生まれ変わっても君を愛してる

承花・シ−ジョセ



02 〈シーザー、過去との再会〉




 その日、シーザーはひとりの天使と出会う事になる。
 天使の名前はジョセフ・ジョースター。
 彼女とシーザーが出会ったのはシーザーが花京院と暮して約二年後、十六才になった時だ。


 その日、シーザーは二年前まで暮していた施設にいた。出戻ったのではなく、外部訪問日の手伝いだ。
 花京院が時々やっているボランティアをシーザーが手伝うようになったのは、花京院との生活に精神的な余裕が出てきたからだ。他人との暮しに慣れ息が自由にできるようになった頃、シーザーは花京院とともに施設に戻った。そんなシーザーを施設の大人達は暖かく迎えた。シーザーをまとう荒んだ空気が薄れ、職員達は皆ホッとした。

 シーザーは周囲の勧めに従い、高校に進学していた。その方が将来的に良いと納得できたからだ。
 花京院に「チャンスを棒に振るなんてバカじゃないのバカバカバカバカバカバカ×10…」などと、思いっきり視野狭窄を笑われバカにされ蔑まされたからではない絶対に。


 今日は花京院が仕事で家から出られず、シーザーがひとりで手伝いにやってきたのだ。
 その日はなぜかいつもより来客が多く、職員やボランティアはてんてこまいで働いていた。小回りのきくシーザーは客を案内し、問われれば説明し、子供達の面倒を見、八面六臂で働いていた。

「お願いシーザー。大事なお客様がいらしているのだけれど手が放せなくて。あなたに案内をして欲しいの」
 乞われて対応してみれば。
 そこにいたのは明らかにシーザーより年下の少女だった。
 如才ないシーザーだが戸惑うしかない。
「……ええと、シニョリーナ? 失礼ですが、あなたがスピードワゴン財団の方ですか?」
「職員じゃないけどね。視察のお姉さんに頼み込んだら連れてきてくれたんだ。財団の人間は俺様には甘いし?あんたここの人? 若いんだね」
 大事にされた人間特有の傲慢さで笑う少女には反発しか覚えなかった。どう見ても冷やかしだ。
 素材は美人なのだろうが、ボサボサに伸びた髪に、パンク系の品のない服装は軽薄そのもので、とても上流階級の人間には見えない。磨かれた指先や高価な腕時計、それに卑屈さのまるでない屈託なさと無知の見える傲慢さが、裕福と余裕を見せつけた。
 なぜ彼女のような人間がこのような場所にいるのだろう。ボランティア志望だろうか。それとも単なる興味?どちらにせよ単なる好奇心しか感じない。満ち足りた人間がほどこす善意という名の無神経。
 シーザーは一目で彼女が嫌いになった。……のだが。
 目の前の女性が「ジョセフ・ジョースター」と名乗るのを聞いた途端、目の前がグラリと揺れた。


 ズキン、と頭が痛む。
『シーザー』
 誰かが名前を呼んでいるような気がした。
 耳鳴りが止まない。
 自分を呼ぶ声がする。
 誰だ?

「ねえねえ。あんたここの人なの? ちょっとイケメンじゃん? 施設で暮してんの? ここって全部税金で運営してんの? スピードワゴンってどれくらい寄付してんの? あんた高校生? 俺が名乗ったんだからあんたもちゃんと自己紹介しろよ」
 次々繰り出される疑問は唾棄したくなるような内容なのに、シーザーはもっとその声を聞いてみたくて仕方がなかった。矛盾に混乱する。
 目の前の少女の笑顔に記憶が揺すぶられる。
「……ええと……どうかした? なんで何も言わないの? 俺の言葉聞こえてる?」
 無言で恐い顔をするシーザーに、怒らせたのかとジョセフが警戒する。
「ジョセフ・ジョースター?」
「そうだよ。だからあんたの名前は?」
「……JOJO?」
「なんで俺の愛称知ってんの? 親しい人はそう呼ぶけど、あんたとは初対面だよな? さすがにそのイケメン面は会ったら忘れないと思うんだけど……もしかしてどっかで会った事ある?」
 シーザーの様子が明らかにおかしいので、ジョセフは段々と不安になったようだ。
 一歩引く。
「……あんた、気分でも悪いのか? 誰か呼ぶか? ……あ、忙しいんならボクちゃん一人で見学するし。さすがに迷子になる距離じゃないからね……」
「ジョジョ……」
「だから、何?」
「ジョジョ……ジョジョだ…………なんてこった……」
「おい?」
 不信あらわなジョセフだが、シーザーはそれどころではない。
 ジョセフに会った途端、きっちり蓋をされていた記憶の箱がパカリと開いた。突然だった。
 記憶が全部床にぶちまけられた。
 そこから出てきたのは、生まれる前の記憶。シーザーが別の『シーザー』であった頃の記憶だ。前世かもしれないし、別の次元の話かもしれない。とにかくシーザーは、過去、別のシーザー・A・ツェペリだった。
 名前も容姿もそのままだが、明らかに別の人生、別の世界を生きていた。今いる自分とはまったく別世界の『自分』の人生。
 その頃シーザーはイタリア人で、特殊な事情によりスイスにいた。その世界ではシーザーは二十歳くらいで死んでしまったのだが、それは柱の男と呼ばれる究極生物と戦ったせいだ。シーザーは波紋戦士だった。そして先祖からの因縁を引継ぎ、父親や祖父を殺した究極生物達と命をかけて戦っていた。同じ波紋戦士のジョセフ・ジョースターと共に。
 シーザーの記憶は自分が死んだ段階で終わっている。その後、ジョセフやリサリサが勝ったのか、それとも柱の男達が勝利したのか、シーザーは何も知らない。知っても今さらどうにもならないけれど。
 とにかくシーザーは過去を思い出した。唐突だった。自分がジョセフという親友を心から愛していた事を思い出し、再会に感動し動揺し、混乱した。脳は突然の大量の記憶に処理しきれずシーザーは頭を抱えた。それでも心は多幸感でいっぱいだった。会うべき人間に会えた。
 ああ、自分はこの存在に出会う為に生まれてきたのだと思った。


