お洒落男子日本男子異文化交流

紫原×氷室






「氷室辰也です。ずっとアメリカに住んでいたので正直日本の常識には疎いです。方言も分からないし、多々常識外れの事をしてしまうもしれませんが、その時は遠慮なく指摘して下さい。早くこの学校に慣れたいと思います」

 陽泉高校に編入してきたイケメンはそう言って微笑み、新しくクラスメイトになった女生徒達に黄色い悲鳴をあげさせ、同挨拶を寮生の前でして『日本語うまいじゃん。てか日本育ちのやつより言葉使いが綺麗だよ絶対』と指摘された。
 育ち良さげな氷室という青年は『超バッド。マジヤバイ、うっけるー』…なんて言いそうにもない上品な、アメリカからの帰国子女だった

 学校と寮の仲間達は思った。こいつは帰国子女だから多少常識から外れた事をしても大めに見てやろう。と。陽泉高校の人間はそこそこみんなまっとうで優しかった。

 さてさて。
 イケメンの上にバスケ部のレギュラーまでちゃっかり勝ちとったリア充帰国子女に、当初予想されていたありがちな奇行はなかった。
 路上の自動販売機の多さに驚いていちいち騒ぎ立てたり、卵や花が自動販売機で売られているのを見て「Wow!」と叫んで写真で撮りまくったり、畑の中にある野菜の無人販売所を見て、日本人の危機管理はどうなっているんだと吼えたりと、多少のズレはあったが許容範囲だった。
 なんだ帰国子女ったってちょっとボケてるだけの普通の男じゃん、と思われた。
 幼女から老女までノックアウト魅了するオールラウンダーの氷室は今の所……顔面が平均から逸脱する、ただのハイスペックイケメンだった。
 普通の日本人高校生よりずっと礼儀正しく真面目な彼は皆に愛された。


 ところが。
 氷室にはただ一つ悪癖……とまではいかないが、寮の規則を守らない事があった。
 規則を破っているが、別に規則違反ではない。
 ただ……風呂に入らないだけで。
 不潔や不精、とかいうのではなくて、別の理由からだった。
 それは。

 氷室はアメリカ暮しが長かったから、常識は日本ではなく海外版だった。アメリカ流。
 アメリカの温泉は水着を着て入る。風呂は個室、シャワールームは共同。
 そう。アメリカには日本式大衆浴場がなかった。あったとしても氷室は行った事がなかった。氷室がアメリカに渡ったのは小学校低学年だから、大衆浴場や日本式の温泉の知識は当然ある。…が、アメリカの流儀に慣らされるうちにすっかりその事を忘れてしまっていた。
 だから。入寮して、風呂は個室ではなく大勢で交替で入る、と聞いてカルチャーショックを受けた。

 え、マジ? 皆でまっぱでバスタイム? フルチン見せあい?
 Rsally!?  Do you mean it? …………ないわー。

 日本人なら当たり前の、全員裸なんだから恥ずかしくない…は帰国子女の氷室には通じなかった。
 トイレはドアがなくても平気なのに、外人の感覚はナニかズレている。

 ……閑話休題。

 氷室はカルチャーショックを受けた。
 え、マジですか? 裸のつき合いしなきゃダメ?
 男臭さムンムンの中に混じって裸のつき合いなんて氷室には堪えられなかった。
 …なので、氷室は部活の後、念入りにシャワーを浴びる事で入浴から逃れていた。
 氷室が転校してきたのは初夏だ。つまり寒くない。シャワーで済ませても問題なかった。
 問題は秋冬だった。
 秋田は雪国だ。暖房はついているが、それは申しわけ程度。つまりとっても寒い。
 ……というわけで困った氷室はとうとう諦めた。
 I give up!
 氷室は負けた。秋田の極寒に。



 というわけで、男子寮の風呂場に氷室が顔を出すのは数カ月ぶりだった。
 

「とうとう氷室も諦めたか」
「雪降ってんのにシャワーだけって無理すぎっしょ」
「こうなる事は結果見えていたアル」
 
『オレは絶対寮の風呂には入らない』と断言していた氷室が紫原に引き摺られて渋々風呂に来たのを見て、脱衣所で顔を合わせた寮生は苦笑した。風呂の時間は学年やクラブで分かれている。そこにいたのは主にバスケ部の部員だった。
 寮生にとって風呂で温まる事は当たり前の事だ。
 氷室が久々に風呂に来た事もすぐに気にならなくなり、それぞれ服を脱いだりしていたのだが。

「……おい」
「……え?」
「……は?」
「………………!」
「………………?」
「…………!!!!!?????」
「………………マジか?」
「…………すっげえ」
「……あんなのありか?」
 
 一人が気付くと、みんな気がつき、連鎖反応のように見て、固まった。
 その場になんとも言い難い空気が流れる。
(おい、あれ何だ?)
(オレが知るか!)
(……誰か氷室に聞けよ)
(え、やだ、無理!)
(誰か突っ込め!)
(おまえが行け!)

