きみいない世界幸せだった






 04


 イギリスの庭には一年中花が咲き乱れている。妖精達に愛されるイギリスの手は緑の手だ。
 外に出ると、待ち構えたようにフランスの周りに不思議な形をした生き物達が寄ってきた。絵本や映画で見る作り物よりずっと、彼らは不思議で美しく恐ろしい。うっかりその愛らしさに油断すると、とんでもない事になる。人ならざる「国」であるフランスの目から見ても妖精達は異質だった。
 こんな生物達を警戒なく心から受け入れるイギリスの中身は、人ではなく彼らの側に近いのかもしれない。それがイギリスが人に馴染まない理由の一つだろう。
 しかし妖精達がいなかったらイギリスは本当に孤独だった。
「……で、一体イギリスに何があったんだ? なんでアメリカを忘れてんだ? お前らは知ってるんだろ?」
 フランスはふわりふわりと浮かぶ羽を持った少女に問い掛けた。
 妖精達は互いに顔を見合わせ、バツの悪い顔になる。
「お嬢さん達がイギリスに魔法をかけたのか? イギリスが泣いてたから。助けようとしたのか?」
「違うの。……いいえ、違わないけど、あれは事故なの」
「事故?」
 イギリスと同じ碧の瞳をしている掌サイズの小さな少女が言う。イギリスと特に仲の良い妖精だ。よくイギリスの肩に腰掛けているのを見る。
 やはりイギリスの異変は妖精の仕業らしい。さすがメルヘン王国。しかし事実は笑い事ではない。
「何があったのか、正確に教えてくれるか?」
 フランスの穏やかな声に助けられ、少女は言った。
「イギリスが泣いていたの。あの子にまた裏切られてしまった。アメリカはゴブリンより酷いヤツよ。可哀想なイングランド」
「そうなの。アメリカが酷い事言ったの。イングランドは何も悪い事してないのに」
「アメリカなんかどっか行っちゃえばいいのに。アメリカは嫌いだけど、イギリスが幸せそうだから黙って見てたのに。やっぱりアメリカなんか信用しちゃ駄目だった。あの恩知らずの裏切り者!」
「アメリカが悪い。あいつ、イギリスを泣かせた。二百年前もイングランドを捨てたくせに。イギリスの優しさを踏みにじった子供がまたイギリスを泣かせた。あいつは酷いヤツだ。今度会ったら必ず我々の手であいつに報復してやる」
「そうだ。アメリカが悪い。あいつがイギリスを泣かせた。でもイギリスが…」
「そう、イギリスが報復を望まなかった。ヤツを異界に放り込んでやろうとしたのに、イギリスは駄目だって。なんでイギリスはあいつを庇うんだろう」
「アメリカに関わるとイギリスは泣く。イギリスが可哀想。だから嫌な事全部忘れちゃえばいいと思った」
「アメリカなんかいらない。忘れちゃえ。アメリカを忘れればイギリスはもう泣かない。ハッピーになれる。笑ってくれる。優しいイギリスは泣かない」
「だから忘却薬をイギリスにあげようとしたのに…」
 一旦口を開き始めると妖精達はかましかった。言いたい事をそれぞれ口にするから話を整頓する余裕もないが、聞きたかった事は聞けた。
「それで、イギリスは君達に貰ったその……アメリカを忘れる薬を飲んだのか」
 都合の良い薬もあったものだ。さすがリアルファンタジー。
 確かに忘れてしまえば楽だろう。逃げるなんてイギリスらしくないが、それくらい辛かったのだと思えば責める事もできない。妖精達も罪な妙薬をイギリスに渡したものだ。
「違うの。イギリスは忘れたくないと言ったの。だから私達があげた薬を避けたの」
 少女が説明する。
 イギリスは薬をいらないと言った?
「でも、イギリスはアメリカとやり直した事も、つい先日去られた事も憶えていないぞ。お前さん達が与えた薬を飲んだんじゃないのか?」
 イギリスは悲しい事など何もないとばかりに心身気鋭に溌溂としていた。
「そうなの……実は」
 少女は言いにくそうに、何があったのか説明した。
 うっかり薬の落ちた紅茶を飲んだイギリス。
 結果は妖精の望んだ通りになった。
 フランスの背が丸くなる。
「…………つまり、事故だったと」
 フランスは膝を地面につき、頭痛を堪えるように頭を押さえた。
 妖精達もバツが悪いのだろう。言い訳するように、実際言い訳しながら口々にあれはイギリスのうっかりミスだとフランスに教えた。
 イギリスの失敗を笑うに笑えない。
「……なんて間抜けな。……イギリスのヤツ。……しかし、それが功を成してイギリスは元気溌溂なのか。アメリカをスコンと忘れてしまったから、辛い事は何もないと心穏やかなのか。ははは…」
 フランスは困った。この後どうすべきか迷う。
 記憶を取り戻すか否か。
 イギリスの為を思えばこのままでいた方がイギリスは幸せなのだろう。アメリカに関わらなければイギリスは傷つかない。愛するから裏切りに血を流す。愛そのものを忘れてしまえば傷もなかった事になる。
 それが良い事なのか悪い事なのか分からないが、国としては動揺が少ない方がいい。アメリカはイギリスが付き合うには傍若無人すぎる。イギリスはアメリカに振り回され疲れてしまう。
 このまま別れた方がいいのかもしれないが、それを決めるのは当人達だ。所詮フランスは傍観者だ。
「その忘却薬の効果はいつ切れるんだ?」
「ええと……よく分からないけれど、飲んだのは少しだけだったら、そんなに長くはないと思うけど」