 シーザーはガシッとジョセフの手を掴んだ。
「いっ…? なにっ? えっ? あのっ?」
 シーザーはジョセフに詰め寄った。
 当然ジョセフは何事かと慌てる。
 シーザーはジョセフの肩を掴み、余裕のない顔で迫った。
「ジョジョ、あの後どうなった? 柱の男は? リサリサは? どっちが勝ったんだ? おまえは生き残れたのか? 解毒薬のピアスはお前に届いたのか? どうなんだ? 教えてくれっ。おまえは過去を覚えているのか? あの後の事を教えてくれ、知りたいんだっ!」
「え、ちょっと意味分かんないんだけど…」
「ああジョセフ。本当にすまなかった。おまえの忠告を聞かずにムキになって一人で突っ込んで行ったりして。大事な、とても大事なチャンスだったのに、焦った俺はワムウ一人さえ倒せずに……何も為せないまま死んでしまった。戦場にお前を一人で残した。……後悔している。悪いと思っている。でも知りたいんだ。あの後どうなったのか」
「だから。……なんの事? あんたの言ってる事、意味不明なんだけど…」
「ああジョジョ。ジョジョにもう一度会えるなんて。ずっと……ずっと会いたかった。俺が会いたかったのは誰でもない、ジョジョだったんだ。心を分けた友よ。ずっとお前を案じていた」
「あの? あんた? ……どっかのジョジョと間違えてんの?」
「誰が間違えるか。おまえは俺のジョジョだ。俺がジョセフを見間違えるわけない。おれのたった一つの星だ」
「お前の、なわけないだろ。何気色悪い事言ってんの。お前マジキモイんだけど」
 普通でないシーザーの様子に怯え下がろうとしたジョセフだが、シーザーに腕を強く掴まれて、その強さは尋常ではなく、ジョセフの顔に段々と恐怖が浮かぶ。
 熱に浮かされたようなシーザーはここではない何処かを見ているようで明らかに正気ではない。…なのに、ジョセフの顔から目を放さず、強い眼光には少女が知り得ないような苦悩と歓喜が満ちている。
 男の様子に箱入り育ちの令嬢は怯えた。
 本能が警告する。ここから逃げろと。目の前の男はなんかヤバい。
「は、離してっ! 離せ!」
「ジョジョ、ジョジョ、ジョジョ。逃げないでくれ。お願いだから。なんで再会を喜ばないんだ。俺の事を怒ってるのかそうなんだな。確かに俺はおまえに謝っても謝りきれないような過ちを侵した。俺は浅慮と焦りから一人暴走して大事な場面でミスをした。いくらでも謝罪する。許して欲しい。許せないのなら、思いきり殴ればいい。怒っているのなら、いつものように『俺様が気が済むまで許してやんないからな』って言えよ。俺はジョジョが許してくれるまで何度だって謝まるから」
「だから。それは俺の事じゃねえって。いったい誰だよそのジョジョって。柱の男って何? リサリサって……母さんの名前? あんた、母さんの事知ってんの? 母さんの知り合い?」
「知らないわけないだろ。俺とお前はリサリサ先生の同門だったんだから……って、リサリサがジョセフの母親? え、本当なのか? リサリサ先生がジョジョの母親ぁ? マンマ・ミーア!」
「あ、あんたの言ってるジョジョがどうなのかなんて、俺が知るわけないだろ。てか、俺とあんたは初対面だ。まるで昔から知ってるみたいに言うなよ。それって新手のナンパか? 強引すぎねえ?」
「おまえはいつも俺をナンパ野郎とかスケコマシとか言うな。俺は女性に優しいだけだ。知ってるだろ」
 シーザーは昔を懐かしむように微笑んだ。
「知らねえよっ。……あんた、知り合いのジョジョからもナンパ野郎呼ばわりされてんのかよ。……つか、マジで手え痛いから離せ」
「いやだ。離したらジョジョが消えてしまいそうだ。儚い雪みたいに」
「……タンポポやヒマワリみたいに元気だと言われた事はあるけれど、儚い雪みたいって言われた事はないなあ……。ちょっと新鮮。ってか、あんたの感性どうなってんの? 変なフィルター掛かってんの? 電波? それともお世辞?」
「ジョジョは一見元気いっぱいだが、中身はガサツで熱い魂を持った男だ。ちゃんと知ってる」
 嬉しそうに微笑むシーザーにジョセフは混乱する。
 思い込みが激しい男はジョセフを知り合いと信じて疑わない。それがとても恐ろしい。逃げ道を探すが、シーザーに隙は見えない。どこかおかしい男を刺激したくなくて、ジョセフは慎重になれと自分に言い聞かせる。
「男じゃねーし。というか儚さはどこに消えた?」
「それは俺だけが知っていればいい、隠れたジョジョだ」
「……男に対してその表現はどうかと思うよ。ホモみてえ。つか俺は男じゃないし。あんたのジョジョとは明らかに違うだろ」
「違わない。男でも女でもジョジョはジョジョだ。……それに俺はホモじゃない。俺は女が好きだ。大好きだ。男なんかこの世にいらねえと思ってるくらいだ。あ、ジョジョと弟とスピードワゴンさんは別だが」
「え、スピードワゴンのじいさんの事知ってるのか?」
「祖父からの縁だ。……別の世界の話だが。嗚呼、あの人も生まれ変わっていたのか。記憶はあるのだろうか。会いたいな。前世ではお別れも言えなかったから」
「………………あの…………前世? もしかして電波?生まれ変わりってなに?…………」
「俺とお前は前世からの友だった。忘れたとは言わせない」
「忘れた! というか記憶にございません!」
「ジョジョ!」
「俺はあんたなんか知らない!」
「思い出せ!」
「無理!」

