不健全な純情
(空折)




■sample/01■


1・擬態中のイワン、師匠と遭遇する


 イワンがキースを見掛けたのは偶然だった。

 その日イワンは擬態してシルバーステージの街中を歩いていた。理由は、他人になりきる練習だ。
 イワンは自分以外のモノになれる特殊能力がある。いわゆる変化系のネクストだ。
 そしてイワンの職業はヒーローだ。能力を生かして犯罪者確保……はなかなか難しいが、イワンの特殊な能力は時に役に立つ。
 一歩間違えれば犯罪にも悪用できる能力だからこそ、イワンはあえて正義の側にいる。
 イワンは自分の力をあまり使用したがらないが、必要な時に使えないと困るから、時々こうして他人になりきる練習をしている。
 それに。今、歩いている場所があまり治安が良くない場所というのもある。歓楽街には普通のサラリーマンも沢山いるが、そうでない輩もいるから気が抜けない。
 イワンの素顔は侮られやすい。絡まれるかカツアゲされるかカモだと思われて強引な客引きに合うか……裏通りを歩くとロクな事にならないと、経験上知っている。
 だから普段はあまり治安の良くない場所は歩かないようにしている。……わけではなく、逆に街の様子を把握する為に、なるべく自分の足で歩くようにしているのだ。
 もちろんヒーローとしての仕事の為だ。
 シュテルンビルトは広い。知らない場所は沢山ある。要請が来た時にその場所を知っているのと知らないのとでは仕事上の安心感が違う。
 特に折紙サイクロンは犯人確保より救助活動の方に重きを置いているので、地理の把握は大事だ。
 スカイのように毎日パトロール、とまではいかないがせめてこれくらいはとイワンなりの地道な努力だった。


 そんな訳で、今イワンは立派な体格の青年…ロックバイソン似の体躯と顔付きに擬態していた。
 強面に騙されない強者もたまにはいるが、イワンの内面は外見ほど弱くない。何しろ日々凶悪犯と接して荒事には慣れているから、見た目よりはずっと強い。見切れ職人と言われ逮捕よりアピールが目立つ折紙サイクロンだが、見切れるのにだってそれなりに体力と気力と腕力はいるのだ。
 スカイハイやバーナビーのように能力が戦闘向きでないから、仕事の時は人命救助などのフォロー役にまわりがちだが。普通の人間相手だとしても銃を持っていれば危険だし、ネクスト相手ではイワンは適わない。
 それでもイワンがヒーロー足り得るのはその心が決して力に屈しないからだ。
 前は自己否定が強く自信の欠片もなかったイワンだが、色々あって最近は着実にヒーローらしくなってきている。……と自分で思っている。







                *****


(スカイハイさん?)

 イワンがキース・グッドマンを見掛けたのは偶然だった。
 イワンは道でキースとすれ違った。
 普段なら遠くにいてもすぐに気づくくらい気配には敏感なのだが、その時はすれ違うまでまったく気づかなかった。
 うっかりしていた……のではなく、スカイハイがいつもと違う恰好だったからだ。
 普段のキースはフライトジャケットの上着にジーンズというラフな恰好だ。仕事絡みの時はさすがにスーツを着ているが、プライベートではファッションにこだわらない。いや、あのフライトジャケットはキースなりのこだわりかもしれないが。たぶん。
 かくいうイワンも普段はスカジャンとよばれる紫色のジャケットと余裕のあるゆるいパンツを愛用している。イワンの大好きなジャパニーズ製だ。

 カリーナ曰く「ダサイ」
 パオリンは「イワンさん、似合ってないよ」

 ……放っておいて欲しい。
 少女達は自分が興味ない異性に容赦がない。
 その時のキースが着ていたのはカジュアルなジャケットと普通の細身のパンツだった。
 いつものキースらしからぬ恰好と黒いサングラスが、一瞬キースを別人に見せていた。
 すれ違うまで気づかなかったのはそういうわけだ。
 かくいうイワンも変体中……というか擬態中だったので咄嗟に声をかけそびれた。
 いつもの姿だったらキースの方がイワンに気がつく。キースはとても目が良いのだ。
 すれ違って後ろを振り返り、イワンはあれっ? と立ち止まった。

(今のって……スカイハイさん? …だよね?)