「そうかそれならいいんだが。……で、詳しくはどの位の時間なんだ?」
「そうね、だいたい200年くらいかしら。その程度ならあっというまに過ぎるわ。200年も経てばイギリスの涙も止まっているでしょうし、ちょうど良い冷却期間よね」
 フランスは怒鳴りそうになった自分を寸前で戒める。
「200年……。マジでぇ?」
「私達の言葉を疑うの?」
 妖精の瞳が剣呑に光る。
 彼らは嘘や偽りを嫌う。
「いやいや、疑っているわけじゃないよ。ただ我々国にとっても200年は短くない時間だからね。そんなに長く忘れていると、アメリカの事を思い出した時にイギリスは混乱するだろうなと思って。あいつは強いけれど、メンタル面では脆いところがあるから、愛した弟を忘れていた事にショックを受けると思うよ。できればもう少し早く思い出した方がヤツの為だと思うんだが…。なんとかならないか?」
「そうなのかしら……。でもイギリスは思い出したらまた泣いてしまうわ。イギリスが泣くのは駄目。可哀想だもの」
「いやいやいや。あれは誤解なんだって。アメリカとイギリスは別れてないんだよ。なんというか…………アメリカの意地悪なんだ。あんまりイギリスが煮え切らないのでアメリカはウソをついたんだ」
「ウソ! そんなの酷い! やっぱりアメリカなんか忘れてしまって正解よ」
 そうだそうだと他の妖精が賛同するのを、フランスはなんとか間に入って調停する。
「確かにアメリカが悪い。ヤツが全面的に悪い。悪いんだが……妖精達には分かりにくい事かもしれないが、人間は愛している相手に……たまにどうしょうもないウソをつくんだ。騙して駆け引きして、なんとか相手の気持ちを自分に向けたいと、いけない事をしてしまう。愛してるから過ちを犯す。それが人間なんだ。今はアメリカも充分反省している。俺も後で一発殴っておくし、日本にも言ってジャパニーズ正座で説教してもらう。アメリカへの報復は俺達でちゃんとする。だからなんとかイギリスの記憶を戻してやってくれないか。このままだとあいつら余計に拗れて、とっても不味い事になると思うんだ」
「ええー、イギリスの記憶を戻すの? このままアメリカと別れた方がイングランドの為だと思うわ。だってアメリカってちっとも優しく無いんですもの。イギリスはアメリカと会うと辛そうよ」
「でも幸せそうな顔もするだろ。イギリスがアメリカを忘れたいと本気で望んだなら、俺だって余計な口は挟まない。でも事故ならやっぱりちゃんと元に戻した方がいい。アメリカはイギリスが好きだから、泣かす事もあるかもしれないけれど、幸せにする努力もする。イギリスの事を真剣に思ってるのは君らを除けばアメリカだけだ。頼むから、イギリスがアメリカの事を思い出せるように協力して欲しい」
 妖精達は顔を見合わせた。
 フランスに言われて心が揺れている。妖精達もどっちがいいか計りかねているのだろう。
 イギリスはアメリカを忘れたくなかった。でも事故で忘れてしまった。
 それは幸か不幸か。
 アメリカを忘れたイギリスは辛い事なんて全然ない幸せな顔をしている。
 フランスだってイギリスがこんなに陽気なのは久しぶりだと思ったのだ。アメリカの記憶のないイギリスは安定している。少なくとも不幸には見えない。イギリスの身近にいる妖精達がアメリカを嫌うのも当然だ。
 イギリスだけの幸福を思うなら、このままアメリカを忘れ去ってしまった方がイギリスの為なのかもしれない。
 妖精達が羽をパタパタと動かして相談している。
「探せば解毒薬はあるかもしれないけど………でもやっぱりアメリカなんか忘れた方がイングランドの為よ」 
 碧の目の少女がきっぱりと言った。
「え、ちょっと待て。本気で言ってるのか? イギリスはこのまま? 記憶が跳んだまましらんぶり? マジで? そりゃないんじゃない?」
 妖精は人ならざる瞳をフランスに向ける。
「アメリカは嫌い。イングランドを泣かせるんだもの。イングランドはアメリカを忘れた方が幸せよ。私達はイングランドに笑って欲しい。イングランドは優しい子なのにみんなイングランドを虐める。人間なんて大嫌い。イングランドを虐める人も大嫌い。イングランドには私達がいる。アメリカなんかいらない。だからこのままでいいの」
「ちょ、ちょっと……。そりゃ困る。イギリスだって困るだろう」
「困らない。イングランドは辛い事は憶えていない。だからもう泣かない。アメリカなんかいらない」
 フランスは妖精達の意識を変えようとしたが、妖精はガンとしてイギリスの記憶が戻らない方がいいと言い張った。
 フランスが強気に出られなかったのは妖精達の言葉にうなずく部分があったからだ。
 アメリカを忘れたイギリスには弱さが見えない。
 傷のないイギリスというのはああいう風になるのか。愛しあった過去がなくても、イギリスは満ち足りて見えた。少なくともこの先、愛の喪失に怯え泣く事はない。
「だからイギリスにはもうアメリカは必用ない」
 きっぱり言い切られてフランスは匙投げたくなった。
 フランスの手には負えそうもない。
 第一イギリスの恋人はアメリカなのだから、フランスには関係ないのだ。アメリカとイギリスが壊れようがくっつこうがフランスには関係ない。
 ……と言い切れたらどんなにいいか。