 シーザーはジョセフに会えて嬉しかった。ただただ嬉しく、そして申しわけなかった。たった一人の親友を過酷な戦場に残してしまった事が。自分が何もなせなかった事が。ただただ悔しかったのだ。そして、いまひとたびジョセフに出会えた事が嬉しくて嬉しくてどうしていいのか分からなかった。分からなかったから、分かろうとした。
 こんな場所では詳しい事は話せない。二人きりになりたかった。そして思いきり抱き締めたかった。
「そうだ。俺の家に来い!」
「え? 嫌だ!」
「我侭言うな! よし!」
「よし、じゃねえ!」
 シーザーはとにかく平静ではなかった。テンションはかつてないほど上がり、しかし焦りもあり後悔もあり喜びもありで……とにかく内面が渾沌としていた。冷静さはどこにもない。
 ただ一つ頭にあるのはジョジョという名前だけ。
 これは俺のものだ。そして俺はジョセフのものだ。俺達は分かりあわなければならない。
 勝手にそう思い込んだシーザーは、千の言葉より一つの行動を大事にした。

「さあ行こう!」
「きゃーっ!」
 シーザーはジョセフを荷物のように肩に抱え上げると駆け出した。
 いつだって行動力だけはあった。人はそれを短慮とか考えなしとか言う。
 背後でジョセフとシーザーの名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、そんな事はどうでも良かった。






 ジョセフを抱えながらバスを乗り継ぎ、走る事、数キロ。息も乱さずジョセフを家に連れ込んだシーザーはジョジョを下ろすとにっこり笑った。
「やっと二人きりになれたなジョジョ」
「恐いよお前! 俺をどうするつもりだ!」
「どうするって。俺はお前に謝罪して、旧交を温めたい。また二人で一緒にいよう」
「だからそれは俺じゃないって。なんで初対面のお前に謝罪されるんだよ、むしろ攫った事を謝れ!」
「ごめん?」
「なんで疑問系なんだよ! ……俺を帰せよ。でないとマジ誘拐になるぞ」
 顔色悪くシーザーから距離を置こうとするジョセフは、素早く逃走経路を探す。入ってきたドアはシーザーが前にいるから使えない。となると窓か、他のドアだ。それが外に続いていればいいのだが。
 それよりジョセフは自分がやすやすと誘拐されてきたことが信じられない。裕福な家庭に育ったジョセフは誘拐の危険も分っていて危機的状況への対処も知っている。
 なのにシーザーに担がれて運ばれている時、混乱はあったが焦りはなかった。この男は自分を傷つけない。そういう確信があった。
 ……のが、間違いだったかもしれない。シーザーはジョセフの言う事なんかちっともきかず、ひたすら自分の知っている『ジョジョ』の事を口にする。とんだ危ないデンジャラス野郎だ。
 要約すると、このシーザーという男とジョセフという親友の間に諍いがあって、その後すぐにシーザーは戦場で死んだらしい。……で、シーザーはその事を後悔してジョジョに謝りたいらしいのだが、死んだ方が謝るのは何故だ。
 そして生まれ変わりってなんだ? 転生? つまり電波? ぴぴぴぴーーっ? 

 あ、やべえ。俺って電波男の家に拉致監禁?
 ちょーヤバいコースですか? マジ?
 ジョセフは貞操の命の危機を感じ、咄嗟に脱兎のごとく逃げ出した。
 なぜか脳裏に『逃げるんだよーん』という男の声が聞こえたが、気のせいだろう。
 ジョセフは横のドアを咄嗟に開けた。とにかく目の前の男から離れたかったのだ。
 そして駆け込んだ先は……行き止まりだった。というか「きったねえええええええええっ!」
 思わず叫んだジョセフだった。
 飛込んだ先はゴミ部屋……ではなくとっても散らかった部屋だった。



