エピローグ
------十二月某日。
『リゼンブールで住宅が全焼。焼跡から五人の遺体が発見される。
遺体の損傷は酷いが歯形からその家に住む人間と断定。
家族の一人は国家錬金術師であり、遺体と見付かった銀時計から本人と確定。
……出火原因は暖炉の残り火が燃え移ったと推測される。
深夜で家人は目覚める事なく全員死亡。
エドワード・エルリックの死亡確認と同時に国家資格は失効となる』
「自分の葬式を見る機会なんてあんまねえよな」
「兄さん。悪趣味だよ。もう帰ろう」
「もうちょっと見てようぜ。……皆泣いてら」
「皆本気で泣いてくれてるんだね。……胸が痛むなあ」
「この国を守る事で償いになるさ」
「ウィンリィも泣いてるね。本当の事知ってるのに」
「そりゃ二度と会わないって言ったからな」
「ウィンリィ、勝手だって怒ってたね」
「どんなに言ってもウィンリィもばっちゃんも一緒にシンに行かなかったな」
「この国には機械鎧技師を必要としてる人が沢山いるからって。ウィンリィらしいよね」
「母さん達は今頃砂漠越えかな。砂漠は暑いから母さん大丈夫かな?」
「父さんがついてるから大丈夫だよ。それにフーさん達もついてくれてるし」
「まさか母さん達を国外脱出させる事になるとは思わなかったな。……これで本当に二度と会えなくなった」
「生きてればいつかまた会えるよ。ボクらがこの国を平和にして、いつか母さん達を迎えに行こう」
「はは……いつになるやら」
「五十年後でも百年後でもいいよ。ボクは兄さんがいれば寂しくないから」
「アル……」
「これからは二人きりだね」
「なんか昔に戻ったみたいだな。思えばオレ達って旅ばかりしてるよな。今度は故郷にさえ帰れなくなったから本当に彷徨い人だな」
「兄さんと二人なら永遠の彷徨い人でも構わないよ」
「………………お前ら、不謹慎だぞ」
背後から声を掛けられて兄弟は振り向いた。
「あ、大佐」
「なんだ大佐、葬式抜けてきたのかよ?」
「茶番だと知ってるからな。なのに場は辛気くさいし下見てるのも首が疲れるし、居心地悪いので抜けてきた」
葬儀用の顔から一変、ロイは日常の顔に戻った。
軍人は葬式でも軍服で済むから楽だとロイは言う。
「あー。死体が偽物だって知ってるのはロックベル家だけだからな」
「皆を騙して悪い事してるよね。……でももう会えないんだから死んだも同じだ」
「自分の葬式って滅多に見られないから見ごたえあるぜ」
「趣味悪いよ兄さん」
「どうせなら火事じゃなくてドッカンと爆発で吹っ飛ばしたかったんだけど、アルと親父に反対されて火事で死亡する事になったんだよな。お前らどうしてオレの反対ばかりするんだ?」
「兄さんが無茶ばかり言うからだろ」
「一回やってみたかったのに。……火事は嫌いなんだよ」
「……好きな人いないよ」
「なのにアルはそっちにしようって言うんだもんな」
「やりなおすきっかけなんだから、同じ事をしたかったんだよね。全部焼けちゃって……また家がなくなっちゃったね」
「その方が未練が残らなくていいだろ」
「ボクらの再出発だね」
「おう」
ロイは自分達の葬式を遠くから伺う兄弟に、冗談に紛らそうとして紛れない決意を感じとり、胸が震えた。
エドワード・エルリックとその家族は全員死亡した事になっている。けれど本当はエドワード以外は全員シン国に亡命したのだ。
それがエドワードの意志で、父親の協力を得てエドワードは家族を避難させた。この国と戦う為に。道は違えど目的はロイと同じだ。
ロイは規格に収まらない危うい同胞に目を細める。
本当にとんだガキだった。
『この国はいずれホムンクルスとそれを操る人間……と呼んでいいのか分からない化物に潰される。クセルクセス国は奴らに潰されて糧にされた。この国も二の舞いになる。そうさせない為に反政府活動に身を投じる。絶対にこの国を救う。クセルクセスやイシュヴァールと同じ悲劇は起こさせない。
……でもそれには家族がいてはできない。オレは真実を知っている。戦えばいずれそれがバレる。アイツらはオレが扉を開けた事も知ってるし、監視の目はしつこい。
家族を巻き込まず戦い続けるには家族を手の届かない外国に逃がすしかない。だから親父が必要だった。母さんは言葉も分からない外国に行くのを嫌がるだろうが、親父がいれば別だ。あの人はホーエンハイムがいれば満足なんだから。アルとニーナは子供だから早くに馴染むだろう。
