公爵夫人秘密 01
Alphonse×Edward♀


第三章

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「やあ、どうだった? 受かっていただろう? 実は私の推薦した子供が合格すると事前に連絡があってね。『あの天才児は一体何者ですか?』と問い合わせが来たのだよ。始めは子供が合格するわけないと不正が疑われたようだが、後半の実技は絶賛の嵐だ。さすがは私の推薦した者だと褒めちぎられた。……君はどうやって皆に合格を認めさせたのだ? 私にもぜひ錬成を見せてくれ」
 ……としれっと言ったロイの阿呆を、両手を合わせて建物のオブジェにしたっけ。
 筆記試験で高得点を出したオレだけど、流石に十四歳でこんな点数が出せるわけないと疑われた。オマケにマスタング公爵が、権力にものを言わせて試験開始二分前に突然受験者を捩じ込んだとあっては、裏があると不正を疑われるのは当然で。
 面接であからさまにそう言われたオレはムッときて(その時はまだ大学受験だと思っていた。オレの阿呆、なんで気がつかなかったんだ…)「実技を見て判断しやがれオレは天才なんだよその辺の凡才と一緒にすんな」と啖呵を切った。
 考えなしの猪突猛進にいつも後悔するのだが、反省が身についたためしが無い。喉元過ぎれば熱さを忘れるのがオレの欠点だ。
 見てやがれ頭の固い化石共め、これがオレ様の実力だコンチクショウ……とオレは普段は隠していた錬成…………錬成陣なしの錬金術を披露してしまった。
 オレの両手が合わさる度に起こる完璧な錬成に、試験官達と他の受験生は目を剥いた。
 それはそうだろう。錬成陣を使わない錬金術なんてどんな資料にも載っていない。王家秘蔵の特別図書館の禁書でもなければ載っていない禁忌の術なのだから。
 しかしオレは散々問われた問いに一つも答えず沈黙を守った。答えられるはずもない。この錬金術が使えるのは禁忌を犯したものだけなのだから。
 オレの錬成方法は判らなくても、術師としての力量は見る人間が見れば一目で判る。そういうわけでオレの不正疑惑はすぐにたち消えた。
 逆に突然彗星のごとく現れた天才児って評判になってしまった。目立つ行動はするなと言ったのはロイなのに。

『国家錬金術師ってなんだーーっ! オレを騙したな!』とロイを締め上げても全ては後の祭り。
 最年少国家錬金術師エドワード・ハーネットの名前はまたたくまに広まってしまった。
『はっはっはっはっ。目立つ行動は控えろと言ったのに君はしょうがないなあ』
『テメエが無理矢理受けさせたんだろ!』

 ロイの無能が言うには、受かるはずないと思い面白そうだからと気軽に企んだという事だ。落ちたオレを見て楽しもうと思っていたらしい。(阿呆か)
 そりゃまさか、たった十四歳で国家錬金術師試験に受かる女の子がいるとは思わないよなあ。ロイにすれば可愛いお茶目な悪戯のつもりだったらしい。
 しかしオレが天才だったので、全然お茶目にならなかった。

『どーすんだ! 偽の戸籍がこんなに目立っちまって。今更資格返上しますっても無理だろ!』
『国家錬金術師は合格したら資格返上しても永遠に名前だけは残るからなあ。大変だ』
『他人事みたくあっさり言うな! 今は男子でも通るが、いくらなんでも大人になったらオレが女だってバレるぞ。国家錬金術師に登録されちまったら戸籍の抹消だって難しくなる』
『その時はまた新しく戸籍を作って人生やりなおせばいいじゃないか』
『そんな犯罪者人生みたいなの嫌だ!』

 喧々囂々とロイとやりあった結果、オレは成人するまでは国家錬金術師エドワード・ハーネットで通す事にして、頃合を見計らって戸籍を女性に直す事になった。
 アームストロングのおっさんとかその他権力者の協力があって、裏工作だけは完璧だった。
 オレが言うのもなんだけど、それって犯罪……。
 おかげでエドワード・ハーネットの履歴は全く外に漏れていない。調べてもエドワード・ハーネットからは何も出てこないので、最年少国家錬金術師は謎に満ちた存在だと噂されている。
 バレたら困る事が多すぎる身なので、オレはなるべく顔は晒さないようにし地味に活動してきた。