「あれえ、お客さん? 悪いけど、締め切りまで時間がないんだ。挨拶は後でします。お茶はシーザーに入れてもらって。お茶菓子は貰いもののゼリーが冷蔵庫に入ってるよ。あ、クッキーの缶を開けるならチェリーののったやつは絶対に残しておいてね。絶対だよ」
 机に向って何か作業していたらしい女性が顔をあげる。化粧っけのない顔は疲れてクマができている。
 誰だ?
「あ、おじゃまします」
 咄嗟に挨拶してしまうのは育ちの良さだ。
 女性は不思議そうな、疲れた顔でジョセフを見た。
「誰? ……シーザー。……この子誰なの? お友達?鬼ごっこなら外でしなさい」
「どうしたんだジョジョ? そこは花京院の部屋だぞ。勝手に入っちゃ駄目だ」
 背後から追い付いたシーザーにジョセフはビクリと身体を震わせた。ヤバい。
「助けて!」と目の前の女性に助けを求めるが。
「だから鬼ごっこは外でやって」
 女性はジョセフに興味を無くしたように作業を再開する。というより切羽つまって余裕がないからジョセフの事などどうでもいいという態度だ。
「俺の親友のジョセフだ」
 シーザーが堂々とジョセフを紹介する。
 親友という言葉に女性は初めて興味を浮かべる。
「ふーん。シーザーに親友がいたなんて初耳だけど……今聞いてる暇ないから、一段落したらもう一回聞くよ。仕事がギリギリなんだ。……時間よ止まれえええっ。ザ・ワールド! ……ワールドって何だっけ。いかん、頭がグラグラしてきた」
「花京院、仕事頑張れ。後でコーヒーと持っていく。チェリータルトもつける」
 シーザーはボサボサの髪をかき回す花京院をいつもの事だと平然としている。
 ジョセフは完全に蚊帳の外だが、女性が何か作業をしていてそれは仕事らしいと判断できた。急ぎの作業らしい。
「あーー。お客さんをお構いもできなくてごめん。今ほんと忙しい。締切りなんて言葉がこの世から無くなればいいのに。広辞苑から消えろおおおおっ」
「締切りの度にその台詞言うくらいならもっと早くやればいいのに」
「ギリギリにならないとヤル気が起きないのは人間の本能だよ。試験前には部屋の掃除がしたくなるだろ?」
「それ子供に言っちゃうのは駄目な大人だぞ」
「いいんだボクはもともと立派な大人じゃないし」
「開き直るなよ」
「だから、俺は誘拐されてきたんだってばーーーっ!」
 のんびりとした家族の会話に、ジョセフは思いきり割り込んだ。和むのは構わないから、この電波男と二人きりになるのだけは嫌だと、ジョセフは同性の気安さから目の前の女性に抱きつく。
「俺はこの男に誘拐されてきたんだ。お姉さん、助けて!」
 花京院は数秒考えてからしがみつくジョセフとシーザーを見比べて、言った。
「……そうなの?」
「違う」
「違くないっ! 嫌だって言ったのに担いで家に連れ込まれた! 初対面なのに! 恐いよ! 家に帰りたい!」
 ジョセフの必死の抗弁に花京院は頭を整理するように聞いた。
「……ええと、君とシーザーは知り合いじゃないの? 友達とかじゃなく? 初対面なの? 今日初めて会った人? ってかどこの子? 同じ学校?」
「だから、さっき初めて会ったんだってば! 無理矢理ここにつれて来られたの!」
「えええっ? どこで出会ったの?」
「サンモリッツ園」
 聞いた花京院の眉にシワが寄る。心当たりがある。
 へえ、と花京院の周りの空気が冷たくなる。
「シーザーは今日そこに手伝いに行ってるはずなんだけど、まさか無責任に仕事を放り出して途中で帰ってきたのかい? 女連れで? ……ねえシーザー?」
 花京院に睨まれてシーザーが背を丸める。
 貧民街テンションでブイブイ云わせているシーザーだが、本気の花京院は恐い。なぜか頭が上がらない。
「あ、わ、悪い。すまない。ジョジョに再会できた喜びで我を忘れてしまった。後で謝りに行く。だから許してくれっ」
「今俺に謝れ! ってか俺を帰せ!」ジョセフが叫ぶ。
 花京院はますます変な顔になる。
「……と、このお嬢さんは言ってるんだが、シーザー、このお嬢さんとは知り合いじゃないのかい? まさか本当に初対面? まさかそんな」
「今生では初対面だが、前世の友だった。俺の親友だ」
 数秒沈黙が流れる。
 花京院は視線をあちこち彷徨わせた挙句、認めたくない現実を認めた。
「………………………………………………………うん。前世うんぬんはまず置いておこうか。事実だけを簡潔に述べろ。このレディはシーザーの友でもガールフレンドでもなく、会ったばかりなんだな? そして許可なく無理矢理家につれてきたと。事実か?」
「そうだ」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
 花京院は立ち上がるとにっこりと微笑み「ちょっと待ってね」と抱きつくジョセフを引き剥がしシーザーの目の前に立った。そして。
「それは誘拐だ、バカーーーーッ!」
 ハイエロファントと二人でシーザーをぶっとばした。


「お前の事、賢いけどたまにバカだなーと思う時があったけれど、本当にバカだとは思わなかったよこのバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカッ!」
「そんなにバカって言わなくても」
「うるさい、口答えすんなっバカシーザー!」
「はいバカです」
「開き直るなーーっ! このバカッ!」


 シーザーは居間で正座させられていた。
 ジョセフの言葉が本当でシーザーがジョセフを誘拐してきたのを知った花京院は、慌ててジョセフに謝罪した。それはもう、床に頭をこすりつけて。
 体格の良いシーザーが細身の花京院に数メートルぶっとばされるという驚嘆の事実に呆然としていたジョセフは誘拐の事実も忘れ、すっげーとひたすら目を輝かせて感動した。成人した男ならともかく華奢な印象の花京院のリアルファイトにすっかり興奮ぎみだ。
 中学ジャージを着て目の下にクマをつくり美人だいなしな女性は、印象とは真逆に最高に強くて男前だった。
 シーザーの保護者と名乗った花京院はひたすら恐縮して謝罪した。
 申しわけない、普段シーザーはこんな子ではないのだが何をとち狂ったのだか。きっと昨日食べた三日前の鯖に当たったのだろう、殴りたりないのならフルボッコにするから、何卒警察ざただけは勘弁して下さい……。
 ジョセフは謝罪を鷹揚に受入れた。シーザーに無体を働かれる心配がなくなったジョセフは寛大だった。
 ジョセフは強い人間が好きだ。だからとっても強い花京院を気に入ってしまった。
 花京院に言われたとおり家に連絡して居場所を言ってあるので、これ以上何もおこるまい。だったらこの花京院という女性ともっと親しくなってみようと前向きなジョセフは花京院に懐いた。
 もっと花京院と話がしたかったのだが。