死んだ事にすれば軍も怪しまない。時間稼ぎになる。
シンに行く方法だが、これからシンの皇子がアメストリス国に不老不死の秘密を探りにやってくる。そいつと交渉してシンに亡命させてもらう。ホムンクルスの事を教えれば飛びつくだろう。筋書きはできている。
母さん達がシンに密入国する為に家を出たら、人工的に作った人間を置いて火をつける。火事で焼け死んだ事にすれば誰も疑わない。そうしたらオレ達は二度と故郷には戻らない』
エドワードはずっと考えていたそうだ。自分がどう生きるべきか。エドワードは目的の為に全速力で生き抜いてきた。初めは母の為。次に弟の為。
目的がなければ走れず腐るのがエドワードと言う人間の特製だ。泳ぎ続けなければ腐って死ぬ魚のようにエドワードは目的に向って走り続けるのだろう。
今回の目標は『打倒ホムンクルス』だから達成するまで長い。もしかして生きているうちに達成できるかどうかも分からない。それでも一人ではないエドワードは隣の温度に満足して傷だらけになりながら走るのだ。
一生隣にいるアルフォンスは「仕方がないなあ」と笑って兄を独占しながら権謀術数をくり広げ、それなりに幸せな人生を送るだろう。
全くどうしょうもない兄弟だと思う。だが同時に羨ましいと思う。二人はお互いに縛られるがそれ以外のモノから自由になって生きるのだ。
ロイの視線にアルフォンスが「何?」と聞く。
「それが未来の世界のアルフォンスの身体か。……同じ人間なのにこちら側とは微妙に違う気がするな」
「入っている精神が違いますから」
「アルフォンスの肉体まで取り戻すとはエドワードが考える事は予測がつかないな」
「そうですね。グリードさんと交渉して賢者の石を貸してもらって扉を開こうだなんて、ホント大胆です」
「扉に向こうに君の身体があるなんて半分信じられなかった…。錬成陣の中からアルフォンスが出てきた時には驚いたな」
「大佐ってば絶対人体錬成が見たいって我侭言うんだから」
「お返しにいい医者を紹介しただろ。君のリハビリはうまくいってるようじゃないか」
「弱くては兄さんを守れませんから」
肉体を得たアルフォンスは微笑んだ。
やはり違うとロイは思った。親と一緒にシンに行ったアルフォンスはもっと幼い印象だった。だがこのアルフォンスには芯がある。
「中佐はどうしてますか?」
「あいつも迷っている。このまま軍に残るか外に出て家族を守りながら私の手伝いをするか。ヒューズは『エリシアの為にこの国に明るい明日を見せてやりたい』とか言ってるが。君らと違って家族は切り離せない」
「中佐は無理しないでいいんですよ。無茶は若者の特権です」
「私も正直ヒューズに軍を抜けられるのは痛いが、死んだ事を聞かされてはな……。歴史が繰り返されたら目も当てられない。生きててくれればいい」
「難しいですね。信念と家族。天秤にかける事自体間違っているのに」
「君達はこれから何処へ行くんだ?」
「ダブリスへ。グリードさんと師匠に挨拶しに行くんです」
「周りに正体がバレないように気をつけろ」
「大丈夫です。変装してきますから」
「また女装か?」
「みんな可愛い女の子には甘いですからね」
「君がエドワードの女装を見たいだけじゃないのか?」
「否定はしません」
美少年の顔をしていても表情は一人前の男のソレで、並ぶとエドワードの方が繊細に見えた。
「二人して何話してんだよ?」
口を尖らせるエドワードにアルフォンスは「ダブリスに行く話してたんだよ」と言った。
「……師匠、怒るだろうな」
「一緒に怒られようね」
「うう、嫌だなあ」
エドワードが泣きそうな顔になる。
葬儀の鐘が空に重く哀しく響いた。
冬の空気は澄みきり、天を見あげると吸い込まれそうな青だった。
ロイは抜けるような青空にデジャヴを感じる。
「鋼の」
「なんだよ」
「君はいま幸せか?」
「当たり前だろ」
六年前初めて会った時の笑顔のままに笑うエドワードに、ロイは変わらない事に幸福を見い出している自分に気がついて、微笑んだ。
《モラトリアムシリーズ・完》
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