 空気は吸うもの読むものそれが日本人。その場にいた全員(氷室を除く)は正しく空気を読んで目で会話した。ジャパニーズクオリティー。
 しかし、善処しますイコール『NO!』な日本人達は消極と遠慮を小さい頃から叩き込まれていた。出る杭打たれる、平均大好き、蛇の穴は突つくな、墓穴は掘るなが日本人だ。
 口火を切る勇者はその場にはいなかった。



 仕方なしに、日本人でない留学生の劉が口を開こうとした時。


「ねー、室ちん。……それ何? アメリカ流のファッション? ないわー」
 
 ドン引き。まさにそういう顔をした紫原が的確に突っ込んだ。
 遠慮の二文字がない紫原は普通に氷室に聞いてしまった。
(良く聞いた、紫原!)
 その場にいた全員の思いが一致した瞬間。

「なにアツシ?」
 流暢な日本語なのにどこか絡み付くようなイントネーションの氷室は声までイケメンで、後輩の名前を誰より美しく呼んだ。
「下着。……どうしてパンツに穴が空いてるの? ……変」
 他人の下着について、ジョークならともかくマジに突っ込むのは御法度だが、紫原を注意する者はいなかった。その場にいた全員の思いだったからだ。
 氷室のパンツ……下着には背後に大きな穴が空いていた。破れているのではなく、尻見せファッション。

「え、そうかな? 変かい?」
 氷室は何も分っていない顔だ。
「変じゃないと思ってるの室ちんだけだと思う。……つか、そんなの見た事ないし」
 そうなの?
 キョトンと首を傾げる氷室の他意なさに『あ、こいつ素だ』と皆が思った。
 奇抜な下着をつける男の態度の屈託ないナチュラルさに、みんなは一瞬、これが海外じゃ普通なのかもしれない…と思った。なにせ氷室は異文化圏から来た男だ。あちらにはあちらの常識がある。大浴場に入りたがらないアメリカ流の男だ。
 ドヤァッ、とドヤ顔だったり恥ずかしそうにしてたり、何かしらリアクションがあれば突っ込めるのだが、普通にされるとこちらの対応も普通でいるしかない。
 他人の価値観をおかしいと一蹴しない程度の常識は持っている。おかしいと思ってもすぐには指摘しないのが日本人だ。一応考えてからものを言う。紫原はそうではなかったが。

 空気を読まない紫原はあるがままに突っ込んだ。
「室ちん、なんでお尻丸見えなの? 恥ずかしくないの? なんで穴が空いてるの?」
「どうして恥ずかしいんだ?」
 逆に聞かれて紫原は困った。
「え、だって隠れてないし…」
「スラックス履いてるんだから、普段下着は見えないだろ」
「普段はそうでも、着替える時とか、風呂に入る時とか見えちゃうじゃんか」
 そう、まさに今。皆がガン見している。
「バカだなあアツシ。風呂は一人で入るものだから他人には見えないよ」
「それはアメリカだし。寮の風呂は皆で入るもんだし」
「HAHAHAHA。それこそおかしいな。どうせ裸体になるのに脱ぐ途中に尻が見えたからって何なんだい? なんで裸が大丈夫で、アンダーウェア一枚にそんな大げさなリアクションするんだ? 理解できないよ。 That's strange」
 アンドリュークリスチャンメンズ下着(色は黒)を、まるでゲイ雑誌の表紙のように無駄のないしなやかな肉体で美しく着こなした氷室は尻丸出しで軽やかに流した。
 非の打ちどころのない、いや高校生にしては色気過剰ぎみな青年だから余計に目の毒だ。
 アンドリュークリスチャンのアンダーウェアは、正面から見れば普通の男性用下着だが、背面の布は大きく丸く切り抜かれ、臀部の肉と割れ目がばっちり見える、お洒落上級者向けの非常にアグレッシブなデザインだ。
 普通の日本人は絶対に着ない。というかその存在すら知らなかった。日本の高校生で着けているのははたして国内に何人いる事か。もしかしたら氷室だけかもしれない。
 例えば、男性ホルモン濃い、劉にアゴリラと呼ばれる体毛濃い足から尻まで毛がばっちりな岡村が着けていたのなら痛々しくてギャグにしかならないから、軽快に突っ込んで笑い者にしただろうが、相手は美人の氷室だ。なまじ似合うだけに下手に突っ込めなかった。突っ込んではいけない空気が流れている。
 お洒落過ぎて普通の感性ではついていけない。

