#18

「……はい。……実は、オレの友達のお父さんの仕事仲間の姪のボーイフレンドの弟の話なんスけど……………………その人男なんスけど…………男から告白されたというか、いや、告白じゃなく、その人の事が好きだって言っているのを偶然聞いてしまって、どうしたらいいか分からないって相談されて。………………それで言った方の人はゲイとか全然そんなんじゃない普通にストレートの人だし、だから好きだって聞いてしまったのは何かの間違いじゃないかと……」
「簡潔の欠片もないわね。…………今の話とマスタング少将とどう関わりが………………ああ。そういう事ね」
 ホークアイはニヤリと笑った。それはもう楽しそうな笑みだった。
 ハボックは見た途端、ダッシュで逃げ出したくなった。
 だがハボックのダッシュ力と、ホークアイの早撃ちでは比べるまでもない。ハボックは無駄な戦いはしない。
「なんだ。少将ったらとうとうハボック中尉に言っちゃったの」
 クスリと笑うホークアイに、ハボックは一瞬何を聞いたのかよく分からなくなる。
「ホークアイ大尉?」
「少将がアナタを好きだって知っちゃったんでしょ」
「ええっ? 知ってたんですか、大尉は!」
 クスリとホークアイが笑う。
「あんまり見くびらないで欲しいわね。こういう事は女の方が鋭いのよ」
 そんなのとっくに知ってたわよ、だから? と言われて、ハボックは二の句が告げない。
「し、知ってたなら……」
「教えて欲しかった?」
「………………いえ」
 尊敬する上官が実は自分を好きだったなんて、あまりにも想像外だった。もし誰かから聞かされても絶対信じなかっただろう。
 だがハボックは自分の耳で聞いてしまった。
 焔の錬金術師。三十代で将軍と呼ばれる有能さとバイタリティー。ハボックのただ一人の主人。
 尊敬し頼っている。いずれこの国をまとめあげる人だと信頼していた。
 女好きで男なんか論外だと思っていた。
 言ったのはエドワードだったが、ロイ・マスタングは否定しなかったどころか、ダッシュで逃げ出した。
 残されたハボックはひたすら現実から目を背けたい。
 容姿でも能力でも劣るハボックをどうして好きになったのだろう。
「それで逃げ出したのね。………………ヘタレが」
 ペッと吐き捨てるようなホークアイに、ハボックはああ、この男らしさが少将にもあったらと思った。
「それで、なんでエドワード君まで一緒なの?」
「マスタング少将が無理矢理攫って行きました」
「一人で逃げる勇気もないのね。どこまで乙男なのかしら、あの男」
 ホークアイの声の温度が一段と下がる。
 有能なエドワードがいなくなれば、ホークアイの負担が倍になる。とんだとばっちりだ。
「オトメン……ってなんなんスか?」
「乙女の中身を持った男よ。略してオトメン。マスタング少将は立派な乙男よ」
 そりゃあホークアイに比べれば大抵の男はヘタレだろう。
「少将は強くて男前っスけど……」
「強くて凛々しい男でも、中身が繊細な乙女と同じという事もあるのよ。言っとっくけど、繊細さと弱さは別ものよ」
「はあ……そうスか」
「面倒な展開になったわね。なんで今まで隠し通してきたのに、迂闊に喋っちゃうのかしら? まったくドジにも程があるわ。だから雨の日は無能なんて言われてしまうのよ」
「初めに言ったのはホークアイ大尉スよね。……………あの。……ホークアイ大尉は少将の気持ちを知ってたんスね。…………どう思いました?」
 ハボックは第三者の意見を知りたかった。
 しかしホークアイに普通の意見を聞くのは間違っていた。
「どうもこうも。中身のない女遊びより、忠犬ハチ公にメロメロの方が害がなくていいと思ってたのに。少将は犬好きだし。…………こんな事になって、仕事に支障が出るじゃないの」
「オレは犬っスか」
 普通本人が目の前にいるのに、面と向って言うだろうか。
「少将だって軍の狗なんだし、大して変わらないでしょ」
 上官も狗扱いである。
「はあ…」
「エドワード君はシェルティードックよ」
 ホークアイは犬好きだった。
「まあいいわ。ハクロ大総統にも言ったでまかせを、本当にすればいいだけだし。その方向で作戦を立てましょう」
「その方向って…………『駆落ち、囮大作戦』ですか?あれ、マジだったんスか?」
 ネーミングセンスの欠片もないとハボックは思ったが、正直に言う勇気はなかった。さすがにブラックハヤテ号の名付け親である。
 ホークアイはキレていたが冷静だった。
「情報が簡単に流れているみたいだから、テロリスト達もそのうち駆落ちの件を知るでしょう。二人を囮にして、テロリストを一網打尽にしましょう」
「少将とエドは囮っスか」
 上官二名を即座に囮役に指名できるのは流石である。
 ニッコリ笑ったホークアイをハボックは心から恐ろし……頼もしいと思った。
「あの二人なら大丈夫でしょ。いざとなったら自分達でなんとかしてもらいましょう」
「心配の欠片もしてないっスね」
「心配なのは少将がいない間にたまる仕事の方よ。……せめてエドワード君を返してくれないかしら。あの子がいれば随分楽なんだけど」