「締切り!」

 思い出した花京院は慌てて机に向ったので、ジョセフは仕方なく入れてもらったお茶とお菓子をつまみながら花京院の部屋にいる事にした。
 花京院の部屋ときたらまったく女性らしくなく、ジョセフにとっては宝の山だ。山ほどのゲーム機&ソフト。本棚からはみ出る漫画本と雑誌。飾られたフィギュアの数々。ジョセフは一目見た時思わず「きったねえええっ」と叫んだが、よく見るとお宝ばかりでなかなかイかしている。まんまニートかオタク部屋。女性の住む部屋ではないが、漫画大好きなジョセフは気にしない。
 こういう場所ならいくらいてもいい。シーザーは花京院の命令で正座中だし、ジョセフは一気に気楽モードだ。周囲の焦りと騒動とは関係なく。そこまで頭が回らない。

 ジョセフは自分ではあまり自覚していなかったが究極のお嬢様だった。裕福な義理の父親と、とんでもなく資産家の血の繋がらない祖父に甘やかされ大事に育まれた箱入りだ。
 そのジョセフが知らない男にいきなり担がれて悲鳴をあげて攫われたというのだから、同行したスピードワゴン財団の職員は真っ青になり、その緊急連絡はスピードワゴン本人に繋がり、義理の父親にも繋がった。
 すわ誘拐かと焦る周囲だったが、一時間後、ジョセフの声で「元気だよー。夕飯までには帰るから〜。…………あ、夕飯も食べてけだって。御馳走になるから晩ごはんいらないです。夜迎えにきて〜」と呑気な声で連絡が入ったのでひとまず安心と思われたが、無理矢理連れ去られたのも事実で、家族は安否を確かめずにはいられない。
 とりあえず誘拐したと思われる人物の所在は分っているし、施設の職員の事情聴取で女性に乱暴を働くような男ではないと聞いて安堵したが、ジョセフの無事な姿を確認するまでは安心はできない。
 というような周囲の心配をよそに、ジョセフはだらしがない格好で床に座り、家では読ませてもらえない漫画をひたすら読みまくって御機嫌だった。



 いつのまにか日射しも傾き、どこからか良い匂いがしてきた。
 空腹を感じてジョセフが部屋を出ると、キッチンにシーザーがいた。
 警戒しながらそっと近付く。

「……何か作ってんの?」
 振り向いてジョセフを認め、シーザーが微笑む。
「夕飯だ」
「シーザーちゃん、夕飯当番なの? 他の家族は?」
「俺は花京院と二人暮しだ。家族のいない俺を、同じく家族のいない花京院が引き取ってくれたんだ。俺たちに血の繋がりはない。二年一緒に暮している」
「……あ」
 ジョセフは思い出した。今日自分が見学に言ったのは親のいない子供達が育てられる施設だ。そこを手伝っていたという事は、シーザーはその園の出身者なのだろう。
 花京院という女性に引き取られたというシーザーはなんでもない事のように言ったが、自分は家族に大切にされているという負い目で、ジョセフは咄嗟に何と言っていいか分からない。
「……あの」
「花京院はああ見えて案外不器用なんだ。とくに料理は……最低レベルというか、かろうじて食べられるっていうくらい酷い。なので食事当番はいつも俺だ。まあ自分の好きなものを作れるから、それはそれでいいんだが。ジョジョは嫌いなものはあるか?」
「嫌いなものはないけど。……シーザーちゃん、料理得意なの?」
「得意だぜ。食えば分かる。あんまり美味すぎてびっくりすんなよ」
 ニヤッと笑うシーザーは年相応の少年で、その眩しい笑顔にジョセフは息が止まった。綺麗なだけの顔なら沢山見てきたが、笑顔一つで心がときめいたのは初めてだ。
 そういえばシーザーと云う少年はとても綺麗な顔をしている。出会いさえ間違えなければジョセフはシーザーを好ましく思ったかもしれない。そう考えて残念に思う。なぜ中身が電波なのだろう。
「な、何作るつもりなんだ?」
 自分の考えが恥ずかしくなってジョセフは誤魔化すように聞いた。
「イタリアン。パスタとサラダと肉を焼く。パスタはネーロだ。イカスミ。大好物だろ?」
「……知らない。食べた事ないし…」
 なぜ好物と決めつけるのだろうとジョセフは奇妙に思った。これも前世の記憶という電波な理由か。
「食べたら思い出すさ。ジョジョはこれが大好きだった。俺の作るネーロは最高だといつも言っていた」
「……そうなんだ」
 ああこの電波さえなければと、ジョジョは溜息を吐いた。
 美人の保護者に育てられているフェミニストのイケメンは料理上手でポイント高いのに、電波すぎてついていけない。花京院も残念な美人だし、どちらも変な人間だ。嫌いではないが。

「そこで見てろ。すぐにできる。我慢できなければテーブルの上のバナナでも食べてろ。チェリーには手をつけるな。それは花京院のだ。花京院はチェリーが大好物なんだ」
「……うん」
 何もしなければシーザーは悪い男ではなさそうだ。花京院という保護者もいる事だしと、ジョセフはのんびりとシーザーの背中を眺めていた。
 料理する男の背中というのは珍しい。父親は早くに亡くなり、義父も祖父もほとんど料理はしない。
 シーザーは機嫌よさそうに鼻歌を歌いながらリズミカルに包丁が動かしている。良い匂いがキッチンに漂い、心地よい沈黙が流れ、ジョセフはいつしか警戒を忘れた。
 狭いキッチンは古びて年代を感じさせたが清潔感があり、シーザーと花京院がここで幸せに暮しているのを感じた。
 その中に自分がいるのをジョセフを不思議に思った。初めての場所で初めて会う人間なのにちっとも違和感を感じない。
 きっとシーザーの笑顔のせいだ。ジョセフを見るシーザーの目はとても優しくて、嬉しくてたまらないという色をしている。綺麗な緑色だ。どこの王子様ってくらいのハンサムが自分を見て蕩けるような顔をしているのだから、色事に関心のないジョセフでも年頃の女らしく女心を刺激される。

 ……が、平和な時間は長く続かない。
 色々な雑事を忘れている二人だった。

 ドカッ!