 追いかけて声をかけようかと思ったけれど、夕方の繁華街入口はそれなりの人込みだ。突然声をかけて不審な顔をされ、「擬態したイワンです」と説明するのも憚られた。
 誰が話を聞いているか分からない。擬態しているネクストだと知られれば胡散臭い目で見られるだろう。
 特に酒場が並ぶこの界隈で自分の能力がバレれば、未成年が年を誤魔化して酒場にきたと誤解されかねない。
 イワンが擬態しているのはあくまで訓練の為だ。イワン・カレリンとはまったくの別人になりきる為の。
 邪な目的の為ではない。今後も、潜入捜査などの必要性が出てくるかもしれないと思うからだ。
 昨今の犯罪は増々凶悪化、増加している。
 イワンのネクスト能力は戦闘向きではないが諜報活動には最適だ。
 何も正面から敵と対峙する事だけが戦いではない。情報を集める事も立派な戦いだ。
 それに潜入というのは普通の戦闘よりよっぽど危険がつきまとう。擬態中は緊張の連続で、心の疲労度も半端ない。
 だから普段から他人として振る舞う事に慣れておけば、いざという時に動揺少なくてすむ。
 その事をイワンはジェイク戦で嫌というほど学んだ。

 猥雑な雰囲気に変わりつつある夕方の繁華街をイワンは堂々歩いていたのだが。まさかの知人との遭遇。

(なんでスカイハイさんがこんな場所にいるんだ?)

 この地域はスカイハイの行動範囲ではない。
 しかしキースとて成人男性だ。たまに大人の遊びをしたくなる事があるかもしれない。
 ドラゴンキッドやブルーローズには言えないような成人男性向けの店に入るキースは想像できなかったし、したくないけれど、キースとて普通の男だ。息抜きにハメを外したくなる事もあるかもしれない。
 普段ストイックに過ごしているのだ。度を越さないのなら、女遊びくらい目を瞑るのが男同士の礼儀というものだ。
 イワンは、自分はスカイハイに理想を抱きすぎているのだと、自身に言い聞かせた。
 聖人君子な男などいない。いるとしてもこのシュレルンビルトに両手の数だけいるかどうか怪しい。
 キース・グッドマンが男性としての本能を満足させたとして、誰にも文句を言う権利はない。
 彼の職業を詳しく知る人間以外は。

(何処へ行くんだろう?)

 いけないと分っていたが、イワンは自分の行動を止められなかった。
 キースの後ろを気付かれないよう、こっそりついて行く。
 その際、陰で素早く擬態を変えた。
 いかつい男に後をつけられたら誰だって警戒する。……キースはまるで気にしなさそうだが。
 だからイワンは、東洋系のさえない、可もなく不可もないような中肉中背の二十代半ばの男性に擬態した。この姿だと絡まれたりもするけれど、人の記憶には残りにくい。
 繁華街とはいっても、表通りは会社帰りのサラリーマンが寄るような健全な店が並んでいる。
 キースは慣れた足どりで傍の路地に入っていった。



 キースが入っていったのは、小さな看板が出ている地味な喫茶店風の店だった。夜間はバーも兼業するかもしれないけれど、学生でも入れそうな落着いた雰囲気にイワンはホッとした。
 レモネード好きのキースの事だから、もしかしたらこの店は隠れたレモネードの店なのかもしれない。
 ネイサンの経営するオカマバーを普通の喫茶店と疑わなかったキースだ。

(……中に入っても大丈夫だよね?)

 擬態しているから喋らなければキースにはバレないだろう。
 好奇心を満足させたのなら引き返すべきだった。
 しかしスカイハイの一ファンとして、どうしてもキースの知らない素顔を見てみたかった。どんな顔で中にいるのか、イワンはどうしても知りたくなった。
 誰かと待ち合わせているのかもしれない。
 ならば誰と?
 いけないと分っていても少しだけなら…と、イワンは好奇心に負けてドアを開けてしまった。
 中は、シックといえば聞こえはいい、地味だが雰囲気のある店だった。
 カウンターも椅子もテーブルも全部木製だ。強化プラスチックなどまったく使われていない所に温もりがあるのか単に地味なのか、趣味がわかれるところだ。
 キースはカウンターに座っていた。
 前に置いてあるのはたぶんレモネードだ。

(想像まんまなんですけど、キースさん…)