「少将はどうでもいいんスか」
「片思いが知れただけで逃げ出した男なんてどうだっていいわ」
 ホークアイはどこまでも男前だった。
 うわ、ヒデエ…と思ったハボックだったが、甘かった。
 ホークアイは更に言った。
「そうだ、ハボック中尉。これから追い掛けて、エドワード君だけでもセントラルに戻しなさい」
「あの……少将は?」
「今の状態じゃ使い物にならないから、しばらく放っておきましょう。お腹が空けば帰ってくるでしょ。仲間外れの嫌いな人だし」
 思いやりの欠片もないホークアイのドライさに、ハボックは他人事ながら上官に同情した。ドライすぎてもう砂漠だ。オアシスも枯渇しそうだ。
「……というわけでハボック中尉。明日朝一で少将を追い掛けなさい」
 命令に、ハボックはさすがにギョッとなる。
 ハボックが原因でロイが逃げているのに、当のハボックが追い掛けたらロイはさらに逃げるだけではないだろうか。というか、ハボックだってロイの前でどういう顔をしていいか分からない。
「それはやめた方が……。追い掛けるならブレダとかの方がいいかと思うんスけど…」
「荒療治よ。原因から目を背けてはダメ。ハボック中尉。行ってガツンとヤってきなさい」
「何をガツンとヤるんスか? 上官殴ったら減棒じゃ済みませんよ?」
「私が許します」
 私が規律です。そう断言するホークアイに、ハボックはそれは間違ってますとは言えなかった。
 男はいつでもチキンだ。ハボックは犬で、ホークアイはブラックハヤテ号の御主人様。犬の扱いはプロだ。
「…………オレ、未だにマスタング少将がオレをす……好きだっていうのが信じられないんスけど。なんでホークアイ大尉は少将の気持ちに気付けたんスか?」
 女タラシで、男に対しては嫌味百連発、その態度のどこを見たらハボックに対する恋愛感情を見つけられるのか。
「犬の気持ちが察せなくては、いい飼い主とは言えないわ」
 すでに上官扱いされてない。というか、そのまま犬扱い。調教師ホークアイ。
「あの………同性愛とかって抵抗ないんスか?」
「女はそれが自分の男でない限り、ゲイには寛容よ。……というか少将は同性愛者ではありません。ハボック中尉以外の男はまったくダメです」
「え……全くダメなんスか?」
「当たり前でしょう。根っからのゲイならあそこまで女性にマメなものですか。あれは本物の女好きです。見てれば分かるでしょう」
「でも………オレを好きって……」
「蓼食う虫も好きずき。犬派の人間が猫に惚れる事もあります。恋は所詮勘違いのシロモノ。でなければどうして自分以外の人間をそこまで愛せるものでしょうか。家族でもないのに。……だからこそ厄介なのです」
「…………はあ。そうスか…」
 捌けすぎて冷静なホークアイに、この人本当は人間じゃなく、ホムンクルスじゃないのかとハボックは疑った。
 今頃悩みに悩んで苦渋の最中のロイにハボックをけしかけるとは、ホークアイは無情だった。偏見もない代わりに慈悲の欠片もなかった。
「ホークアイ大尉は少将の気持ちより、仕事の方が大事なんスね……。男の純情を温かい目で見てやろうとか、思わないんスか?」
 ホークアイが何を言っているのという顔になる。
「当たり前でしょ。男の純情じゃ腹も膨れないのよ。寝惚けた発言は酒場だけにしておきなさい」
「そりゃ腹は膨れないでしょうが、人には利害以外のところで大事にしたいものがあるっしょ?」
 ホークアイはクスリと口元で笑った。形の良い小さな口元はふるりと柔らかく、男なら誰でも見詰めずにはいられない美しさだが、出てくる言葉の口撃は容赦ない威力だった。
「男の純情? ……そんなもの男だけのオナニー発言よ。妄想に美しさを見い出して悦に入る余裕があるなら、もっと現実を見なさい。だから少将の気持ちにも気付かないのよ。ヘタレを純情という言葉に置き換えて弱さを美化しないで。まったく男らしくないんだから」
「大尉ってエドより酷ぇ……」
 この副官と毎日一緒にいたら、上官の方が乙男化するのが分かる。どこまでもリアリストのホークアイにとって男の純情など、鼻で嗤って吹き飛ばすゴミのようなものだろう。
「ハボック中尉、命令です。明日朝一でマスタング少将を追い掛けて、捕獲しなさい。暴れたら殴ってよし。二人を囮にしてちゃっちゃとテロリストを捕まえてきなさい。もし少将が逃げたら後ろから石でもぶつけなさい」
「……アイマム」
 ビシッと敬礼して命令を受諾する以外、ハボックに何ができただろう。もう抵抗する気もおきない。
 ハボックの胃がズンと重くなる。
 一体どんな顔でロイと会えばいいだろう。




 その時ロイとエドワードはそんな事になっているとはつゆ知らず、呑気に車内販売の冷凍みかんを齧っていたのだった。






『愛は勝つ!』完

オフ既刊『愛は負けるが勝ち!』に続いてます

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