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(空折)




■sample/01■


・イワンとキースとヒーローと


「折紙君。暇かい、そして暇かい? 暇ならわたしとデートして欲しい。デートしたいんだ。ネイサン君のお店でレモネードが飲みたい。お願いだ。つき合ってくれないか。イワン君と一緒に出かけたいんだ」
「スカイハイさん?」
 驚くイワンの向こうでゴンとバーナビーが持っていたダンベルを落とした。幸い足には当たらなかったが、同様のショックがバーナビーを襲って傍目には分からないけれど動揺している。ダンベルを持っていなければハンサムエスケイプしていただろう。
 ヒーローズ専用のトレーニングルームにはメンバーが揃っていたが、キースとイワンのやりとりに注目したのはバーナビーだけだった。
 虎徹とアントニオは久々の師弟復活かと一瞥し、カリーナとパオリンも気にもとめず、ネイサンはあらあらという顔をした。
「……あの……ボクでいいんですか?」
 イワンが首を引っ込めた亀のような消極さでキースを伺い見る。青年になりかけているのにいつまでも小動物的印象が消えないのは、その性格のせいだろう。
「折紙君がいいんだよ」
「あの……本当に? 御迷惑じゃないんですか?」
「迷惑なんて! わたしは折紙君がいいんだ。……すまない、そしてすまない。師匠なのにしばらく君を放っておいて。師匠失格だ。許して欲しい」
 ショボンと肩を落とすキースに、イワンは慌てて「き、気にしないで下さい。スカイハイさんのせいじゃありません」と思わず立ち上がる。
 さっきまでキースとイワンの距離は、物理的にも精神的にも離れていた。もっぱらキースのせいで。
 突然キースに距離を置かれたイワンは得意のネガティブに浸って自分が何かしたのだと落ち込んでいた。
 久々にキースの方から声をかけてもらい、イワンは落着かない。避けられていた理由を知らないからビクビクしている。理由を知っているネイサンは(ようやくか)という顔だ。
「いやわたしの責任だよ。師匠と名乗りながら、自分の悩みに囚われてイワン君を放置していた。避けていてすまなかった」
「スカイハイさん、何か…悩んでいたんですか?」
 聞いていいか迷いながらイワンが聞く。
 他人のプライベートにどこまで突っ込んでいいのか、イワンには距離がうまく測れない。
 キースはあっさり肯定した。
「うん。人には言えない事をね。だからずっと悩んでいたんだけど……カウンセラーに言われたんだ。悩んでも何も解決しないから悩むだけ無駄だって」
「え? ……ずいぶん乱暴な意見ですね。本当にカウンセラーの意見なんですか? というかカウンセラーにかかるほど悩みがあったんですか?」
 イワンは驚いて半信半疑で聞く。
「もっと難しい言葉で言われたけれど、細かい事は忘れてしまったよ。でも彼が言いたい事は分ったんだ。悩むなら悩んだまま努力すればいいって事を、彼はわたしに教えてくれた。だからもう悩むのは止めだ。わたしは悩んだまま悩みと向き合おう、そして向き合う。わたしはもう逃げない。だから落ち込むのはここまでだ」
 本当に悩みがあるのかと思うほど前向きな意見だ。
 いつものスカイハイが戻ってきたとイワンは喜んだ。
「……ポジティブすぎて本当に悩みがあるのか疑問に感じますが、あまりにスカイハイさんらしすぎて……納得しちゃいました。……ええと。いまだ悩んでいるって事は、悩みは何も解決してないんですよね? それって大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないよ。でも苦しいのも辛いのもわたしだけじゃないし、わたしはその悩みによって不幸になったわけではない。だから大丈夫なんだ」
「そ、そうなんですか。全然分かりませんが、師匠が大丈夫というのなら大丈夫なんでしょう。……それにしてもカウンセラーにかかっていたなんて。全然知りませんでした」
 スカイハイとカウンセリング。まったく想像もしなかった組み合わせだ。性格的に。
 聞いたイワンは突然の言葉に狼狽えるしかない。
 もしかしなくてもキースにはキースなりの悩みがあったのだろう。常にトップを走っている男には責任感と受圧がつきまとう。
