こんな米英で大丈夫か?(米英)






 だって冗談だと思ったんだ。

 たちの悪いひっかけとか、嘘とか、とにかくイギリスを騙す為の嘘八百、口からのでまかせ、パティージョーク、etc。

 だってだって。アメリカがそんな事言うはずないの知っているから、冗談としか受け取らなかった。
 言われた瞬間、アメリカンジョークも地に落ちたなと思った。
 こんなウェットのきいてないジョーク、若手お笑い芸人でも言わねえよ、センスゼロ以下、マイナスだ、ジャパニーズヨシモトに入学してこい…と思った。



 イギリスはよくよく考えた。
 ここでありきたりな返答をしたら同じレベルまで落ちちまう、そんなの世界の紳士の代表たる自分のする事ではない、何か恰好良い、ぴりりとした大人のジョークで生意気なガキの鼻をへこましてやりたいやらなければならない……と。
 だから「今日はエイプリルフールじゃねえぞ」と喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。ちょっとむせた。
 皮肉の効いたジョークはないかと探したけれど、ジャストヒットが思い浮かばない。
 日本がよく言う「ほらほら、あれあれ」と、言いたい事は分るのに適切な言葉が出てこない老人仕様の仕種……のような状態に陥ってしまった。
 しかしイギリスが何を言うのか期待を込めてこちらを見ているアメリカの手前、心情を表に出して慌てるわけにはいかない。
 ここは年上の余裕と紳士の品格でさらりとアメリカをあしらわなければならない。間違っても対等な会話を交してアメリカを図に乗らせてはいけない。
 沽券にかかわるというより、そこまで堕ちたくないという本音。
 だから。
 とっさに言葉が浮かばなかったイギリスはつい。





「……『俺も好きだったんだアメリカ』……と言ってしまったわけですか」
 日本の居間、畳の上に置かれたテーブルを挟んで緑茶と饅頭を前にうなだれていたイギリスは、薬局前のサトちゃんのように首を縦に振った。
 日本は呆れと哀れみと好奇心をシェイクしたような表情で長年の友人を観察した。
(一応)礼儀正しいイギリスらしからぬアポなしの突然の訪問に驚きはしたものの、日本は原稿の〆切りはないし、ちょうどいただきものの饅頭はあるしと、イギリスを喜んで招き入れた。
 どこぞの空気読めない弟分と違ってイギリスは、寝転がってゲームやりながらポテチとコークとバーガーを食い散らかしてひたすら自国賛美をする……なんてしないから、一緒にいてもストレスは感じない。見えないものが見えて幻覚と会話されるのにはドン引きだが、それ以外は(酒さえ飲まなければ)おとなしいイギリスだ。
 今回、危険物(手土産の手作り菓子)がなかったのもいい。よほど切羽つまっているらしい。
 アポありの訪問だと、イギリスは手土産と称した食物兵器……じゃなく手作り菓子を持参するから断るのに毎回苦労する。
「今、虫歯で…」「最近ダイエットを初めて…」「小麦粉アレルギーで…」「八百万の神様のおつげで洋菓子を控えております…」言い訳も尽きてきた。
 イギリスの事は好きだが、イギリスの入れてくれた紅茶は好きだが、イギリスの既製品のスコーンは好きだが、イギリス国家の手作りスコーンは……好き嫌い以前の問題、好悪のレベルを超えている。日本的大迷惑。
 しかし空気を読める日本人が『美味しい? 気に入ってくれる? 喜んで欲しいっ、褒めてっ』……ダダ漏れのイギリス相手に本音が言えるはずもなく。
「恐れ入りますすいません」と言葉を濁して逃げるしかない。
 だって、ぶっちゃけ不味いを通り越して苦い、硬い、えずく。すでに食べ物の域じゃない。