 バキッ!

 ドカンッ!

 ドッカン!


 何事かと思うような音がして、ジョセフとシーザーは思わず顔を見合わせ、音のした方を伺う。
「ジョジョ。ちょっと待ってろ。様子を見てくる」
 シーザーの顔が警戒に引き締まる。ジョセフを庇うように花京院のいる部屋の方へ押す。
「あ、待って。俺も行く」
 破壊音に不安を抱いた二人は廊下に出たが。
「あ、オヤジ?」
 身の丈二メートルにも達しようという大男が靴のまま廊下をズカズカと歩いてきた。明らかな怒気を纏って臨戦体勢だ。殺伐とした空気にシーザーが反射的に構える。
 殴りかからないのは、ジョセフの発した「オヤジ」発言だ。もしかしてジョセフの父親かとシーザーは入ってきた男を見る。破壊された玄関の惨状に眉を潜める。これを見たら花京院は泣くだろう。
「ちょっ、土足!」とジョセフが怒鳴る。
「お前を誘拐したのはどこのどいつだ?」
 地獄の蓋が開いたら獄卒の鬼はきっとこういう声をしているのだろうという重みのある低音に思わずジョセフは姿勢を正し、反射的にシーザー見てしまった。
 あ、ヤベッと思っても後のまつり。
 シーザー死んだわ。

「てめえかっ」
 この誘拐犯っ! と。ジョセフが止める暇もなかった。片手で宙づりにされたシーザーは、承太郎のオラオラという連打に正月の餅のようにドカドカ打たれた。
 漫画のような乱打にジョセフは慌てる。
「ヤバい、オヤジっ! シーザー死ぬって!」
「いっそ死ねッ!」
「駄目だっ!」
「俺が止めてもスピードワゴンのジイさんがこいつを社会的に抹殺するから同じ事だ!」
「それもだめーーっ」
 ジョセフは慌てて義理の父親を止めた。
 本当の親のいないジョセフにとって、義父の承太郎は最高にイかした父親だ。上から目線が時々ムカつくが、愛情を持って育ててもらっている事を知っている。
 今回の誘拐騒動で本当に心配したのだろうと分っているから強く出られないが、このままではシーザーが殺されてしまうと、助けを求める事にした。
「花京院さん、助けて! シーザーがオヤジに殺される!」
 手早く「父親が迎えにきたが怒った父親が誘拐犯であるシーザーをボコボコにボコっているからなんとか止めてくれ」と叫ぶと。
 花京院が音を聞き付けて廊下に出てきた。
 惨状を見て思いきり顔を顰めるが。
「……あ、家族が迎えにきたのか。……しょうがないなあ。シーザーが殴られるのは自業自得だし。多少は痛い目見なくちゃ。反省は必要だよね。…でもあんまり酷い事をされたら可哀想だから適度な所で止めなきゃね」と、花京院は一目で現状を理解する。
 殴られるシーザーを見ているのは割と計算高い理由からだ。ここで父親がボコボコにしてくれればシーザーのした事がチャラになるかもしれないという。シーザーに前科をつけるわけにはいかないのだから、殴られて痛み分けが妥当だろう。
 しかしそんな花京院の打算をジョセフは知らないから、半殺しにされかけているシーザーを守りたくてなんとか花京院を引張ってきて承太郎を止める。
「オヤジ、オヤジ! シーザーの保護者連れてきたからもう止めて! これ以上やったらシーザー死んじゃう!」
 シーザーをボロ雑巾のようにしていた空条承太郎は手を止めて吠えた。
「てめえがこのガキの保護者か? どういう教育施してやがる。人様の大事な愛娘に手えかけるような真似しやがって。ぶっ殺されないだけマシだと思え! というかどういう教育してるか、きっちり保護者の口から説明して………えっ? ………………か、きょう……いん?」
 シーザーから目を放した承太郎は奥から現れた花京院を見て、言葉が止まる。身体も止まる。というか息が止まっている。
 花京院はすかさず恐縮して謝罪する。
 シーザーのやられ具合に怒りが湧くが、父親の激怒も分かるので低姿勢だ。
 年頃の娘が誘拐された父親のとる行動としては……ありだろう。
 シーザーが全面的に悪いので花京院も慎重だ。
「……あの…………シーザーの保護者の花京院典明です。……この度は愚息が大変な事をしでかしまして、謝罪の言葉もありま…せ…………んんんんんんんんっ?」
 シーザーをポイと放り出した承太郎はジャージ姿の花京院を目に留めると、ゼロ秒で花京院の目の前に立った。
 なぜか顔が近い。というか唇が触れるギリギリの距離だ。他人の距離じゃない。完全アウトだ。
 花京院は間近の強面のイケメンに固まる。
「あんた……このガキの保護者なのか?」
 低い声。イケメンは声までイケボだった。
「そ、そうです」
 イケメンから距離を取りたくても男がそれを許さないと目で云っている。花京院はなぜか自分が追い詰められている気分だった。実際追い詰められていた。
「関係性は? てめえとこいつは実の親子にしちゃ年が近い。姉と弟か? だが人種が違うな。どういう関係だ?」
 なぜ追求されているのかは分からなかったが、一歩も引かねえぜという男の雰囲気に圧されるままに喋る。
「シーザーと私には血の繋がりはありません。家族のいない者同士で同居してるだけです。私がシーザーの保護者です」
「てめえは赤の他人の男と暮してるって云うのか? とんだ破廉恥だ」
「そういう誤解はよくされますが、誤解です。だいたいわたし処女ですし」
 花京院もかなりテンパっていた。色々精一杯だった。
 花京院の言葉を聞いた承太郎はあっけにとられ、そしてドッと歓喜した。
 花京院は『あれ、自分何言っちゃてんの駄目じゃん』と思ったが後の祭りだ。