『突っ込みたいけど、突っ込めねえっ!』……みんなの思いが一つになった。

「室ちん、そんな下着つけてたんだ。知らなかった…」
 バスケ部の部室で着替えている時にはそんな衝撃的な下着はつけてなかったのだから、紫原が驚くのも無理はない。十六歳の紫原の下着はお母さんが買ってくれるイトーヨーカドーかダイエーブランド。ブランド下着なんてお洒落なものを着けるのはモデルの黄瀬か、色々普通じゃない赤司くらいだ。それにデザインはお洒落だが、形はまあ常識の範囲内。尻丸出しの穴なんか空いてない。

 氷室は何が恥ずかしいんだという顔だ。
「運動する時はサポート力の強いのを履いてるからな。今日は部活がなかったから。そうかアツシは見た事なかったか。……アンドリュークリスチャンの下着なんだ。興味あるならアツシも履く?」
「冗談言ってんならぶっとばすよ。履かないよっ」
「……冗談なんか言ってないけど? アツシの趣味じゃないか」
 キョトンと紫原を見る氷室の邪気なさに『こいつダメだ』と紫原と皆は思った。
 周囲は帰国子女マジパねえっと、アメリカンな氷室は手に負えない。
「……オレの趣味とかマジで言ってんだったら、室ちんの頭ぶっとばして正気にかえらせるんだけど」
「アツシは過激だなあ。そんな事言っちゃダメなんだぞ。本気にする人がいたら困るだろう?」
 100%本気で言った紫原に対し、氷室は紫原の言葉をいつもの浅慮の暴言と受け止めて嗜める。
 年上のお兄さんらしく優しく注意する氷室に、周囲は思った。
 ああやっぱりこの人、帰国子女だ、中身日本人じゃねえっ、と。


 その後。
 氷室の過激すぎるアンダーウェアについて噂が広がる事はなかった。
 その場にいたのがバスケ部員だけだったのが幸いした。
 そしてバスケ部には裏の規則には『穴空き下着禁止令』が新たに加わったとか加わらなかったとか。
 事の真偽は確かではなかったが、その後、氷室がアンドリュークリスチャンのアンダーウェアを風呂場で見せる事はなかった。最近はカルバンクラインがお気に入りのようだ。





「氷室、あの穴空きエロ下着どうしたアルか?」
 劉が氷室と二人きりの時に、聞いた。ふと思い出したから聞いてみただけなのだが。
「やー。……実は……アツシが持ってる」
「……は? アツシが? なんで?」
 劉は咄嗟に聞かなければ良かったと思った。嫌な予感大。劉のシックスセンスが聞くなと言ったが遅かった。
「……なんだか知らないけど、アツシが気に入っちゃって、欲しいって持ってちゃって返してくれないんだよね。他人の下着なんてどうするんだろう?」
「……おまえ、天然アルか?」
「え、養殖じゃないけど?」
「そういう事じゃないアル」
 ああこいつ天然だと、劉は色々諦めた。
 というか。
 紫原何をやってるんだ。男の下着持っていって何してる?
 疑問より、確信があってそれ以上突っ込めなかった。
 紫原の氷室に対する並々ならぬ執着に薄々気がついている劉だ。触らぬ神に祟りなし、触らぬ紫原に被害無しだ。
 しかしこいつ本当にこんな警戒心なくて、よくアメリカで貞操無事だったものだ。
 喧嘩が強いらしいというのは話していて分ったが、天然だとは気がつかなかった。帰国子女だから日本人らしくないと思っていたが、まさか純度100%の天然入っていたとは。
 実は結構腹黒いと思ったのは間違いだったのか。
 これが作為有りだったら、よっぽどの名優だ。まあ違うだろうけど。

