鋼の錬金術師 TV放映
■■第1話妄想■■(勝手に妄想したよ!)
「大変な事になった!」
上官……ロイ・マスタング大佐の焦った声に、リザ・ホークアイ中尉は僅かに眉の間を寄せた。
ロイの動揺した声に反射的にホルスターに手が伸びかけて、ここは中央司令部だと思い直す。ホームグラウンドの東方司令部ならともかく、出張先のセントラルで刃傷沙汰はさすがに不味い。それにロイ・マスタングの大変な事がミスや不祥事とは限らなかった。絶対に終らせなければならない書類は全て終らせてセントラルにきたのだ。仕事をすっぽかしたとかど忘れたとか延長したとか、そういう事ではないと思う。もしそうだったらフルボッコの刑だと冷静にホークアイは思った。
ホークアイは何が大変な事なのか、冷静にジッと上官を見て続きを待った。
ロイは副官の質問が返ってこないので自主的に報告した。
「実は大総統から直々にテロリストの捕獲を命じられたのだ!」
「それはそれは。……仕事が一つ増えましたね。…………で?」
さっさと続きを言えとホークアイ中尉は目で促した。
ロイは椅子に座り、重々しく言った。
「そのテロリストというのは、実は元軍人で……元国家錬金術師だ」
「そうですか。……ではもしかして相手は大佐のお知り合いですか?」
「……まあな。君も知っているかもしれない。彼もイシュヴァール戦にいたのだ」
「……そうなのですか」
ロイの憂鬱そうな表情にホークアイもつられそうになる。戦争の思い出に楽しい事など一つもない。悪夢の塊のような記憶の集合体がイシュヴァールの過去だ。
「……知人だからテロリストに堕ちた元同胞を逮捕する事を躊躇っているのですか?」
珍しいと思いながらホークアイは聞いた。ロイ・マスタングは軽い気質のように見えるが、仕事に関しては驚くほど非情で冷静だ。だからこそ年若くして出世した。情を大事にするが、それはそれと割り切る冷徹さも同時にある。
副官のホークアイは上官の計算高さと有能さをよく知っていた。
「……違う」
「では何か別に問題があるのですか?」
ロイはホークアイから顔を逸らした。つまり言い難い事があるとあからさまな態度だ。
ホークアイは「問題がないのでしたら、大総統からの命令内容を指示して下さい。そのテロリストの詳細の資料はいつ届く予定なのでしょう?」と聞く。
「資料はすぐに届く。それを見れば彼がどんな人間か分かるだろう。捕獲作戦もすぐに指示するが……」
言葉を濁すロイにホークアイはこの上官うぜえ、と思ったが顔にも声にも出さなかった。ばっかみたいとは思ったが。言い難い事でも必用な事柄ならばどうせ最後には言わなければならないのだ。最初に言おうが最後に言おうが内容に変化はないだろうに。言い淀む時間が無駄だ。ホークアイには無駄にする時間などない。勿論ロイにも。
「……大佐。必用な報告があればおっしゃって下さい。後から言われて対処に遅れては困りますから。……それともそのような報告はないというのですか?」
時間が無駄なので、仕方無しに水を向ける。とろい上官の心中を慮ってやれるほどホークアイは暇ではなかった。上官のおつきとはいえ、ロイのバックアップを全面的に任されているホークアイにはやるべき事が山とある。睡眠を削って働いているのだ。これ以上の睡眠不足は加齢を促進する。そうなったら上官を銃の的にしてやろうと心に誓う。死ななければいいのだ、死ななければ。
ホークアイの物騒な心中を察したのか、ロイはヒッと顔色を青くする。仕事をサボったり決済書類を溜めたりした時のホークアイと同じ気配がしたのだ。
「わ、わたしは何者も恐れない。例えイシュヴァール戦を共に戦った同胞とはいえ、彼は今はもうテロリストだ。容赦はせん。相手は強いが、私は絶対に負けない」
「……強いのですか?」
「ああ。あの男の強さは本物だ。錬金術戦も見事だ。敵ながらほれぼれする。味方なら心強いが敵に廻れば厄介だ。普通の軍人では歯が立たない」
「だから大佐が捕獲を命じられたという事ですか」
同じ国家錬金術師だから。
「国家錬金術師には国家錬金術師という事だ。同じ人間兵器同士。市街地が戦場と化す。早めに決着をつけなければ死体と瓦礫の山が増えるばかりだろう」