 突然現れたジョセフの父親は彼女に似ていたが、大きさが尋常ではなかった。華奢な花京院より三十センチ以上高そうだ。近付かれると、圧迫感に息がつまりそうになる。近距離が不快でないのは美形だからだが、威圧感がありすぎて色々辛い。
 シーザーとはまた別種のイケメンだなと花京院は思ったが、この緊急事態にどう備えればいいか分からなかった。
 シーザーのした事はそれだけ重罪なのだ。本人のジョセフがもう怖がっていないので三人とも落着いてしまったが、事情を知らないジョセフの家族はそれどころじゃない。
 誘拐犯とその家族なんて、糾弾の的だと花京院は青くなる。シーザーはボコボコにされてしまったし、花京院は男の威圧感に去勢を張るので精一杯だ。
 しかし花京院はシーザーの保護者だ。シーザーを守らなければならない。
「てめえもこいつも親族がいないのか?」
「ええまあ。血縁とは縁のない生活してますので。シーザーもわたしも。というわけで色々あってシーザーを引き取ったんですが」
「てめえはいつもそうだな。……なんでいつも家族と縁が薄く、孤独なんだ」
「……は?」
「処女って事は結婚してねえんだな。独身か好都合だ。まあ結婚してても絶対別れさせるが」
「はあ?」
「子の責任は親の責任だよな?」
 承太郎の迫力に思わずこくこくと頷く花京院だ。
 顔が近くて何だかとっても恐い。シーザーに連れ去られたジョセフの気持ちが分ってしまう。これは恐い。
 自分より大きい男が恐いの思ったのは初めてだ。
 だがジョセフの父親をハイエロファントでぶっとばすわけにはいかない。
 男はニヤッと笑った。
「というわけでお前は責任をとる義務がある。俺と結婚しろ」
 沈黙が落ちる。
 花京院の顔は理解できません、という表情。
 対した承太郎は、当然というドヤ顔だ。
「……………………………はああああああああああっ?な、何言ってんのオヤジィイイイイイイイッ!」
 叫んだのは花京院ではなく、側でハラハラしながら聞いていたジョセフだ。
「聞いた通りだジョセフ。てめえはこれからこの女をオフクロって呼べ。今からお前の母親だ」
「意味分かんないんですけどオオオオオオオッ! 何考えてんのオヤジイイイイイイッ!」
 オーノーッ! と叫ぶジョセフに、花京院はひたすら呆然とした。
 人は許容範囲外の事が起こると理解が脳に到達するまで動けなくなる。立ちすくむしかない。
「ええと………………冗談、です、よね?」
 恐る恐る聞く花京院に承太郎はニヤリッと笑った。
「マジだぜっ! オラッ!」
「ひやあああああああっ!」
 花京院をヒョイと肩に担ぎあげた承太郎は「ジョセフ帰るぞ」と声をかけ、来た時とは真逆の上機嫌さで意気揚々と帰ろうとした。
「ちょっとおおおおおお。お願い、下ろしてえええええええっ!」
 花京院が悲鳴をあげる。
「オヤジ、マジそれ駄目ええええええええっ! それ誘拐、犯罪だからあああああっ!」
 女二人がダブルで叫んだ。
 誘拐犯を懲らしめにきた父親が誘拐犯になって帰ろうとしている現実に、ジョセフは青くなる。
 おっかないイケメンを崩す事のない承太郎だが、時々冗談くらいは言う。しかし今の承太郎が百%マジだというのは恋愛経験乏しいジョセフにも分ってしまった。
 何が起こったのか分からないが、承太郎は本気で初対面の花京院を自分の妻にしようとしている。
 ジョセフには承太郎の本気度も御機嫌度も分かる。というか今の承太郎は機嫌最上級、メーター振り切れている。来た時の激おこぷんぷん丸とは真逆だ。
 何がどうなってこうなっているのか、ジョセフにはさっぱり分からない。きっと花京院にも分っていない。分からないけれど、このまま承太郎を放置したら事態が悪化する、というか犯罪者の道まっしぐらだ。それくらいジョセフにも分かる。
 承太郎と花京院。
 二人はお互い独身だ。これから知り合って交際して結婚するのならジョセフだって祝福するが、攫って妻にするのは絶対間違いだと思う。というか犯罪ですこれ。誘拐駄目、ゼッタイ!
 ジョセフは思わず携帯を取り出し、望めば絶対に助けてくれる祖父を呼び出した。
 困った時のドラえもんスピードワゴン。