 普段のスカイハイからはそんなプレッシャーは見えないが、見えない所で悩んでいたのかもしれないとイワンはスカイハイは天然だから大丈夫だと安易に考えていた自分を反省する。
 スカイハイも普通の人間だったという事だ。
「うん。秘密にしていたからね。ネイサン君は知っているけれど、CEOにも秘密にしておくように言われたし。ヒーローの秘密が外に漏れたら大変だ」
「スカイハイさんでも悩んでカウンセリングにかかる事があるんですね。驚きました」
 イワンはまさかそんなという顔でキースを見上げた。
 少し前まであった陰りが払拭されたキースは元のキースだ。イワンが憧れて尊敬した先輩が帰ってきた。
「わたしだって人間だからね。普通の人間のように悩みを持って人に相談したくなる事もあるよ」
 ニコニコと晴天の空のように澄んだ笑顔に、イワンもつられて笑いそうになる。
 そして心底ホッとした。スカイハイに避けられている数週間、ずっと辛かったのだ。
 イワンのせいではないとキースもネイサンもバーナビーでさえ言ってくれたけれど、とても信じられなかった。
 イワンがスカイハイの気に障るような事をしたのだと、イワンは悩んで落ち込んだ。せめて理由を言ってくれれば改善も謝罪もできるのに、誰もがイワンのせいではないと言うから、何をどうしていいか分からなかった。いっそおまえのせいだと罵ってくれたなら反省もできるのだが。
 キースの説明を聞いてイワンは違和感を感じながらもそうかと一応落着いた。
 キースはイワンの知らない所で何かにつまづいた。そして弟子に構う余裕がなくなった。ただそれだけの話だったのだ。
 イワンはホッと笑った。
「良かった。……スカイハイさんの悩みってボクとは無関係の所にあったんですね」
 思わず洩らした本音にキースはピシッと固まった。
 良かったと言いかけたイワンの声もあれ?と止まる。
「スカイハイさん?」
「えっと……。うん、そうだよ。わたしの悩みは折紙君とはまったくちっとも全然無関係な場所にあるんだ。そしてあるんだよ」
 キースがウロウロと視線を彷徨わせる。手はタオルをぐしゃぐしゃに掴み、いかにも非平常心な様子だ。
 あまりにお粗末な演技に、それとなく注意して見ていたバーナビーは(あちゃあっ)と顔を押さえ、ネイサンは「このおバカッ!」と小さく罵る。
 何かいたたまれない空気が流れる。
 イワンの顔からスッと血の気が引く。
「……もしかして。スカイハイさんの悩みって…………ボクに関係がある事なんですか?」
 イワンは恐る恐る聞いた。
 自虐的だからこそ他人の機微には人一倍敏感なイワンだ。スカイハイのしどろもどろな答えに正解に辿り着き、心が冷えた。
「ボクの……せいなんですか? ボクがスカイハイさんに悩みを与えてしまった?」
「いや、違う! 違うよ!」
「ボクのせいなんですね」
 顔色を変えて唇を戦慄かせるイワンに、キースの方が慌てる。
 正確にはイワンに責任はない。ただキースが勝手にイワンに惚れて悩んでいただけだ。ただの片思いに責任は生じないが、正直に言えないキースは図星を突かれたように慌て、誤解したイワンは殴られたようにうちのめされた。
 自分が師匠の足枷になって悩みの種になってしまったという事実に、イワンは頭をぶん殴られたようなショックを受けた。
 ふらふらと足元が後退し、崩れる。
「も、申しわけございません!」
 わあ、スライディング土下座初めて見た。
 パオリンの呑気な声も聞こえないほどイワンは切羽詰まり、キースはドツボにハマって動揺し、事情を知らない虎徹とアントニオは目を丸くした。
 何も悪くないイワンに床に額を擦り付け謝罪され、キースは動揺してどうしていいか分からない。
 イワンは何も悪くないのに。
「違う! 違うんだ折紙君、君は何も悪くない。悪いのはわたしなんだ! 顔を上げるんだ。折紙君の責任じゃない。全部わたしのせいなんだ! 君は何も悪くない」
「し、師匠のお気持ちを煩わせ笑顔を曇らせるなど、弟子失格でござる……」
 ガタガタ震えながらイワンが額を床に擦りつけると、イワンの前に膝をついたキースも顔を伏せてイワンの顔を覗き込み「違う、そして違うよ折紙君!」と互いに慌てながら言い合った。