「お前達、いつまで話してんだよ」
 なかなか外から戻ってこない妖精達とフランスに焦れてイギリスも庭に出てきた。
「おいヒゲ、妖精達と何を喋ってたんだよ。……妖精達におかしな事を吹き込んだら許さねえぞ」
 悪辣としか言いようがない表情でイギリスはフランスに絡んだが、拗ねた響きに仲間外れにされた悔しさが滲んでいた。
 フランスはイギリスの肩を気安く叩く。
「何も吹き込んでねえよ。……仲間外れにされたからってスネんな坊っちゃん。……ちょっと妖精達に相談があったんだよ」
「相談? なんの?」
「それは秘密。悪い事じゃないから、妖精達から聞き出そうとするなよ。どうせ彼らは喋んないだろうけど」
「なんだよそれ」
 イギリスがあからさまに口を尖らせた。フランスの事は気に入らないくせに仲間外れにされるも嫌らしい。
「あはは。細かい事は気にすんな。……食べ物が足りないなら、腹の足しになるようにお兄さんがパンケーキでも焼いてやるよ。お前の硬くて不味いスコーンじゃ酒が台なしだ」
「なんだと、この野郎!」
「ちょっと待ってろ。お兄さんが最高のパンケーキを焼いてやるよ。カナダから貰ったメイプルシロップと生クリームをたっぷりつけたら最高だぞ」
「うっ…」
 イギリスが涎を垂らしそうな顔になって慌てて口元を引き締めるを見て、フランスは笑い出しそうになるのを堪えた。
 なんだかんだ言ってもイギリスはフランスの作る菓子が大好きだ。自分のスコーンが貶されるのは悔しいが、フランスの料理の腕は認めているのだ。散々餌付けした成果が出て、舌がフランスの料理を憶えてしまっている。
「妖精達と待ってろ。お腹がいっぱいになったら………また話をしよう」
「話? なんの?」
「これからの。……これからうるさい客が来るしな。ヤツの分もパンケーキを焼いとくか。それで揉める前に色々相談しよう。……相談した所で無駄な気もするが」
「なんだそれ? 客って誰だ?」
「来れば分かるさ。話は……お前のお友達が凄すぎるって事かな。……都合のいい事だけ忘れてしまえるのなら、お兄さんだってそうしたいよ。本当に」
 フランスは溜息を吐いて肩を落とした。
 料理をしている間だけは余計な事を忘れていられる。でもその後はきっと散々な事になる。
 フランスはこのまま帰ってしまおうかとチラと思ったが、できるわけがないと知っていた。
 これも腐れ縁の副産物と諦めるしかないのかと、フランスは自分の貧乏クジを嘆く。
 アメリカの不幸は考え無しの結果が招いた自業自得だが、フランスのは完全なとばっちりだ。
 キッチンに向うフランスの背後で低い声がした。


