アンインストール・上
(空折)






■sample/01■

「じゃあ……一つ賭をしませんか?」
「賭け?」
「何を賭けるんだい? 闇賭博は禁じられている」
「賭博なんて大仰なものじゃありません」 
 占い師は疲れきったように言った。
「グッドマンさん。あなたはスカイハイそのままの人なんですね。勇気があって清く正しい。だから私もあなたという人間に礼を尽くした。この都市を守ってくれるヒーローを愛する市民の一人として感謝と敬意を払いました。しかし私には私の生活を守る義務がある。あなたがそれに口を出すというのならば、あなたもあなたの正義と戦って下さい。その結果あなたがあなたの正義に勝てば、私はあなたの言う事を聞きましょう、グッドマンさん」
「ええと。君は私といかなる賭けをするつもりなんだい? あまり賭け事は得意じゃないんだが。それにわたしはわたしの正義を賭けのテーブルになんて乗せるつもりはない。いつだって公正明大に正義を通す所存だ」
「ちょっと……スカイハイに何させるつもりなの? 違うと思うけど、まさかジェイクみたいな真似しようっていうんじゃないでしょうね?」
「まさか」
 男は芯のある強い目でキースを見た。
「わたしはヒーローが好きだ。スカイハイが好きだ。あなた達の心は透明ではないが、それぞれ輝き美しい。自らの弱さと向き合える強さ。それが輝きのもとだ」
「ありがとう。それで?」
 男はキースの胸を指差して言った。
「ヒーローの中でも特にスカイハイの正義の心は誰より光っていた。夜空に輝く一番星のように。だが。そういう人間は……いないんだ。純度の高い透明な心なんて赤ん坊にしかない。大人が持っているのはおかしい」
 男がおかしな事を言い始めた。
「おかしいって言われたって……実際そうなんでしょ?わたし達には分らないけれど」
「スカイハイ……グッドマンさんが穢れないのには理由があるんです。この方は自分の醜さに気付かない。欲望を持った途端に、それを心の奥底に沈めてしまう。そうやって自分を綺麗なまま保存しておく。だからいつまでたっても穢れない」
「ちょっと待ってよ。スカイハイが本当は穢れた心の持ち主だって言うの? 自分の心を見ない振りしているだけ? ふざけんじゃないわよ」
「ふざけていませんよ、そして貶めているわけでもありません。人間はある程度欲望があるのが当たり前なんですから。美女を抱きたい、お金が欲しい、優しくされたい、愛されたい、仲間に認められたい、全部が欲望です。でもそれらがあるから努力という行為が生まれる。欲望は願いです。その原動力が人間を進化させる。人に好かれたければ愛される容姿になり、愛される性格を持つ。それは醜い事ですか?」
「……いいえ。普通だわ」
「そう、普通の事です。……グッドマンさんは、特別その欲望が強い。正義、という欲です。正しさを愛しているから正しくない自分を認められず隠している。でも隠していても何の支障もないんです。この人の正義にも性格にも。ただ……少し歪なだけ」
「スカイハイが何を隠しているというの?」
「わたしは何か良くない心を持っているのか? そうなのか?」
 ネイサンとスカイハイに詰め寄られて、男はそうでありそうではないと言った。
「欲望を隠すのは悪い事ではありません。だから良くない心ではない」
「でも何かを隠してるって事なんでしょ。それは何?」
「だからそれを賭けの対象にするんです」
「どういう事なの?」
 男はどこか唱うように言った。
「初めてグッドマンさんに御会いした時になんて綺麗な人なんだろうと思いました。あなたの心は常に正しさで満ちている。努力と誠意、愛、そんなものでキラキラしていた。わたしは嬉しくなると同時に少し変だと思いました。赤ん坊でもないのにこんなに心が美しいなんておかしい。だからあなたの心を探らせてもらいました。あなたの中は光でいっぱいでなかなか穢れが見つからなかった。あなたは自分の欲望を湖の底に沈めてしまう人だから。普通の人間は深層心理に置いている心でも、引き出しを開けるように時折浮上させて自覚するものですが、あなたは完全に重石をして自覚すらしない。だからあなたの心は美しいままだ。……そこで提案です。私があなたの沈めた欲望を浮上させる。それを夢に見せる。あなたが自ら目を逸らした欲望を目の当たりにして負けなければ…あなたの正義が勝てば………私はあなたの言う事を一つだけ聞きましょう。あなたはあなたの正義を貫く為に自らの欲望と戦い勝たねばならない。それが私とあなたがする賭けの内容です」






■sample/02■

 イワンを下ろしたキースが素早くバスに湯を入れ始める。
「すまない。湯がたまるまでに時間がかかる。先にシャワーを浴びよう」
「は、はい」
 本当は「勘弁してくだせえ家に返して下さい気にしなくていいんですスカイハイさんのせいではありません」と言いたいイワンだが、言ってもキースが聞くわけがないと経験で知っている。
 諾々とキースの言いなりになっているとジャンバーを脱がされた。濡れて重いジャンバーを脱がされるのは抵抗なかったが、タンクトップを剥ぎ取られ、ベルトにガチャガチャ手を掛けられた段階で我に返った。
「な、なな何をなさってるんですかスカイハイ殿っ!」
「早く脱がないと風邪を引いてしまう。全部脱いで熱いシャワーを浴びよう!」
「じ、自分で脱げます!」
「遠慮はしなくていい。男同士じゃないか」
「性別の問題じゃありません!」
 しかし。イワンがキースに勝てるはずがない。腕力とか、勢いとか、色々全部。
 ひーぎゃーあれーっと言ってるうちにパンツまで脱がされ、イワンとキースはシャワーブースの中だ。
 熱いシャワーは気持ち良いのだが。
 なぜキースが一緒にブースに入っているのだろう。
 しかも服を着たままだ。
「スススス、スカイハイさん? なぜ一緒に入ってるんですか? そしてなぜ服を着たままなんでしょうか?」
 KOHには服を着たまま風呂に入る趣味があるのだろうか。
「折紙君はわたしの裸が見たいのかい? それは構わないのだが……」
「いえ、スカイハイさんの裸が見たいというのではなくてですね……普通服を着たままシャワーを浴びる人間はいないので……」
「裸になりたいのは山々なんだが、服を脱ぐとまずい事になりそうなんで脱げないんだ。目の前には裸のイワン君。全裸で美味しそうとか触ってみたいとか齧りついてみたいとか……そんな事を考えているのが折紙君にバレたら恥ずかしい、そしていたたまれない!」
「全部ダダ漏れてます!」






■sample/03■

 なんて酷い仕打ちをしたのか。謝っても謝りきれない。
 許してもらわなくていい。ただ言っておきたい。
 酷い事をしたけれど、それは欲望からじゃない。愛しているからだ。
 ずっと好きだった。欲しかった。
 でも無理だと諦めていた。
 イワンは普通の男の子で、女の子が好きなのだ。
 キースが告白したらずっと苦しむだろう事が分っていたから、何もいわなかった。
 でも……我慢できなかった。
 綺麗なあの子を自分のモノにしたくて仕方がなかった。
 だから。あんなに至近距離にいて。我慢できなかった。
 キースの欲望を知らないイワンは何の警戒心も抱かずにキースの前で裸になった。
 拷問のようだった。我慢できなかった。欲望が理性を凌駕した。欲しくて欲しくて……犯した。