ある所に残酷で寂しがりやの神様がいました。


 神様は独りぼっちでした。
 寂しがりやの神様は時折寂しさに負けて、側にいてくれる者を欲しました。
 でも神様には仲間の神様が近くにはいません。
 妖や魔物は神様の気持ちを全然理解してくれないので、神様の孤独はなかなか埋まる事はありませんでした。
 意志ある存在は、妖だけではなく、人間もいました。
 人は脆くて寿命も短くてあっという間に死んでしまうけれど、時々美しい者もいて、神様は色々考えた末に一度、人を側に置く事を試みました。
 神様に選ばれた人間は神様の孤独に共感してくれて、神様はその人間が生きている間は寂しくありませんでした。
 でも人は神と違ってとても短命です。生まれてあっという間に死んでしまいます。愛し慈しんでもすぐに神の手からすり抜けていきました。
 神様はその『人』を惜しみ、子々孫々から神様の側にいてくれる者を選ぶ事にしました。
 神様はそうやって、次から次へと人の子を側に置きました。途切れる事なく、四百年も。神様にはあっというまで、人には長い長い年月を。


 子供がいました。まだ生まれていない子供です。これから生まれる子供です。
 神様に選ばれる子供達です。



 神様は一番目の子供に言いました。
「お前は未来永劫私の側にいてくれるかい?」
 子供は迷いのない目で言いました。
「それはお断りします」
「何故? お前の血筋の者は皆私の側にいてくれたのに」
「ならば俺でなくても構わないという事ですよね。誰でもいいなら俺以外を選んで下さい。俺は生まれてから死ぬまで、一生貴方に縛られるなんてご免です。そんな事の為に生きたくありません」
 神様は項垂れました。



 神様は三番目に生まれてくるだろう子供に言いました。
「未来永劫私の側にいてくれるかい?」
 三番目の子供は言いました。
「なぜ三番目に生まれる僕なのですか? 上の二人の兄弟は神様の側にはいないのですか?」
 神様は言いました。
「一番目の子供……君の兄は私を拒絶した。だからお前に側にいて欲しい」
「二番目の…兄弟……兄か姉はどうしたのですか?」
「まだ聞いていない。二番目の子供も男の子だ。お前の二人目の兄は何と言うかまだ分からない」
 三番目の子供は少し考えました。
「では二番目の兄がお断りしましたら、僕が神様の側にいる事にします」
 神様は少しホッとしました。



 神様は二番目に生まれてくる子供に言いました。
「未来永劫私の側にいてくれるかい?」
 二番目の子供は言いました。
「いいですよ」
 躊躇いのない即答です。
 神様は言いました。
「何故そう簡単に言える? 未来永劫という事は、一生を縛られるという事だ。それは人間にはとても苦しい事だ。後で後悔するかもしれない。いやきっとする」
 二番目の子供はにっこりと笑って言いました。
「だって兄は断って、弟はどちらでも構わないと言ったのでしょう? 俺が神様の側にいなければ、弟が神様に縛られる事になる。それでは可哀想です」
「弟の為に犠牲になると?」
「だって俺は兄だから」
「だがお前の兄は下の者の事を考えなかった」
「そうですね」
「お前が私の側にいるのは弟の為か?」 
 神様は自分の言った言葉に腹が立ちました。
 二番目の子供は神様の目をジッと覗き込みました。
「違います」
 子供の目は澄んで深い色をしていました。神様でさえ底が見えないほどの深さです。
「そんな寂しい目をした貴方を放ってはおけません。だから俺が一生側にいてあげます。その代わり、俺を一生愛して下さい。誰より深く、誰よりも強く。誰より何より強い愛をくれたら一生を貴方に捧げましょう。俺は生まれた時から孤独とは無縁です。それは幸せな事でしょう」
 子供は貪欲でした。生まれる前から神の寵愛を望むほど。
 瞬間、神様は子供に心を奪われました。
 子供の伸ばした手は真直ぐで迷いなく、小さな手のひらの上には希望が沢山乗っていました。
 神様は子供の笑顔とまっすぐな瞳がとても気に入ったので、子供を是非欲しいと渇望しました。

「では契約しよう。お前に溢れんばかりの愛を。生まれてから死ぬまでお前は私のモノだ。愛しい子よ」



 墨村家の長男は誰より才覚溢れその上努力家で、誰から見ても正統後継者に相応しい人間だった。
 それに比べて次男は普通の子供だった。子供らしく適度に我侭で悪気なく凡才だった。
 周りの人間は何故長男でなく次男に方印が出たのか不思議がった。


「お前は烏森に選ばれたんだよ」
 言い聞かせる兄の言葉に良守は言った。
「違うよ。俺が烏森の神様を選んだんだ」
 弟の発言に長男は「傲慢な言いぐさだな」と弟の尊大な発言を嗜めた。
 兄と弟。才能ある者と、その片鱗がまだ見えない者。
 才気溢れる兄は出来の悪い弟を叱り宥め指導する。俊才故にその心中は誰より複雑だ。


 良守は時と共に屈折し続ける兄の背中に言った。
「……自分で拒絶したくせに」
「なんだ?」
 兄が振り向く。
「なんでもねえよ。……なんで今更欲しがるんだよバカ兄貴。今更遅いのに。お前が望むなら譲ってやったのにさ」
 良守は振り向かない背中に寂しそうに呟いた。
 二番目の子供の右手は神様と繋がってる。







自業自得言うなかれ