 そんなオレが、敬遠していたホーエンハイム公爵家に来たのは、アルフォンスの為だ。
 オヤジは死んだがアルフォンスはまだ子供なので、十六歳になるまでは公爵の称号が継げないでいる。
 こういう時小説なら陰謀企む親戚が未成年のアルを手なずけて、もしくは抹殺して公爵家を乗っ取ったりするものだが、現実はあっさりしていた。
 オヤジが死ぬ前にタチの悪い親族をザクザク葬りさっていたので近い血の親族は少なかったし、後見人に立ったアレックス・ルイ・アームストロングが睨みを効かせているからアルの身辺は静かなものだった。
 そんなアルフォンスの側に波風立てに来た理由とは……母の遺言があるから。オレはソレを果たす為にわざわざここまでやってきたのだ。
 それと……成長した弟に会ってみたかった。
 始めは遠くから見るだけで満足していたが、孤独な弟の身辺を知るにつけ会ってアルフォンスと親しくしたいという欲求が高まった。
 オレの申し出をロイはノーとは言わなかった。賛成していたわけではないがオレの選択だと、傍観する事にしたらしい。
 来て良かったと思う。会った瞬間に一気に弟の事を思い出した。あんなに大好きだったのにどうして忘れていられたのか判らない。きっと会えない寂しさに自ら忘れようと自己暗示をかけていたのだろう。天才だったオレはそういう事までできちゃったのだ。
 再会してアルの事が大好きだと思い出した。姉と名乗れなくても親友にはなれるかもしれない。
 孤独な弟の心を癒し守ってやりたかった。
 子供を取り上げられた母の分まで弟を愛するのだ。
「アルフォンスの事はオレに任せろ。アイツに自由や幸せってものがどんなものか思いださせてやる! それが姉であるオレの役目だ」
「やる気満々なのはいいですけど、絶対に無茶はしないで下さいね」
 マリアさんが念を押す。
 この屋敷にはオレの協力者が何人かいる。元々公爵家にいた者、アームストロング家から派遣された者。彼らに協力してもらってオレはここにいる。
「大丈夫、大丈夫」
 笑って任せろと言うオレに「ちっとも大丈夫じゃありません。『エドワードは除雪車のように力強く無茶苦茶な子だから、しっかり手綱を握ってくれ』とマスタング公爵にも言われてるんです」
「余計な事を。十六歳の乙女を除雪車に例えるとは何事だ」
「自分が乙女と自覚なさっているくらいなら誰もそんな事は言いません」と、マリアさんが呆れて言った。
「もしエドワード様が暴走したら麻酔銃で撃ってもいいから止めろと言われております」
「オレは猛獣かよ。ロイのヤツも人をなんだと思ってるんだか。普段ホークアイさんに銃を向けられている腹いせだな」
 二年で互いの肚を知り尽くしたライバルのいる南に向かって中指を立てる。
「マスタング公爵様にそのような事を言われるなんて、エドワード様はあちらで何をなさったのですか?」
「……い、色々かな?」
 疑心暗鬼のマリアさんに、はははと笑って誤魔化す。
 マスタング公爵の近くにいた二年間はスリルとサスペンスに満ちた日々で、そりゃあとても殺伐とした日常を過ごしてきました……とは言えない。
 陰謀とか乱闘とか殺しとか……ちょびっとだけ? …あったし。
「くれぐれもこの屋敷では大人しくなさって下さいね。エドワード様の事はおおっぴらにできないのですから」
 問題児を引率する教師のような声に、オレは「大丈夫だから信用しろよ」と明るく言った。
 しかしなんだって公爵家の腹心はこういうしっかりした美人ばっかなのかな。
 マリア・ロスさんはホークアイさんとは違うタイプだが同じく若く美人で、しっかり者の女性に弱いオレは、首根っこ押さえられたネコみたいに素直に言う事を聞いてしまう。
「本当に頼みますわ、エドワード様……ではなくウィンリィちゃん」
「判っておりますわ、マリアさん」
 スカートを両手で摘み膝をやや曲げ、微笑みと共に軽く頭を下げる。
 ロイをして完璧と言わせた淑女の挨拶だ。
 平民にして公爵の娘。それがオレだ。
 ポカンとしたマリアさんにオレは共犯者の笑みで手を伸ばした。





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