 いただき物の薄皮温泉饅頭と緑茶をさし出した日本は「最近やっと過ごしやすくなったんですよ。今年の夏は猛暑で……」と天気の話から始める日本人らしい日本クオリティーを晒して、イギリスが自分から訪問目的を話しやすくした。
 何か言いたげなそわそわしたイギリスを見れば、一発で『ああ何か相談があるんだな』と分るが、分ってもこちらからは問わないのが慎ましい日本人の美徳。面倒くせえという本音は八つはしに包んで隠す。
「突然の訪問すまない」
 恐縮するイギリスに、〆切りとイベントのない日本は寛容だ。ついでに迷惑弟の姿がないのもいい。
「いいえ、イギリスさんとは仕事ばかりではなく、プライベートでも御会いしたいと思っていたんですよ。アメリカさんはよく来られるんですが…(アポなしで。〆切り前に来たら放置の刑)」
 アメリカの名前が出たとたんイギリスの肩が揺れたので、日本は「ああまたあの人絡みですか。イギリスさんも捻りがありませんねいい加減弟離れしましょうよ」と思った。
 イギリスのプライベートでの悩みは大体決まっている。
 アメリカとかアメリカとかアメリカとか。たまにフランス、そして自分の手料理だったり。私事の悩みの八十%がアメリカ絡みだ。
 気持ちは分るが相談に来られても日本だって困る。
 アメリカのKYは世界の迷惑。
 そしてそんなアメリカを育てた子育て失敗者がイギリスだ。いわばイギリスの被害は自業自得。
『自分で育てたんでしょ! 責任とってよっ!』…と日本を含むアメリカに被害を被っている国々は言いたい、陰で言ってる心で叫んでる。
 独立されたイギリスは気の毒だが、子供を甘やかして育てれば手のつけられないガキになるのは当たり前。
 子育ては愛情だけでは駄目なのだ。ある程度の厳しさがなければ。いや、厳しくしすぎるとやっぱり反抗されるけど。
 イギリスとアメリカの関係は複雑だ。宗主国と植民地の元兄弟で、独立戦争後は友好国。
 ここまではよくある話だが、よくない話としてアメリカが育ての親のイギリスに片思いしている事だ。
 これはイギリス以外の主要国なら誰でも知っている。知らぬは当のイギリスだけ。
 イギリスの鈍さもあるが、アメリカのガキくさいツンデレがフラグをへし折る。

「君なんか兄弟じゃないよ」
「まっずいスコーンだよね。しょうがないからヒーローのオレが責任をもって処分してやるんだぞ」
「懐古趣味でダサいよ君。ニューヨークの最新のファッションでも勉強しなよ」
「庭弄りが趣味だなんておっさん臭いんだぞ、DDDDD」

 ……これで愛されていると思えるほどイギリスは愛に前向きではない。むしろ後ろを向いて泣いている。
 はてさて。今度は何しくさったんでしょうアメリカさん。
 またイギリスさんの手料理でもけなしたんでしょうか、それともイギリスさんの趣味を古くさいとバカにしたんでしょうか。
 しょうがないですね、素直じゃない若者は。…と、日本は波及する迷惑の根源アメリカを鼻で笑った。
 超大国とふんぞりかえったところで、中身は好きな相手に「好きだ」の一言も言えないケンタッキーフライドチキン野郎。カーネルサンダース似の腹で近親相姦純愛とは片腹痛い。
「またアメリカさんに何か言われたんですか?」
 言いにくそうにしているイギリスに助け船を出す。
 イギリスに任せていると話が進まない。
「ああ。……実は」
 イギリスは言った。
 実はアメリカが…。

「き、君が好きなんだぞ。言っておくけど兄弟でも友達でもない気持ちだぞ! 嘘でもジョークでもエイプリルフールでもないからなっ。これ以上フラグを折られてたまるかっ!」
「……好き? アイ・ラブ・ユー? ホワッツ?」
 イギリスは本気で分らなかったのだ。アメリカの言葉も気持ちも。
 なぜなら。
 今まで散々振られていたから仕方がない。
 兄弟である事も否定され、友達になろうと言っても、
「やーなこった」
 ……これで好意があると思えるはずがない。
 愛に不器用なイギリスはアメリカの言葉を表面どおりに受け取った。
 裏にある「兄弟じゃなく友人じゃない自分を見て欲しい。ただ一人の特別にして欲しい」…という切なる願いに気付かず「どうせアメリカはオレなんか好きじゃないんだ、だから独立されたんだはははは……」と落ち込んだ。
 裏をちゃんと言わないアメリカが悪い。
 イギリスとなかなかうまくいかないアメリカはアメリカの気持ちを察しないイギリスに苛ついていたが、関係がうまくいかない理由を推察して、根本的な事に気がついた。


 …………まともな告白ってした事あったっけ?