「助けておじいちゃん!」
 叫んだ孫娘に、スピードワゴンは電話に向って必死に叫ぶ。
「ジョジョか、無事なのか? 承太郎は? ああジョジョ、ワシの可愛い孫よっ。おじいちゃんが今助けに行くからなっ!」
「俺は無事だけどオヤジが無事じゃない、というか本当に無事じゃないのはオヤジにぶっとばされて半殺しに目に合ったシーザーと、その保護者の花京院さんだよ! 救急車呼んで! シーザーが死んじゃう! っていうか、今まさに花京院さんがオヤジに攫われるっ。オヤジが犯罪者になる、止めて!」
 訳の分からないジョセフの言葉をスピードワゴンは正確に受け止めた。さすが元ギャングの石油王。
 吸血鬼とだって戦うし、墜落する飛行機から生還もした。人生経験豊富だから順応力もパない。
「…………ジョセフ。シーザーというのがお前を攫った誘拐犯の名前か?」
「そうだよ。でもそれはいいんだ。シーザーの事は許してやって。俺は何ともなかったんだし、オヤジが半殺しにしたんだからもうチャラだよっ。それよりオヤジが花京院さんを…」
「シーザーというのは太陽の光を浴びたような金髪に若草色の瞳をした、なかなかの好青年か? 目の下にアザのあって、女性に歯の浮くような気障な台詞を言う?」
 低く、慎重なスピードワゴンの声。
「え、おじいちゃんなんでシーザーの顔知ってんの? もしかして知り合い?」
「性は……ツェペリか? まさかな……」
「やっぱり知り合い? シーザー・A・ツェペリだよ。じいさんの知り合いだったのか」
 ジョセフが言った途端。
「なんてこったーーーーっ! シーザーが生きてたのかっ。それでジョジョと再会したとは、なんという運命なんだーーーっ! 凄いぜこれはーーーーっ!」
 突然叫び出した祖父にジョセフはあっけにとられる。
 え、何このハイテンション?
 普段孫に甘いスピードワゴンしか知らないジョセフは、ノリノリの感動スピードワゴンにどうしていいか分からない。
「あの……どうでもいいけど、救急車……」
「そ、そうか。……救急車を呼ばねばならぬほど承太郎はシーザー君を殴ったのか?」
「うん、フルボッコのボッコボコ」
「オーッ、なんという事をっ。すぐに医者を手配する!」
 祖父の力強い声を聞いてジョセフは安心したが、根本的な問題が片付いてない。
「それだけじゃなくて、オヤジが大変なんだよ!」
「承太郎の何が大変なんだ? おちつけジョセフ」
「落着いてられるかっ。じいさんこそ聞けよっ」
「女の子がなんて言葉使いじゃ。エリナさんが聞いたら嘆くぞ」
「おばあちゃんの事は今は言わないでっ! 聞いてよおじいちゃん! オヤジがシーザーの保護者の美人に一目惚れして、誘拐の責任とって結婚しろって、担いで攫おうとしてるんだけど! 今現在! このままじゃ今度はオヤジが誘拐犯だよ! 訴えられたら負けるよ! 敗訴だよ、留置所から監獄コースだよ!」
「なんだってーーー? こんな時に笑えない冗談は止めなさいジョセフ」
「現実だから笑えないんだけど。……というわけで何とか止めてくれ。オヤジが強姦魔だなんて絶対ヤだ!」
「わ、分った。ワシもとりあえずそっちに向う」
「ここ、ヘリで来ても止める場所ないよ」

 ジョセフはとりあえず問題をスピードワゴンに丸投げしてホッとする。ジョセフには甘い祖父だが、仕事では厳しいと聞く。ビシッと承太郎を叱ってくれるだろう。
 それにしても驚きの連続で頭が真っ白だ。
 シーザーという少年が電波を言い出したと思ったら、誘拐犯で、その少年はどうやら祖父の知り合いらしい。
 そして少年の保護者の美人に独身の義理の父親が一目惚れで、誘拐犯になりかけている。


 承太郎はジョセフの本当の父親ではない。ジョセフの本当の両親はジョセフが幼い頃に死んでしまった。それ以来、祖母のエリナに育てられたのだが、高齢のエリナが身体を病んで長期入院する事になり、代わりに保護者になったのが承太郎という男だ。叔父にあたるこの男はスピードワゴンの信頼も厚く、家族の愛情に飢えたジョセフの寂しさを埋め、二人は本当の家族のように過ごしてきた。
 独身の承太郎はとにかくモテた。イケメンオーラが凄くて、身体のセックスアピールも凄い。喧嘩も強く、これぞ男の見本という感じなのだが、ガチガチの硬派で女性を受付けようともしない。
 一度「もしかしてゲイなの?」と聞いたら拳骨くらった。あれは痛かった。それより印象に残ったのが「もしかしたらそうなのかもな…」という意味深な一言だ。男にはまったく興味なさそうだからあれは冗談だと思うのだが、響いた悲しみの音がどうにも耳に残って気になる。もしかして昔、好きだった男がいたのだろうか。
 しかし花京院へのアプローチを見るに、ゲイというのは冗談だったらしい。というか、もっとスマートな恋愛ができないものだろうか。
 初対面で誘拐って今の流行りなの?


 承太郎の肩の上で暴れていた花京院だが、ハッと我に返る。
「締切りーーーーーっ! キャー、原稿が終わってないーーーっ! ハイエロファントー!」
 まさかスタンドまで転生しているとは思わなかったのだろう。完全に油断した承太郎はあっけなくハイエロファントに倒された。
 それを見たジョセフは。


「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ。
『オヤジが誘拐犯をボコりに来て、保護者の美女に一目惚れ、そのまま逆誘拐しかけ、でも殴られてノックアウトッ! 大和撫子美女最強!』
 何を言ってるのか分からないと思うけど、全部本当の事だっ!」
 …と、スピードワゴンと友達のスモーキーとスージーQにメールした。


 それにしてもとジョセフは思った。
 頭の中がいっぱいいっぱいでもう何がきても驚かないけれど、疑問は残る。
 ノックアウトされた承太郎の横で抱き合っている、青い色の巨人と緑色した変なおばけみたいなのはなんだろうかと。落着いたら花京院に聞いてみようと、シーザーの介抱をしながらジョセフは思った。




以降、7/28発行同人誌に続く。1冊にまとめて発行します。