 イワンはカウンターではなく、迷うフリでキースの後ろのテーブル席に座ろうとすると、カウンター内にいた白髪の混じりの髭の生えた中年のマスターに声をかけられた。


「お客さん、この店は注文してから席につくシステムだよ。先、注文して」

 言われてイワンは慌てて注文する。

「あ……アイスコーヒーをお願いします」
「前金、四ドル」

 ファーストフードより割高だが、喫茶店なら適正価格だ。

「今渡すからちょっと待ってろ」
「はい」

 四ドルを手渡すとイワンの顔を見て店主が言った。
「あんた、初めてだね」
「……はい、そうですが…?」

(この店じゃ、一見の客は珍しいのかな? もしかしてここは常連さんのたまり場とか?)

 疑問に思って聞いてみると、店主は呆れたような、やっぱりという顔になった。
 店主がイワンの顔をジッと見るので、イワンは擬態が疑われているのかとドキドキした。

「あんた、ノーマルみたいだから始めに言っとくよ。この店は普通の飲食店だけど、週末の夜だけ客層が違うんだ」
「週末の夜って、今日ですよね? ……客層が違うってどういう事ですか? 貸しきりにでもなるんですか? だったら早く出るようにしますが……。表に張り紙でもしておいてもらえれば分ったのに」

 イワンが口を尖らせると、店主は苦笑した。
 笑うといかつい顔が人間臭く親しみやすくなる。さすが客商売、人をホッとさせるのがうまい。
 店主はカップを磨きながら言った。

「いやいやそうじゃなくて。……あんたみたいにな普通の学生さんには縁がない場所だよ。つまり……この店は週末だけ男性客が多くなるんだ。もちろんカップルや女性だけの『普通の』お客さんも大歓迎だが。……はっきり言うと、同性の声掛け可にしてるんだ。…といってもいかがわしい目的じゃなく、あくまで穏やかに話をするだけの目的だ。同性同士の社交場で、強引な接触は禁止にしてある。……意味、分かるか?」
「え……と。もしかして……このお店って……ゲイバー?? ……なんですか?」

 イワンは言葉の意味を理解して素直に驚く。
 内装が普通だったので全く警戒していなかった。
 どう見ても普通の喫茶店だ。

「バーじゃないし、ゲイの為の店でもない、普段はごく普通の飲食店だ。ただ。いつのまにか週末だけそういう趣向の人が集まるようになってね。……不愉快だったらお代は返すから出て行ってくれ」

 イワンは慌てて首を振る。

「不愉快じゃありません。……けど、同性愛者でもないので、これ飲んだら出ていきます。……ナンパされたら困るし…」
「あんたじゃ強引に誘われたら断りきれなさそうだからな。いてもいいが、トラブルにならないようにしてくれ」

 店主は悪い人間ではなさそうだが、初見の何も知らない客が店にいたらトラブルの元だと考えているようだ。

(……なら表に張り紙でもしておけばいいのに。『ここは普通の喫茶店、但し週末はゲイ喫茶になります』……って無理か)

 イワンの心を読んだわけではないだろうが、イワンが何を言いたいのか分った店主が態度を和らげた。

「この店は表からは目立たないから、一見の客はあまり入ってこないのさ。……あんたは誰かの紹介できた……ってわけじゃないよな?」
「あの……喉が乾いたので喫茶店を探していたら、店の看板が目に入ったから。……この辺にしちゃ、外装が普通だったし入りやすかったんで…」
「もう少し先にでっかいファーストフード店があるけど、知らないのか?」

 有名ファーストフード店の名をあげ、店主が指であっちだと指す。

「ファーストフード店は高校生が多くてうるさくて落着かなくて嫌なんです……。静かに喉を潤したいだけだから」
「ふうん。……まあいい。ナンパが嫌ならカウンター席に座ってな。カウンター席は『普通の客』用で、一応、声掛け禁止だ」
「あ、そうなんですか」

 キースもカウンターに座っている。レモネード目的ならそうだろう。
 しかし会話が耳に入っただろうに、キースに動揺は見られない。
 この店が週末はゲイ喫茶になる事が分っているのかどうか。自分には関係ない世界と割り切っているのかもしれない。
 キースの気配を伺いながらイワンがアイスコーヒーを飲んでいると。