■sample/02■


・ヒーローと潜入作戦


「……あなた達がいながら何やってるのよ!」
「す、すいません」
「すまない、そしてすまない」
 鋭い鞭のような叱責に男二人は首を竦めた。
 さながら教師に叱られる小学生のようだ。
「まあまあ」
「二人のせいじゃないわよ」
 虎徹とネイサンが間に入ってアニエスを宥める。
「あの場合、仕方がないじゃない」
「そうそう」
「スカイハイ達の責任じゃないぜ」
「不可抗力よ」
「……そんなの分ってるわよ」
 チッと舌打ちの聞こえてきそうな美女の不機嫌に、男達とネイサンは彼女の気持ちを宥めようとするが。
「……映像が入れられないなんてっ」
 アニエスの怨嗟の声に男達はビビる。
 そう。彼女の不機嫌はそこに直結する。
 犯罪を未然に防げなかった事をアニエスは怒っているわけではない。今回犯罪者逮捕劇をTVで中継できない事が腹立たしいのだ。
「まあまあ。中継は無理だけど、編集して後から流すのは大丈夫なんだから。それでも数字はとれるわよ。編集もプロデューサーの腕の見せ所でしょ」
 ネイサンがアニエスの肩を宥めるように叩く。
「ヒーローTVのウリはリアルタイム中継なのよ」
 アニエスの声は鋭いが、八つ当たりの音がする。
「知ってるけど、この場合は仕方がないわ。こういう圧力やしがらみはこれからいくつも出てくるわ。仕方がないと諦めるのではなく、その中でどれだけ面白くするかがあなたの手腕でしょ?」
 できないの? と言外にネイサンに言われて、アニエスのプライドがカチンと刺激された。
 アニエスの目が吊り上がる。
 女同士こええと虎徹がビビる。
「……分かりました。録画はするけど中継はしない、後から編集するからカメラの事は気にしなくていいわ」
「まずい場面は後からカットされるからって、ハメ外したり油断しちゃダメよぉ」
 ネイサンが、暴走しそうな虎徹や天然なキースに忠告する。
「分ってるよ。オレ達がやる事はカメラがあろうとなかろうと同じだ。犯罪者を捕まえて人を助ける。それだけだ」
 虎徹が胸を張って宣言するが、一番暴走しそうな男の言葉だからあまり安心できず、逆に不安だ。
 アニエスが不機嫌になっている理由。
 それはこれから行われる突入作戦のヒーロー達の活躍が生中継できない事だ。
 ジェイク・マルチネスの事件は過ぎ去ったとはいえまだ記憶に新しく、風化されていない。市民はテレパスなどの精神系ネクストの犯罪者の存在にピリピリしている。第二のジェイクが現れるのではないかと警戒しているのだ。
 ゆえに今回の作戦は、上からの圧力で市民を刺激しないようにと勧告を受けた。
 ヒーローTVは精神系ネクストの逮捕の瞬間を生中継できない。カメラは入るが、後々編集されて、市民に見られては困る場面をカットするか、無難な映像に差し換えられる。
 そういう作りこんだ、嘘ではないが全部が鮮明な真実ではない放映をアニエスは嫌った。
 何より大事なのは数字だが、TV業界に身を置く誇りとして、真実の追求を理念としている。
 嘘を流す事だけは許せないとアニエスは考えている。
 そういう彼女だから、多少の理不尽や八つ当たりをヒーロー達は甘んじて受け入れるのだ。
 プロの仕事をしようとしている姿勢がヒーロー達に有無を言わせない。
「あなたたちがさっさと犯罪者を捕まえて逃さなければ、こんな悔しい思いをしなくて済んだのに。折紙はともかくスカイハイがいて、なんでみすみす犯人を逃すのよ」
「面目ない、アニエス女史」
 キューンと叱られる子犬の風情で落ち込むスカイハイ。
 二十代の男の持つ雰囲気ではないが、なぜか似合うのがスカイハイなのだ。
「スカイハイさんのせいではありません。ボクにもっと力があったら犯人を捕まえられたのに。犯人を逃してしまったのはボクなんですから、責任はボクにあります」
「折紙君のせいではないよ。あの場合は仕方がなかった。わたし達はヒーロースーツを着ていなかったし、犯罪者が複数いたのに気づかなかったのはわたしも同罪だ」
「スカイハイさんはちゃんと犯人を捕えました。あの人を助けられなかったのはボクの責任です」
 ズドンと音がしそうなほど落ち込むイワンだ。