(200前にアメリカと一緒にイングランドを泣かせた罰ね。あの時さっさと忘れさせてしまえばよかった)


「…えっ?」 
 振り向いたフランスの後ろには不信な顔をしたイギリスと妖精達がいる。
 妖精達もイギリスと同じような表情だ。
「いま……なんか言ったか?」
「何も言ってねえぞ。幻聴かよフランス。老けたんじゃねえか」
「お兄さんを老人扱いするんじゃないの。年はお前とそう変わんないでしょ」
「うるせえヒゲ。ヒゲ生やした時点でお前はジジイの仲間入りだ。加齢臭漂うから側に寄るんじゃねえぞ」
「お兄さんのヒゲはファッションなの。童顔で未成年に間違われるイギリスよりマシだっつうの。お前もヒゲくらい生やして年相応の顔になれよ。でないといつまで坊っちゃん扱いされたままだぞ」
「年相応を求めるならイタリア系の連中にも求めろよ。俺より年上のくせして腑抜けた面してるじゃねえか。あれこそ年不相応面だろうが」
「イタリアはいいの。可愛いから。イタリアがゴツくなってローマのオヤジみたいになっちまったら、そっちのがショックだって。ヘタレなイタリアがヘタレた外見でもいいけど、大英帝国と呼ばれた坊っちゃんが変わらず坊っちゃん面なのは痛いでしょ」
「いいのか? 俺の顔にこれ以上の凄みが加わっても。俺の顔を凶悪そのものだと言ったのはテメエだろ。俺の顔が威厳を備えたら完璧だぞ。くくくく」
 フランスはゾッとした。
 そう言われればそうかもしれないと思う。
 普段は童顔で育ち良さそうに見えるイギリスだが、戦場で見せる顔は悪鬼も裸足で逃げ出しそうな凶悪な御面相だ。その凶悪な顔で敵兵の恐怖を煽り尻込みさせ、死を恐れない猛攻で敵をなぎ倒してきた。
 フランス自身何度ビビらされてきた事か。
 普段からあんな迫力満点な顔をしていたら誰も近付かないだろう。
「……それ以上凶悪になってどうすんの坊っちゃん。昔と違って今世界は平和路線を走ってんのよ。凶悪な中身を外に見せちゃ駄目でしょ。イタリア兄弟が見ただけで泣くっつうの」
「イタリアはもう少し精神を鍛えた方がいい。あの性格でどうして乱世を生き延びられたのか謎だ。徹底的にヘタレを前面に押し出した結果、手心加えられたのか。あれも処世術なのかな。俺にはとても真似できねえが、あれはあれでヤツらなりに有りなんだろう」
「日本の言葉に逃げるが勝ちっていうのがあるぜ。逃げても最後に負けてなけりゃ勝ちなんだろ。イタリアは逃げて逃げて、最後に勝った」
「逃げるが勝ちか。……そういう勝ち方もあるのか。……がちんこタイマンより俺には難しいな」
「……坊っちゃんは現在続行中でしょ?」
「……なにが?」
 イギリスは全力で逃げ、都合の悪い事はなかった事にしてしまった。イギリスの意志ではないが、逃げている事は確かだ。
 このまま逃げきればイギリスの勝ちだろう。アメリカは泣いて失恋する。二百年前から続く嘆きの報復にしては軽いが、アメリカに一矢報いるのは確かだ。