「だから君は、オ、オレと恋人になるべきなんだぞ、……恋人になって下さい」
 深紅のバラを抱え真っ赤になってイギリスに告白したアメリカは、いっぱいいっぱいで微笑ましい恋に悩む若者そのままだった。
 相手が可憐な少女や健康的な美女ではなく、自称紳士中身エロ大使の眉毛の太いイギリス人だからビジュアルに難があったが、愛に国境も性別も年齢も関係ない。
 二百年越しの初恋だ。引きずりすぎて高速走行トラックに引っ掛けられたボロ看板のごとし初恋だけど。大きく書かれた「愛」の文字も掠れて煤けている。
 その残骸のような愛をアメリカは後生大事に抱え……というか捨てようとしても戻ってくる呪いの人形のように捨てられず、とうとうアメリカは開き直って「諦められないのなら諦めなきゃいいんじゃね?」とばかりにイギリスへ片思いし続け、
恋愛の刹那さを味わっている。
 アメリカなりに真剣だが、年上の国々からすれば
「ぷぷぷぷ、あいつまだ告白できないでやんの、なにがヒーローだ、ただのヘタレじゃね? 純情もここまできちゃったらストーカーだよな? しかも相手があのイギリス? 趣味わるー」てな感じに大笑いだ。
 だいたい恋愛というのは当人より他人の方が冷静かつ客観的な視点を持っている。
 日本ものんびり「アメリカさんの初恋はいつ実るんでしょうね」と笑いながらフランスと賭をしていた。
 ちなみにフランスは「アメリカがぷっつんしてイギリスをレ●プ、うやむやのうちに恋人に」と予想し、日本は「泥酔したイギリスが無意識にアメリカを誘惑、アーッな展開で一夜が明けて三日夜の餅を一緒に食べる」と予想した。……アメリカの家にもイギリスの家にも餅はない。
 そしてとうとうアメリカに告白されたイギリスだが、今までが悪すぎた。
 アメリカに期待しても裏切られ、裏切られ続けて……ヤンデレってやさぐれて、諦めた。
 どうせオレなんか愛されるわけないと自分に言い聞かせ心を慰め、自分を納得させた。
 期待しなければ裏切られても辛くない。
 イギリスのズタズタギザギザハートは触るものみな傷つけて自分も傷ついて諦めという子守唄を歌った。
 真っ赤になってイギリスに告白したアメリカの言葉にも態度にも嘘はなかったが、イギリスは今までのアメリカの態度を知っているから全く信じない。
「はーん、またか。こんな手に引っ掛かるオレじゃねえよ。なめるのもいい加減にしろ」と頭から嘘だと決めつけた。
 そして、こんなくだらないジョークを言うバカなアメリカ人をこきおろしてやろうと復讐を考えた。
 どうせイギリスが本気にしたら、ドッキリカメラという看板を持ったフランスがその辺の陰から出てきてアメリカと一緒になってイギリスを笑い者にする算段だろう。
 そうはいくかとイギリスはフランスが出てきた途端、高速の回し蹴りでけり飛ばす事にした。
『バカなイギリス人』と題してユーチューブにでも流すつもりだろうが、撮れるのは間抜けなイギリス人ではなく空を低空飛行するフランス人だ。
 革靴の底をフランスの横顔にめりこませる事を想像してイギリスはドキドキした。
 騙されないぞとアメリカの嘘を看過したイギリスは、アメリカににっこり笑って
「オレも大好きだ。告白してもらって嬉しい、幸せだ。ありがとう。……でも本当にオレなんかでいいのか? おまえ、明るい女の子がタイプなんだろ?」と言った。
 心の中でフランスを蹴り飛ばす準備を始める。 
 さあどこからでも来いっ、今日がヒゲの命日だ。
 フランス撲殺ならぬ蹴殺を想像してイギリスは幸せな気持ちになった。