「やあ。君もここの店主に注意を受けた口だね」
「……え?」

 イワンは飲み物を吹き出しそうになった。
 いきなりキースが声をかけてきたからだ。
 混乱を困惑の表情で覆い隠し、おずおずとキースを見る。
 心臓に悪い。
 自分がイワン・カレリンだとは絶対にバレていないはずだ。

(今の僕はイワン・カレリンじゃない。この人とは『初対面』なんだ。そういう風に振るまわなければ)

「あの…? あなたは?」

 不信を浮かべてキースを見ると。

「やあ驚かせてすまない。わたしはキースというんだ。この店にはレモネードを飲みにきただけでナンパにきたわけではないから安心して欲しい、そして安心してくれ。この店はレモネードの名店で、すごく美味しいんだ」
「そ、そうですか」

 イワンがどういう顔を作っていいか分からずどぎまぎしていると。

「お客さん。カウンター席は声掛け禁止です」

 店主に注意された。
 第三者がいるのでイワンもそこまで緊張しない。
 しかしキースが声をかけてきた理由が分からなくてドキドキした。

「すまない、そしてすまない! みんなが集まるまで退屈なんで、つい声をかけてしまったよ! わたしは黙っている事が苦手なんだ」

 いつもの通りのキースにイワンはホッとした。

「い、いえ、いいんです。突然で少し驚いただけです。……ミスタ・キースはそんなにレモネードがお好きなんですか? レモネードの名店とは珍しいですね。どこにもそんな事は書いてありませんけど」
「ミスタはいらない。わたしの事はただのキースでいいよ。うん。わたしはレモネードが大好きなんだ。だから美味しいレモネードを出すお店を常に探しているんだ。ファイヤー君……友人がお店をやっているんだけれど、そこのレモネードが美味しくて大好きなんだ。その友人から他にも美味しいレモネードを出すお店を聞いてね。こうしてたまにやって来るんだ」
「レモネードの為に。そ、そんなに好きなんですね」
「うん、大好きなんだ、そして大好きだ」

(ネイサンさんの紹介か。…なら大丈夫なのかな?)

 キースがこんな分かりにくい場所にある店を知っていた理由が分って納得した。

(それにしてもネイサンさんたら、何もゲイ喫茶を紹介しなくてもいいのに)

 ネイサンの趣味に口出すつもりはないけれど、キースのように恰好良い人間ならさぞかしゲイにもモテるだろう。わざわざノーマルなキースにゲイ喫茶を勧めるのは如何なものかと思う。トラブルの種を蒔くだけだ。ネイサンの店なら、如何わしくてもネイサンの目が光っているから問題ないのだが。
 しかしキースならまったく気にしないだろうというのも想像できるのだ。

「あの…。関係ない僕がこんな事言うのもなんですけれど、レモネードが好きなだけなら、平日に来たらどうですか? もしくはもう少し早い時間に。だってもうすぐ……ゲイタイム……なんですよね?」

 知らないで来るのならともなく、知っているのに来るのはどうかと思う。こだわらなさすぎだ。まあ普通の客が来るという事だから、さして問題はないのかもしれない。


「いいんだよ。わたしもゲイだからね」


 幻聴が聞こえた。

「…………………………は?」
「驚かせたかな? でも安心してくれ。君をナンパする気もされる気もまったくないし、この場所に来たのはただ話をする為だけだからね。あとレモネードを飲みに」
「…………ゲ……イ? ……なんですか? 同性愛者? あ、あなたが? 本当に?」

 イワンは混乱した。

(あれ? 幻聴? 幻聴だよね?)








(スカイハイさんが……ゲイ? 嘘だ、そんなの)

 言いたい事は沢山あったけれど、イワンはとりあえず深く考える事を放棄した。
 今考えても考えはまとまらないし、下手な事を口走るのは避けたかった。というか、このまま喋り続けたら絶対にボロが出る。
 この状態で自分がイワン・カレリンである事がバレたらお互い気まずい…というより、いたたまれない。針のむしろだ。
 デッドエンドフラグが地面にぶっささる。
 聞きたくなかった、というよりさっさと逃げだしたいイワンだ。
 しかし聞かずにはいられない。

「あの……キースさんは………その…………ゲ…イ……なのに…………なんで…………声掛け禁止の席に座ってるんですか? 恋人がいないなら、わざわざナンパ禁止の席になんて座らないですよね?」
「どうしてわたしがフリーだって知ってるんだい、そしてどうしてだい?」

(つっこむ所、そこですか?)