(余計な事したら許さないんだから)


 幻聴が聞こえた気がしてフランスは背筋を震わせた。
 イギリスが泣くのは見たくなかったが、こんなのはないと思う。狡い。卑怯だと思うが、逃げるが勝ち、最後に負けなければ勝利だ。
 アメリカを忘れたイギリスはすっきりしている。無理がない。忘れたままなら幸せになれる。
「イギリス。……お前幸せか?」
「何言ってんだフランス。俺が不幸に見えるのか? 眼科に行って、目が霞むなら老眼鏡をかけろ」
「違うって。……ただ聞いてみただけだ。……お前、幸せか?」
 イギリスは屈託なく笑った。
「当然だろ。俺にはこいつらがいる。不幸なわけない。……世情は安定せず健康とは言い難いが、世界中がそうなんだからしょうがねえ。あれもこれもあのクソメタボのせいだ」
「そのクソメタボの事を……どう思う?」
「どうって……むかつく? うぜえ?」
「そうじゃなくて………何か、気にならないか?」
「……何が聞きたいんだ? 何か気になるのか? ………とばっちりをくった俺を含むヨーロッパ連中や日本が気の毒だな、とか? あんなのが兄弟でカナダが可哀想だとか?」
「アメリカ自身の事はどう思ってる?」
「クソメタボ。早く滅びろ」
「……そうか」
 フランスはがっくりと背を丸めた。
 溌溂としたイギリス。全然湿っぽくなくカラリとして元気だ。ちっともイギリスらしくない。イギリスらしいのがいいと元に戻ればまた涙の日々の繰り返し。
 そんなにまで不幸が似合ってしまったのがイギリスの一番の不幸なのかもしれない。 
 子供の頃は悪いヤツじゃなかったのに、イギリスが捻じ曲がり孤立し続けたのは関わった人間や国達の責任だ。幼児教育は大切だ。イタリアとイギリスの差はそのまま育てた者の意識の差だ。
 そんなにまで酷い扱いした憶えはないのだが、それは加害者側の言い分だろう。被害者は自分のされた事を決して忘れない。忘れられないからイギリスは誰にも心を許さない。一番近いフランスにも。
 イギリスがこうなってしまったのはフランス達のせいかもしれない。よってたかってイギリスから大事なものを毟り取とろうと手を伸ばした。
 結果、イギリスは爪と研ぎ、牙を剥いた。イタリアのように泣いて逃げず、剣をとって戦う道を選んだ。
 それが欧州の、世界中の流儀だった。時代の流れだった。弱い方が悪いのだ。そうやって周囲は無神経に振るまい、イギリスを泣かせ続けた。そこに正義も愛もなかった。
 自分も忘れられるかもしれない可能性に気付き、フランスはゾッとした。
 妖精達を怒らせればフランスもアメリカの二の舞いだ。彼らは手段を選ばない。それがイギリスの幸せだと信じればそうする。人間の常識は彼らには通じない。なんて恐ろしい。
 背を向けられるのには慣れているが、完全に忘却されるのはさすがに嫌だ。耐えられない。思い出さえなかった事にされる。殴られるより憎まれるより、忘れ去られる方が堪える。
 妖精達を怒らせてはいけない。
 かといってイギリスをこのままにしていていいかどうか分からない。
 フランスはこれ以上なくらい深々と溜息を吐いた。
 フランスの手には負えない。
 アメリカが来たら修羅場になる。
 そして、このままイギリスが忘れたままだとしたら、一体どうなるのか。
 欧州の、世界の対応は?
 来月に控えた世界会議がどうなるか考えて、フランスは暗澹たる気持ちになった。








 (ネタがオフで出してる内容とかぶるのでとりあえずはここまで。オフが終ったら続きます)


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