「……もし紫原が下着を返してきたら、捨てるアル。ゴミ箱ポイアル」
「どうして?」
「どうしてもアル。それが氷室のためアル」
 まさか、たぶんス●ルマ大量にぶっかけられるとかナニを擦りつけられて汚されまくったとか、色々使用されまくっただろうから、捨てた方がいいに決っている。……なんて本音は言えないから劉は「そういうものアル」と適当に流した。
 男のオカズになった下着。考えたくもない汚物だ。
「……にしても。よくあんな下着、履く気になるアルな。ステイツハイスクールのファッションセンス、ぜんぜん理解できないアル。ゲイっぽくて嫌アル」
「んー。あれ勧めてくれたの、実はゲイの友達なんだよね」
「え? 氷室はゲイじゃないアルよな?」
「オレは違うよ。アメリカには色んな友達がいたからね。白人黒人アラブ系にアジア系。ゲイにオタクにスポーツマン、多種多様だよ」
「すげえアルな」
「友達はセンス良かったよ。ゲイの男達ってセンス良いんだよな」
「穴の空いた下着を着るセンスなんて理解できないアル」
「あれはあれで着やすんだよ」
「見た目の問題アル」
「服着てるから下着は見えないよ」
「……日本の風呂は丸見えアル」
「全員裸なんだから下着なんか何でもいいだろ」
「そういう問題じゃねえアル」
「じゃあどんな問題?」
 氷室の全然分ってない様子に、劉は溜息を吐いた。
「あの下着履いてて、今まで問題なかったアルか?」
「ないよ。……そういえば、勧めてくれた友達が、履いたままできるのがいいって言ってた。……履いたまま何するんだろう?」
 ナニだろ。と劉は心中突っ込む。気付け。
 ゲイと穴空き下着。想像したらドン引きだ。
「……そこ、聞かなかったアルか?」
「聞いたけど、他の友人達に聞かないのがマナーだとか言われちゃって、なんとなくそのままなんだよね」
 どうやら向こうにいた時の友達は一部を除き、けっこうまともだったらしい。穢れのない氷室を汚さないように色々情報をシャットアウトしたらしい。だからこんなに天然のままなのか。雰囲気こんなにエロいのに、天然ピュアッ子なんて反則すぎる。
 ゲイじゃないのに実は氷室に夢中な紫原は、こういうギャップに落とされたのだろうか。
「あと、師匠も似たような下着履いてたから、流行ってるんだなと思って」
……と思ったら、問題発言。
「師匠って学校の先生アルか?」
「いや、バスケの師匠だ」
「どんな人アルか?」
「元WNBAの選手だ。病気で引退したけど、すっごく強くて恰好良い。気の強い、グラマラスな美女だ」
「Wow! 女アルか?」
「そうだよ。子供の頃から、彼女にバスケを習ってる」
「……その美女が穴空き下着つけてたアルか?」
 今度は興味津々の劉だ。
 年上美女のエロ下着に食い付かない男はいない。
「穴が空いてると、ヒップの形が綺麗に見えるんだって。女性はスタイルに気をつかうからね」
 なにも男のおまえまで真似しなくてもいいのにと思ったが、たぶんその師匠は面白がっただけだろう。
 天然イケメンをからかうのは面白い。
 年上の美女に適当にいなされる氷室を想像して劉は微妙な顔つきになる。
 まさか巡り巡ってその穴空きエロ下着が日本の田舎のハイスクールでお披露目され、ゲイじゃないけど先輩を付け狙う後輩の夜のおかずになっているだろうとは、その師匠も思わないに違いない。
 そして現在進行形で自分の下着が男のおかずにされているだろう氷室はちっともそんな事に気付かず、のほほんと笑っている。大丈夫かこいつ。
「……氷室。尻には気をつけるアル。日本はゲイにはマイノリティーアルが、いる所にはいる」
「あははは。皆同じ事言うのは何故だい? アレックスも、友達もみんな同じ事言うね」
「……オメ−がそんなんだからアル」
 頭に花が咲いてるんじゃないかってくらい脳天着な氷室に、劉はマジで大丈夫だろうかと思った。今まで大丈夫だったからといって、これから先も大丈夫だとは限らない。
「とにかく。紫原から下着をとりかえして捨てるアル。風紀の乱れは良くないアルね」
「なんだかよく分からないけど、分ったよ」
 氷室の美しい笑顔に、こいつの貞操はいつまで無事だろうと秘かに案じた。
 いくらなんでも尻を掘られるのは哀れすぎる。ゲイじゃないのに。
 紫原のビッグなアレを突っ込まれたら確実に壊れる。というか入らない気がする。
 他人の悪意とか作為とかに敏感そうなのに欲望には疎いとか、どんなエロゲーアルかと劉は思った。


 その後。
「室ちんに余計な事言わないでよ、もしかして劉ちん、室ちんを狙ってるの? 潰すよ?」
 すれ違いざまにボソッと呟いたガキに、劉はもうこいつら嫌アルオレはおまえと違ってゲイじゃないアルと言ったとか言わなかったとか。





TLから流れてきたネタ。
アンドリュークリスチャンのアンダーウェアを見て、絶対に氷室が履いてそうだよねとひなたさんとお話した結果書いた話。