 昨日の夕刻、一人の男性が犯罪組織に誘拐された。
 その現場にイワンとキースは居合わせたが、誘拐犯が複数いる事に気づかなかった為、油断して警戒を怠ってしまった。
 一人の犯罪者をキースが捕まえている間に、カウンセラーの男性が仲間の車で攫われたのだ。
 気づいたイワンが止めようとしたが、周囲の事など考えていない誘拐犯の乗った車に運悪く引っ掛けられ地面に倒れ臥した親子…を放っておく事ができずに、人命救助を優先した結果、カウンセラーは連れ去られてしまった。
 運が悪かったとしか言い様がない。イワンの行動は正しい。
 皆分っているから誰もイワンを責めない。責めるのは八つ当たりと分っていて当たるアニエスくらいだ。
 幸い母子の怪我は軽く、後は誘拐犯を追ってカウンセラーを救出するだけだ。
 その救出劇を生放映できないとあってアニエスはピリピリしている。
 誘拐の犯人確保は本来なら警察の仕事なのだが、今回は複数のネクストが犯人の中にも被害者にもいるという事で、一般人には手に余るとヒーロー達が先頭に立つ事になったのだ。









■sample/03■


・ヒーローと突入作戦


 作戦はうまくいっていた。
 小鳥に擬態したイワンが窓から入り、中の人間に擬態して人質を探し出し、外に連絡する。
 連絡を受けたヒーローが陽動で正面突入し、陰から警察の部隊も突入する。
 誤算だったのは、中にいたネクストの存在だ。
 ネクスト犯罪者がいるだろうと予測はしていたが、人数やどんな種類の力が使えるのか、そこまで把握できなかった。
 ネクストの敵が現れたらヒーローに任せる、という手筈になっていたのだが。
 敵の中に精神的ネクストがいたのだ。
 そのネクストの能力は『触れた対象をサトラレにする』というものだった。
 サトリのようなテレパスではない。逆だ。受信装置ではなく、発信装置に無理矢理させられるのだ。
 考えた事が全部漏れ出て、止めるすべがないという状態に突入隊はパニックに陥った。作戦内容から仲間や家族の名前までパッキンの弛んだ蛇口のようにだらだら周囲に漏れ続けるのだ。止める術がないのなら、人のいない場所に逃げるしかない。個人情報どころか恥部晒しを恐れて、警官達はその場を逃げ出した。
 プライバシー侵害どころではない。ものを考えまいと頑張れば頑張るほど『絶対他人には知られたくない自分だけの秘密』を頭に思い浮かべてしまう。普段なら思い出しもしない事も、こんな時だから、無意識に記憶から掘り起こす。
 自分の中にある秘密の箱が壊れて中が丸見えになっている状態に、警官隊は大きく混乱した。そのネクストを確保すれば被害は止まるのだが、確保する為には触らなければならない。近付けばネクストの力を受けてしまうし、そのネクストを撃てばどうなるか分からないので下手に攻撃もできない。
 その者が死んだ事によりネクスト能力が解除されればいいのだが、生死に関係なくネクスト自身の手で止めない限り能力は発動し続ける、だったら困るのだ。
 どんな真面目で善良な人間だって、人に知られたくない秘密の一つや二つ持っている。
 過去に万引きした事があるかもしれない、好きな女の子の靴下の臭いをかいだ事があるかもしれない、女性に痛めつけられるのが好きな性癖を持っているとか、上司の女房と不倫している部下……人には知られたら困る事が沢山あるのだ。
 触れた者をサトラレにする能力者だと聞き、ヒーロー達も二の足を踏んだ。正しく生きているつもりでも、秘密は持っている。
 しかしそんな時でもブレないのがスカイハイというヒーローだった。あとバーナビーだ。バーナビーは『ボクには人には知られて困る後ろぐらい所なんてありません』と割と堂々としていた。さすがWキング。
 スカイハイが相手を恐れなかったのは、触れさせない自信があったからなのだが。
 遠距離攻撃タイプのスカイハイがこの場合一番有効的だった。
「バーナビー君! わたしがあいつの手足を攻撃して動きを止める! あとはキミのハンドレッドパワーで素早く意識を失わせて欲しい!」
「了解です、スカイハイさん!」
 二の足踏む相棒を置き去りにして、バーナビーは了承と同時にハンドレッドパワーを発動した。





