モラトリアム
第ニ幕


第一章

#04



 国家錬金術師になって数カ月後。
 ニーナを助けられる可能性に気が付いたオレはタッカーの事をできる限り調べた。国家錬金術師は申請すれば国家錬金術師の名簿の閲覧ができる。しかしショウ・タッカーは未だ国家錬金術師になっていなかった。つまりタッカーは自分の妻をまだ合成獣にしていないという事だ。タッカーを見つけ出せれば悲劇は防げるかもしれない。
 判っていてもオレはまだ動けなかった。
 母さんの病気は日々進行し、死へのカウントダウンが始まっていた。一日でも早く特効薬の完成を急がなければならない。オレが遅れれば母さんは死ぬかもしれない。その恐怖がオレの足を固定した。
 ニーナの母親の事は気になったが、未だ国家錬金術師にさえなっていない一介の錬金術師を片手間で調べるのは無理だった。ロイに頼めば何とかなるかもしれないが、理由を上手く説明する事は困難に思えた。ロイ・マスタングは鋭く、オレの嘘には騙されない。
 母さんの事だけで手が一杯で今は動けない。
 オレは自分にそう言い訳した。


 鎧のアルフォンス。ニーナの母親。
 のしかかる罪悪感。
 考えれば動けなくなる事が判っていた。
 エゴイストでも今は母さんの命の方が大事だった。
 だからオレは母さんの側にいて、母さんの事だけを考え続けた。罪悪感の芽を踏み潰した。まだ大丈夫だと自分に言い訳した。
 その時のオレは鬼気迫っていたと思う。顔が恐いと母さんにも周りの人間にも言われた。
 でも仕方がないじゃないか。オレはちっぽけな錬金術師で、この手で守れる人数には限界があるのだ。二本の腕では母さんとアルしか掴めない。何でもできると思っていたのに、実際にできる事は限られていた。
 結局オレは一人を助ける為に他の人の死には目を瞑ったのだ。その身勝手な罪悪感がオレを苛んだが、その痛みさえも感じる資格はないのだと思うと心の置きどころがなく、そういう自分を誤魔化したくて一層研究に没頭した。やる事があれば他の事を考えずに済むのがありがたかった。
 何も考えたくなかったから身を粉にして働いた。周囲は母親の為に熱心だと思ってくれたので、オレもそう思い込む事にした。でないとのしかかる罪の重さに耐えられなかったからだ。
 人体錬成に失敗した異形の母さんの姿を脳裏に置き、あんな事は二度としない、だから何としても助けるのだと自分に言いきかせた。母が助かる事でオレは罪悪感の一つから開放されると思った。二度と異形の母の夢はみなくて済むのだ。
 たぶんオレは何も成長できていないのだ。人体錬成を行った十一歳の時から中味は止まったままだ。
 けれどオレの前の道はそれしか無かったのだ。
 慎重な行動と保身はオレの為ではなく家族の為だった。それでなくても九歳で国家錬金術師になったオレには、周囲の興味と懐疑の視線が付きまとっていた。ヘタな動きをして付け入る隙を与えてはいけないと思い、ひっそり用心深く動くしかなかった。
 自分に言い訳している時点で自分に嘘を付いていると判っていたが、何が嘘で何が本当なのか自身を見る事も適わず、オレは仮面を被り続けながら平静な顔の下で焦燥混乱していた。







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