 イワンは胸が早鐘のように鳴って苦しかったが、なんとか平常心を保った。

「相手がいる人が……ナンパOKの時間帯に来るのは不実だし……相手がいたら良い気分はしないでしょう。あなたはまともそうな人だから、恋人がいたらこの手の店には来ない……と思いました」

 イワンの答に納得したキースは苦笑して言った。

「うん。わたしは不実な人間ではないよ。……でも卑怯者ではあるけれど」
「卑怯? あなたが? まさか? 何故?」

 何を言い出すのかとイワンはポカンとキースを見た。いつのまにか素になっていたけれど、別人になりきっているという安心がイワンから警戒を解いた。
 キースのカミングアウトに動揺して他の事に気をとられている余裕がない。

(えええええ? 本当にスカイハイさんはゲイなの? 全然知らなかった! でも前に女性に恋したってブルーローズが言ってたけど……じゃあバイセクシャルなのかな? でもゲイだってはっきり言ったし。……ああ、だからネイサンさんがこの店を紹介したのか。…って、本当にスカイハイさん、ゲイなの? 頼むから嘘だと言って下さい……。知りたくなかったよ)

 混乱しながらもイワンは頭の中を整理する。
 キースがどんな嗜好を持っていようと自分には関係ない。スカイハイは尊敬すべき先輩で、憧れ続けたイワンのヒーローだ。それは過去も未来も変わらない。
 同性愛者である事はキースの罪ではない。隠している事も。

(ネイサンさんも身体と心の性別が合ってないだけだし。…スカイハイさんが同性愛者でもそれはスカイハイさんのせいじゃない。女性には普通に親切だし、ただ女性と恋愛できないだけだ)

 イワンはなんとか立ち直ろうとした。それくらいの演技はできる。
 内心の動揺を隠してイワンは聞いた。

「あの……あなたが卑怯者だと自称する理由は何ですか? そんなの言わなきゃ分からないのにどうして僕に言うんですか? 僕達は初対面なのに」
「それは君がわたしの好きな人に似ているからだ」
「似ている? 僕に? ……え?」
「……懺悔というわけではないけれど、君はあの子じゃないからあの子には言えない事が言える。聞きたくないのなら言わないけれど…」

 寂しそうな顔のキースが見ていられなくて、イワンは思わず「僕でいいなら聞きますよ」と言った。
 言ってしまった。

(僕のバカバカ。……スカイハイさんに好きな人が? ……って事は、相手はやっぱり男性?)
(スカイハイさんが同性愛者だったなんて…)





「友達でも同僚でも知り合いでもない僕に聞いて欲しいんですね? 僕と似た人が好きなんですか? その人はあなたの恋心を知らない?」

 キースは頷いた。

「うん。あの子は何も知らないよ。何も知らずにわたしを尊敬し慕ってくれている。何も知らないあの子をわたしは騙しているんだ。親切な先輩のフリをして、あの子と一緒にいる時間を少しでも長くしようと画策しているんだ。ズルイだろ?」

 寂しそうにキースが言うのをイワンは複雑な気持ちで見詰めた。

(そんな人がキースさんの近くにいるんですか? いったい誰なんですかその人は?)

「そんなの……普通ですよ。本当に好きなら…」
「ありがとう。……君はわたしの好きな子と似ていると言ったけれど、それは外見じゃなく、雰囲気が似ているんだ。あの子は芯は強いのに、それを覆う肉体と精神が不安定で、そこが透明で綺麗なんだ」
「……はあ」

(自分に自信がないって事なのかな? 僕と似てるけれど、きっと外見はもっと恰好良いんだろうな。それとも綺麗系の人なのかな? 会社の同僚か、それとも学生時代の後輩とか? ……どうしよう、好奇心が疼く。キースさんは本気なのに。他人のプライベートを覗き見るなんて最低だ。けど……やっぱりスカイハイさんの事だから知りたい)

 イワンは好奇心に負けた。

「雰囲気が僕に似てるなんて……こう言ったらなんですけど、あんまり良い趣味じゃないと思います。僕は外見は普通だしどっちかっていうと自信満々って方じゃないし、どこが優れているって訳じゃない凡人なので。…キースさんはその人の何処が好きになったんですか? 顔? それとも性格ですか? お相手は友達ですか、それとも会社の人とか…。……すいません。詮索するつもりはないのですが。答えたくないのなら『ノーコメント』でいいです」