「え…と……、たしかにオレは話が合う明るい子が好きだけど、今まで本気で好きになったのは、イギリスだけだよ。君は根暗で趣味古くさくておまけに男でいい事一つもないけど、それでもオレは君だけが……」
 愛の告白とは思えない台詞。
 そしてイギリスは思わなかった。
 なんだやっぱりこいつはオレの事なんて好きじゃねえんだ。なんで好きだなんて嘘言うんだ、フランスと賭でもしてんのか、スペイン辺りも混じってるかもしれないあいつらマジぶっ殺すとイギリスが思ったのも無理はない。
 フラグクラッシャーと若造ツンデレでフラグが立つわけない。立ってもすぐ倒れる。
「じゃあ、オレ達、つ、つき合う? 恋人に…なるんだろ?」
 そう言ってうつむいたイギリスをアメリカは思いきり抱き締めた。
「きょ、今日からオレ達こ、恋人だぞっ。オ、オレ、君を幸せにするよ。絶対にっ!」
 万力のような腕にホールドされたイギリスは圧死しかけた。後日整体に通うはめになったイギリスはアメリカへの訴訟を本気で考えた。
 それからアメリカは毎週……とはいわないまでも休みのたびにブリテン島に飛んできた。
 イギリスの作った不味いメシを食べ、イギリスの焼いたスコーンを嬉しそうにありがとうと手土産に持って帰り、時々イギリスに花を贈って「君に似合うと思って」と微笑み、イギリスにキスしようとして拒まれると悲しそうな顔をして慌ててとりつくろって「ま、まだ早いよねオレ達つき合ってまだ間もないし」と言い訳し、ようするに恋愛小学一年生を初々しくやっていた。
 つき合されるイギリスは「こいついつまで演技してんだ? とっくにバレてんだよ、バッカじゃねえの?」と思っていたが段々と「もしかして、これ演技じゃなくて本気か?」と疑い出し、フランスをボコッて「てめえとアメリカとグルだろ賭してんじゃねえのか」と問い詰め「濡れ衣だよっ! お兄さんを巻き込まないでええええっ」というフランスの悲鳴に一緒にイギリスも青ざめた。
 え、マジ? 本気と書いてマジと読むアレですか?
 アメリカ、マジでイギリスに告白したの?
 イギリスはなんて返事した?
 笑顔でオッケーと言ったよね、イエスと言ったよね、恋人乙と言ったよね、と自分の発言を振り返り後に引けなくなった事を知った。
 イギリスはアメリカを愛していない。昔は愛していたけれどその愛を捨てられバカにし続けられて愛は色褪せてなくなった。
 そのアメリカと恋愛?
 ありえねーっというのが本音だからアメリカが本気でつき合っている気になってイギリスを訪ねてきていると知って、一気にプレッシャーを感じた。
 おまえなんか好きじゃねえよ、恋人になんかなるわけないだろと言いたい、言ってしまいたいが、タイミングを逃して言えずにいる。
 そんな状態だからアメリカが訪ねてくるのが重い。重圧だ。背に乗るプレッシャー。
 イギリスの胃はキリキリ痛む。
 アメリカがイギリスを恋人だと思い、笑顔を向けてくるのが重い。
 ああなぜあの時「今日はエイプリルフールじゃねえぞ」と言わなかったのかと後悔しても遅い。
 アメリカは休みのたびにブリテン島に来るしメールは頻繁だし電話もぽつぽつ来るしで、イギリスは追い詰められている。
 切羽詰まったイギリスの「助けてドラエモンーっ!」のドラエモンはフランスか日本の二託だ。近いという理由で九割フランスだが。
 しかしフランスはイギリスが絞めてしまったので今は使えない。
 というわけでイギリスは日本に助けを求めた。