「厄介な相手ですね。……しかし大佐には勝算はあるのでしょう?」
「勿論だ」
ホークアイはロイの強さには全面的に信頼を置いている。戦場で散々ロイの活躍という名の虐殺を見てきたのだ。非情さ、容赦の無さと強さは誰より知っているつもりだった。ロイ・マスタングは雨でさえなければ無敵なのだ。そして今日は快晴で、たぶん天気は数日変わらない。ホークアイは上官の為にちゃんと天気をチェックしてあった。副官の当然の仕事だ。弱点へのフォローは怠らない。
「雨は当分降りませんから御安心を」
だから何も心配せずに戦えと思う。
しかしロイの顏色は優れない。これ以上何があるのかとホークアイはロイが口を開くのを辛抱強く待った。
「中尉」
「はい」
「実は一つ問題がある」
「なんでしょうか?」
ロイは重い声で言った。
「テロリストの名はアイザック・マクドゥーガル。国家錬金術師だった時の銘は、氷結の錬金術師」
「氷結の? ……氷結……すると…………まさか?」
「そのまさかだ。ヤツの錬金術師の属性は水だ。ヤツは水と氷の錬成を得意とする」
「…………大佐とは真逆ですか」
「……私の攻撃が焔で、あいつが水。…………わ、私は無敵だ。無敵なのだが………………相性って大事だと思わないか?」
真実の言葉が虚しく部屋に響いた。
「…………万が一の為、替えの手袋を沢山用意しておきます。……しかし、なるべくならばタイマンの戦闘はお控え下さい。手袋を替えている暇がなければ、死にますよ」
冗談でも言って欲しく無い単語がホークアイの口から出たが、ロイは咎められなかった。何故ならホークアイは微塵も冗談を言っていなかった。
どこまでも冷静に語られて、ロイは素直に一言、「…………はい」と言った。涙が出そうになった。
「どうした、ロイ。テロリストを無事捕まえたっていうのに辛気くさい顔してんな」
ヒューズが調子の良い声と共に入室してきた。
「お手柄だったじゃないか」
「私は錬成陣を破壊しただけだ。それにアームストロング少佐も参戦したから私だけの手柄ではない」
ロイは謙遜というより微妙に嫌そうな顔で言い訳のように言った。
「誰が捕まえようが手柄はお前さんのもんになったんだろ。んな顔すんな」
ヒューズは盛り上げるようにロイを誉めたが、ロイは素直に喜べなかった。
何故なら、昨晩のロイの格好悪い失態を部下達が……というよりエルリック兄弟が知ってしまったからだ。
『大佐が無能なのは雨の日だけじゃなかったんだ、ケケケケッ』
『……中尉が替えの手袋を用意してくれて助かりましたね。…………でも毎回こんなに手袋持ってきてるんですか?』
優秀な副官は鞄一杯に発火布の手袋を用意していた。
エドワードのクソ生意気な表情と、アルフォンスの素直な呆れ声にロイの年上のプライドは大いに傷ついた。……が、予想通りの絵に描いたような失態を自分でも恥ずかしいと思うので、ロイは何も言えなかったのだ。何か言えば墓穴になると分かりきっていた。大人の言い訳に誤魔化されるほど無知なお子様達ではない。無言で何でもなかったような顔でいるのが一番被害が少ないと判断した。……ので黙って耐えた。大人は辛い。
ここが東方司令部でなくてよかったとロイは心から思った。子飼いの部下達にまで失態を知られたら上官の権威は失墜する。ただでさえ副官の尻に敷かれているとか陰口叩かれているのだ。若くして出世したから陰口悪口嫉妬は付属品のようなものだが、格好悪いと笑われるのは流石に嫌だった。ロイは男らしく見栄っ張りなのだ。
「年長者の言う事は素直に聞いておくもんだって。素直に喜べロイ」
ヒューズの思いやりある言葉に、ロイは増々微妙な顔つきになった。
それは普段からロイがエドワードに言って聞かせてる言葉だったからだ。聞かされる立場になって初めて素直に返事ができないエドワードの心中が分かってしまった。
隣ですまして聞いているホークアイが内心で失笑しているだろうと分かってしまうので、増々憂鬱なロイだった。
初回からキャラクター多数登場。「私の焔を舐めるなーっ!」が、格好悪くてなんか良かった……
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