「仕事関係なんだ、知り合ったきっかけは。始めはただの後輩だったのに……いつのまにか恋に落ちていたんだ」
「へえ。じゃあやっぱり性格が気に入ったんですか。あなたがそんなに夢中になるのなら、良い人なんでしょうね、その人は。……容姿は…聞いちゃまずいですか? 同性愛の人の好みはよく分かりませんが、やっぱりキースさんも恰好良い人が好きなんですか?」
「彼は……恰好良いよ。そして可愛いんだ」



「彼は普段は大人しすぎるくらい大人しいのだけれど、自分の趣味や好きな事になると、途端に饒舌に喋り出すんだ」
「へえ。のめりこんでる趣味があるのなら、そうかもしれませんね。…ちなみにどんな趣味なんですか?」
「彼は『ニホンかぶれ』で、ジャパン愛好家なんだ」
「……は? ニホンカブレ? ジャパン????」
「ジャパンって知ってるかい? 黒髪黒目の、独自な島国の文化を持つ民族だよ。シュテルンビルトにも日系人はいるよ」
「……知ってますけれど。……一応」

 知ってるなんてもんじゃないです! とイワンは心の内で叫んだ。
 ここまで自分とキャラが被らなくてもいいのにと思ったが、キースが好きなのは控えめな感じの美形だから自分とは違うだろう。きっと本当に美しい人なのだ。
 そうでなければキースがこんなにも熱く夢見るような瞳で語るはずがない。

「君も『ニホン』を知ってるのかい? わたしの好きな子は『ニホン』という国が大好きなんだ。『ニホン』の話を振ると沢山話をしてくれる。その顔がとても可愛いくて、つい話をねだってしまう。先日も一緒にヘリペリデスプラザの『ジャパンフェア』に行ってきたんだ。彼はジャパンとつくイベントのデートは断らないからね」

 そういえば先日、キースと一緒にヘリペリデスファイナンススポンサーの『ジャパンフェア』に行ってきた。
 ヘリペリデスのCEOも『ニホンかぶれ』で、イワンとは同好の志だ。趣味と実益を兼ねたイベントが鶴の一声で時折開催される。
 あの時、イワンはニホンづくしの会場に興奮しきりでキースの様子を気にかけてもいなかった。キースは興奮しきりのイワンの話を飽きる様子も見せずにニコニコと笑顔で聞いてくれた。……のだが。

 なんだろう。心臓が痛くなってきた。
 動悸息切れが酷く、目の前が暗くなってきた。

「あの………………その子って、十八歳でプラチナブロンドで紫色の瞳で、ジャパン愛好家なんですよね?……他にはどんな特徴があるんですか?」

(まさか、まさかまさかそんな筈はない。ありえない、考えるだけでおこがましい。そんなわけない。…………職場の同僚って……特殊職業の同僚じゃないですよね? 違うと言ってくだせええええええっ!)

 イワンは動悸息切れを隠しながらなんとか聞く。
 キースの答を聞くのが恐い。
 イワンの質問にスカイハイは上機嫌で応えた。

「彼は最近『スモウ』に興味を持っているんだ。それだけは止めて欲しいんだけれど、もっと太りたいとか『髷』を結いたいとか、自分の顔と合ってない希望ばかり持ってて困るよ。自分の美貌を自覚していない、そんな所が可愛いんだけど。……彼の上司もわたしと同意見なんだ。可愛い彼を『スモウトリ』の姿にするわけにはいかないと、彼の趣味をスモウから遠ざけようと努力している。……ところで『スモウ』って何だか知ってるかい? ジャパンの国技なんだよ。裸で輪の中で押し合ったり投げたりするんだ」

 笑顔のキースの無邪気さが微笑ましいが、イワンはちっとも萌えられなかったし笑い返せる自信もなかった。

(せっかくスモウデザインを折紙サイクロンに取り入れようとしたのに、CEOの一声で中止になったのはそういうわけか)

「わたしの好きな子はロシア系なんだ。名前はイワン君って言ってねえ……とってもキュートなんだ」



(……………………………………………………こんな所で名前を出すなーーーーーっ!)