「はー…」
 日本はお茶を飲んで溜息を吐いた。
 まさか二人がそんな事になってとっくにくっついていたとは知らなかった。情報漏れだ。
 〆切りとイベントと仕事にかまけていたら、その間にアメリカとイギリスがくっついていた。
 どうりであのメタボ最近うちに来ないはずです、と日本は思った。
 しかしさすがイギリスさんです。アメリカさんの告白を引っかけだと思って裏をかいて両想いになるとは。そして引っかけるつもりで逆に引っかかってしまった事に気付いて慌てて相談に来るとは。ドジっ子乙です微笑ましい。
 日本が感心していると、イギリスが「日本……オレはどうしたらいい?」と聞いてきた。
「イギリスさんはアメリカさんと別れたいんですか?」
「別れたいというか……もともとつき合うつもりなんてなかったし……」
「瓢箪から駒、という事でこのままなし崩しにお付きあいなされてはいかがですか?」と勧めてみる。
「アメリカとオレが? 恋人として? ねえねえ、ありえねえって。男は論外だ、ましてやあのアメリカだぞ? ないない、ありえなさすぎる」とアメリカが聞いたら号泣しそうな台詞でイギリスは全否定した。
「だから。……どうやったらアメリカとキレイに別れられる?」
 イギリスは日本に縋るように聞いた。
 そんなの日本が聞きたい。
 バカでKYでメタボでガキだけど超大国、その気になればよりどりみどりのアメリカが捨てるに捨てられず二百年抱えていた初恋の成就だ。
 今、アメリカは浮かれて浮かれて「オレ様超ハッピー」状態だろう。
 今までの痛々しい対イギリスのアメリカを見てきた日本は言えなかった。
「イギリスさん、無理です……」と。
 なんて難題。
 アメリカの告白を嘘だと決めつけたイギリスがいけないが、散々イギリスを傷つけてきたアメリカも悪い。
 どっちも悪いから痛みわけでドローだけど、ピュアな気持ちでイギリスへの愛を抱えていたアメリカに「あなたの自業自得もあるのだから仕方ありません、イギリスさんはアメリカさんの事好きじゃないんだし」とは言えない。
 空気読める日本人の日本は唸る。
「……日本、どうしたらいい?」と段ボールに捨てられた子犬のごとき目で見られて日本は「そんなの知りませんよ。自分で撒いた種でしょ、こういう時こそ腐れ縁のフランスさんに相談して下さい」と思ったがやっぱり言えない。それよりも。
「次の新刊のネタいただきましたごちそうさま」……と思ってしまったから、相談料を先払いでもらってしまったようなものだ。最後まで相談にのりきらなければならないような気になる。
「別に好きな人ができた、と言うのは?」
「それはオレも考えたが、相手がいない。迷惑をかけられない。相手はあのアメリカだぞ。どんな報復手段をとってくるか」
「フランスさんとか…。あの人なら自力でなんとかするでしょう」
 日本は容赦なくフランスを犠牲の羊に差し出す。フランス→イギリス←アメリカのドロドロ三角関係ネタもありですねえと、煩悩で思う。
「一応考えたが、あのヒゲに愛を囁く事を考えたら殺意しか湧かねえ。本気で好きならキスくらいできるだろ、なんて言われたら困る。日本も一応候補に入れたんだけど……」
「やめてくださいっ!」
 日本は恐怖に戦いた。
 イギリスの事は好きだがアメリカを敵に回すなんてごめんだ。自殺フラグ。
「…うん。アメリカに日本が恨まれるのは嫌だからな」
 しみじみ言われて、イギリスが本当に参っているのを知る。

 ドンドンドンドン。
玄関のドアが叩く音がした。
 日本の顔が青ざめる。
「…客か?」
「アメリカさんですっ」
「え、なんで分る?」
「この傍若無人の叩きかたはアメリカさんしかいませんっ」
「げっ、どうしよう、日本っ」
 イギリスは焦ったが日本も焦る。おおかたイギリスにデートを断られたアメリカが時間を潰す為に日本の家に来た、という事だろう。バッドタイミング。
 今ここで三人が顔をあわせるのはまずい気がする。日本のシックスセンスが言っている。
 恋する男は狭量だ。日英同盟を邪魔して破局させたのはアメリカだ。あらぬ誤解をして男の嫉妬丸出しをこちらにぶつけて欲しくない。
 しかしイギリスを放り出すのも可哀想だ。
 仕方ないと日本は腹をくくった。
「イギリスさん。台所をお貸ししますから料理を作って下さい。そしてアメリカさんに出して下さい」
「なんで料理?」
「食事に一服盛って、アメリカさんが寝ている隙に逃げましょう」
 日本は食物兵器に汚染される台所を思って落ち込む。
 そしてアメリカが寝入ったらこれをネタにさっそく原稿に取りかかろうと思った。
 次こそ割引き入稿だ。