 バーナビーとイワンが建物の外に出ようとした時だ。
「バーナビー君、アニエス君、無事だったかい?」
 スカイハイが空から下りてきた。
『アニエス』というのはイワンの潜入名だ。一番忘れにくい名前にした。
「スカイハイさん」
「囚われていた人達も先輩も、みんな無事です」
「そうか。それは良かった、とても良かった」
 スカイハイの弾む声に、イワンとバーナビーは顔を見合わせて笑う。
 彼の声を聞いて、やっと終わったのだと安堵した。
 その一瞬、ヒーロー達は無防備だった。油断だった。
 さきほど捕われた『サトラレ』のネクストが警官の手を振り切って走り出したのだ。ヒーロー達に向って。
 逃亡は無理だと思ったネクストはせめて一矢報いたいと、スカイハイとバーナビーに向ってきた。
 一瞬でも手が触れれば、触れた対象が『サトラレ』になる。英雄きどりのヒーローの秘密を暴露してやれと、身体ごとぶつかってきたのだ。
 バーナビーはハンドレッドパワーが切れていたし、スカイハイはイワンがいたから避ける事ができなかった。
 いや、イワンを庇ってその手に抱き込んだ。
 ネクストの手が一瞬だけスカイハイに触れる。
「はははは、やったぜ!」
 一瞬笑みを浮かべた男だったが、バーナビーの渾身の蹴りが鳩尾に入り、その場に蹲り、胃液を吐き出した。
「あ、ああああどうしようっ!」
 スカイハイが思わず叫ぶ。
「触られちゃったんですかスカイハイさん?」
 バーナビーも慌てる。このままではヒーロー暴露大会だ。よりによってスカイハイ。
「え、何か問題がっ?」
 事情を知らないイワンが聞く。
「今の男はネクストで、触った相手の本心を曝け出してしまうんですよ! 本心が周囲にだだ漏れになります!」
「ええええっ!」
 バーナビーとイワンは真っ青になってスカイハイを見たが、スカイハイの方こそマスクの下で蒼白だった。
 考えた事がそのまま音になってまき散らされるネクストだ。考えまいとするほど、考えてはいけない事を考えてしまう悪循環。
「スカイハイさん、早く飛んで逃げて下さい、人のいない場所に!」
 イワンが叫ぶ。
「そうです、先輩の言う通りです!」
 適格な提案にスカイハイがそうかとパッと顔を上げた時。

『好きだ!』

「へ?」
「あ?」

『大好きだ!』

「スカイハイさん?」
「ちょ、これ、心の声…」
 イワンとバーナビーが『スカイハイの声』で聞こえてくる音に思わず思考を止めた。というかいつもの「ありがとう、そしてありがとう!」と口調が同じだったので思わずスカイハイが言ったのだと錯覚した。
 スカイハイはマスクの上から手で口元を押さえていた。
「わたしは何も言っていない……」

『わたしは言いたい! あの子を愛していると!』

「へ?」「うわっ」
「ぎゃあっ!」
 ぎゃあと言ったのはスカイハイだ。

『言ってはならないと分っていても言いたい! だって愛してる、ものすごく愛してる! 大好きなんだ!』

 完全に周囲はスカイハイに注目し、イワンは硬直し、バーナビーは何言い出すんだこの男はと思った。

『告白したい、そしてしたい、そして恋人になりたい、愛してると言いたい、一緒にいたい、デートしたい、キスしたい、セックスしたい、一生一緒にいたい! 愛してるんだあぁぁぁっ!』

