」
 良守は好いた女性にむっちりした胸を隠す手伝いをしてもらった。男として大変情けない。
 さすがの時音も良守が膨らんだ胸をさらしてベソをかいているのを見て、手伝わないわけにはいかなかった。中身が男とはいえ、女体になってしまった幼馴染みを半裸姿で放っておくわけにはいかなかったのだ。
「いつまで隠し通すの?」という時音の言葉に二人は声を揃えた。
「「バレるまでっ」」
「……あ、そ」
 嘘のつけない良守が嘘を隠し通せるわけないと、付き合いの長い時音には分っていた。
「一緒に暮らしてるんだし、秀君と限君には言っておいた方がいいんじゃない?」
 時音が閃に言えば。
 閃は激しく首を振った。
「バラしたら秀の事だから、変に意識しちまうじゃねえか。狭い家ん中に女がいたら落着くもんも落着かねえ。俺ら多感な年頃なんだぞ」
「そっか。男と女の同居となれば色々面倒よね。……アンタ、元に戻るまでうちにいる?」
 それに答えたのは閃ではなく良守だった。
「だ、駄目っ! 絶対反対! 影宮は女になっても中身は男なんだから、女所帯にいていいわけないだろ」
「私だって不本意だけど、この場合しょうがないでしょ」
 時音は嫌そうに答える。閃と時音の仲は良くなかったが、それで閃を放っておくほど狭量でもなかった。
「時音の家に置くくらいなら、うちにくればいい」
 良守は提案した。
「だって……女性を男所帯に置いておけないから、うちで引き取ろうって言ったのよ。あんたんとこに行くんだったら秀君達と暮らしても同じ事でしょ」
 時音は閃のサラシをギュウギュウ巻きながら言う。閃は窒息しかけた。
「でも……俺も同じ女になっちまったんだし。それなら男所帯じゃないだろ。それに同じ状況なんだから、一緒にいた方が対処の仕方も色々相談できる」
「……そうねえ。アンタ達はお互いに側にいた方が相談しやすいか。……私も近くにいれば色々アドバイスできると思ったんだけど」
「アドバイスなんかいらねえよ」
 閃はケッと吐き捨てたが、時音に「あら、見事にナイスバディになっちゃって。ブラとか下着の事とか相談にのってあげようと思ったのに。良守のとこは女の人いないんだからね。修史おじさんは良い人だけど、そういう相談は無理だと思うわよ」と時音に勝ち誇ったように言われて、閃と良守はヘコんだ。
「ブラ……」
「下着……」
 男だから女性用下着に興味が無いと言ったら嘘になる。だが自分が着用しますっという事だったら話は別だ。全然嬉しくない。
「時音ぇ〜」良守はベソをかき、閃は真剣に葛藤した。
 女顔にコンプレックスのある閃は男らしくない事はしたくなかったが、女性が女性用の下着をつけるのはごくごく当然の事であり、当たり前の事を拒む事の方が不自然だと『男らしさ』にこだわる自分の信条としては、やはり流れを受け止めるべきかと思うが、さりとて素直に全てを受入れてしまうのはできないというか、認められっかと正直な本音にジレンマする。
「……下はブリーフでいいじゃんか」
 タマとバットが無くなっても心は男だ。
 セーラー服のスカートの下がスパッツで色気ねえとか持って悪かった、パンチラは死語だった、つか、自分の立場に置き換えられたら死ぬ……と閃はとても珍しく反省した。
「私の服、貸してあげようか?」
 時音に言われ、嬉しそうに頷いている良守を閃は冷たい目で見た。
 好きな女の服借りて喜んでんじゃねえよ、お前は女である自分にもう少し悩め。……言わなかったのは全部自分に帰ってくる言葉だからだ。
「と、頭領には報告しなっくちゃな……」
 すっげえ言いたくないけどと閃が言えば。
「頭領って……兄貴かよっ! 絶対に言うんじゃねえっ」良守が噛み付いた。
「しょうがねえだろ。俺らを烏森に派遣したのは頭領なんだし、俺はあの人の部下なんだから報告する義務があんだよ。……俺が使えないと判断したら仕事は交替させられるかもしれないし、その辺の事も含めて色々相談しなくちゃいけないだろ。それに頭領なら何か良い手が思い付くかもしれないし」
「うう、頼むからやめてくれ。兄貴だけには知られたかねえっ」
 良守はギャーと床を転げまわった。
 閃だって報告なんかしたくないが、閃の仕事は烏森の結界師について変化があれば報告する事だ。結界師の変化……女になってしまいました、なんて報告したくないし、されたくない気持ちも分かる。報告を聞いた正守がどんな顔をするのか閃は想像できなかった。
「時音〜〜」
「諦めな、良守」
 姉様結界師は弟属性(今は妹属性)結界師を突き放す。うざい男は嫌いだが、女になれば多少は許せるものだと、男前美少女時音は寛大に思った。
「明日から、アンタ達、女としての振るまいの特訓よ!」
 最恐時音様は胸を張って高らかに言い放った。いつだって時音は前向きだ。
「えーー、ヤだよ……」
「面倒臭ぇ……」
「ぐずぐず言わない。男なら全てを受け入れる度量を身につけな」
「男だから女になった事を受入れたくないんだけど…」
「他人事だと思いやがって……」
 女体化した二人は不満タラタラだったが、時音のフォローは必要不可欠だと渋々頷いた。

 三人は全ての元凶の元となった昨日の予言騒ぎの事をすっかり忘れていた。