 渾身の告白だった。飛んで逃げる事も忘れ、キースはマスクの下で涙目になり、熱烈な告白に周囲は呆然と「そーなんだ」と思った。
 セックスの単語に女性警官が顔を赤らめたが、その顔に嫌悪はない。スカイハイの告白はストレートで情熱的で、とにかく熱かったから、周囲は圧倒された。
「わ、わたしは何も言ってない、言ってないぞ」
 スカイハイは両手を振って今のは自分じゃないとジェスチャーしたが、スカイハイ以外にこんな熱烈な告白をする者はいないだろうと、満場一致でスカイハイの告白大会を拝聴した。

『この仕事が終わったら告白するんだ、そしてする! わたしはあの子を諦められない! だから諦めない! 誠心誠意口説いてわたしのモノにしたい! いやするんだあああ!』

 したいならすればいいのに。わざわざ力説しなくても。というのがオブザーバー達の本心だ。
 さすがスカイハイ。サトラレ化してもブレない。スカイハイのままだ。
 しかしスカイハイが片思いで告白に悩んでいるなんて、相手は誰だと周囲はザワついた。
 それって隠しておきたいほどの秘密なのだろうか。いや、他人から見たら下らない事だとしても、本人からすれば一大事だ告白は。
「と、とにかくスカイハイさんは声の届かない場所に行って下さい。このままでは色々聞かれてはまずい事が全部漏れてしまいます」
 バーナビーは忠告したが。

『わたしはバーナビー君に負けない、そして負けない!あの子を一番に愛しているのはわたしだ。バーナビー君には渡さないぞ!』

「いりませんよ! 人を勝手に登場させないで下さい」
 思わず怒鳴るバーナビーだ。
 スカイハイが告白したいのがイワンなのは分っているが、なぜここで自分の名前が出るのかとバーナビーは疑問だ。
 というか周囲の視線が痛い。
 違う、ボクは間男でも恋敵でもない。違う、のに!

『あの子とバーナビー君は親しい、仲が良い。わたしは嫉妬している、そしてしてる。ファイヤー君は友情と恋愛をとり違えるなと言ったけど、あんなに綺麗な子に惹かれないわけがない。バーナビー君はやっぱりわたしのライバルだ』

「だから違うって! なんでボクが先輩に恋してる設定になってんですか? あなたの恋愛事情なんてどうだっていいけれど、ボクと先輩を巻き込まないで下さい!」
 バーナビーが叫ぶ。
 周囲は完全に拝聴ムード。
 だって前キングと現キングの恋バナ、もしかして三角関係? ……に、わくわくしないわけがない。
 それにしてもWキングに大事にされる相手って一体……と好奇心が湧く。
「あの……スカイハイの好きな人ってどんな人なんですか?」
 好奇心に負けた警官の一人が思わず聞いてしまった。
 よく聞いた、と周囲は勇気ある行動を目で褒めた。
 バーナビーだけが余計な事聞くなボコるぞという眼差しだ。

『あの子は宝石のようなスミレ色の瞳と、月光のような銀の髪と雪のように白い肌をした、わたしの宝物だ。姿だけではなくその心は強く気高く外見同様美しい。わたしはあの子にメロメロだ、そしてメロメロだ』

 彼女に夢中です、と広言して憚らない堂々とした告白に警官も捕まった犯罪者達も聞き入って呆然とし、さらに当人のスカイハイが一番呆然としていた。

『だから早く仕事を終わらせるんだ! 今度こそ「好きだ、キミを愛してる」と告白するんだイワン君!』

 聴衆が一瞬戸惑った。バーナビー以外。
「……は?」
「イワン君?」
「もしかして男?」
「でも白い肌の銀髪美人だって…」
 ざわつく周囲にバーナビーの忍耐が切れた。
「失礼します、スカイハイさん」
 言い終わらないうちに、バーナビーの身体全体を使った回し蹴りがスカイハイの身体を吹っ飛ばす。
「敵のネクストに振り回させている場合ですか。さっさと避難してネクスト能力解除を待って下さい」
 バーナビーは間抜けな天然の先輩を力づくで離脱させると、硬直するイワンの手をとって「今はまずここを出ましょう。細かい事は全部あとです」と言った。