黒猫ダンス(バサ雁)
□転生パロ(バサ雁)
□雁夜もランスロットも高校生
□ランスロットが片思いでストーカー化
□ランスロットが雁夜に片思い中に前世の記憶が戻る
□雁夜と時臣は幼馴染みで親友
□葵は男性
■sample■
時臣は秀才だけどうっかりだ。そして残念優雅。
なので周囲の噂も一番最後に耳に入る。
というか。
常識の塊なので、噂を聞いても本気にしなかった。
俺が学校で五本指に入るピカピカ美形様(しかも優秀)に食堂で情熱的に告られた、という事実を、
「嘘だ、そんな事あるわけない」と一蹴した。頑固というか……たまには人の言う事聞けよおまえ。
時臣は常識しか信じない、許容範囲と認識が狭い男だ。すっごくお堅くて、絵に描いたような優等生で、柔軟性はゼロ。
TVで見るゲイとかバイとかニューハーフとか、特別な世界の人間だと思ってる。一般にはいない珍種で、同じ学校にそんな人間がいるわけない、しかも優秀で有名な先輩がそんな人種であるわけないという強固な思い込みで噂を頭から嘘だと決めつけ、そんな下らない噂を流されたランスロット先輩に同情していたくらいだ。
「雁夜もそんな下品な噂をちゃんと否定して、先輩の汚名を濯いであげなくちゃ」なんて言ってた。
うん、噂が下品なんじゃない、事実が下品なんだよ時臣くん。
時臣が噂が噂でなく事実だと知ったのは当のランスロットが再び俺の前にきたからだ。
教室まで来られたら逃げ場がない。
動向を固唾をのんで注目するクラスメイト達。
顔が引き攣る俺と、一人訳が分ってない時臣。
どん引きする俺にランスロットは再び
「愛してます雁夜。わたしの恋人になってください。あなたを想うと夜も眠れない」と真剣な顔で言いやがった。
側で聞いていたクラスメイト達はなんとも言えない顔付きになり、初めて聞いた時臣はというと。
ショックで固まっていた。
無理もない。突発的事項に弱い男だ。良い機会だから臨機応変を学べ。
期待に輝くランスロットの顔。
ノーと言って聞いてくれる人じゃないんだよな。
しかしノーしか言えないんだけど。早く休み時間終わんないかな。
俺が途方に暮れて困っていると。
噂が事実だと知った時臣は猛然と騎士道精神が働いたらしい。
俺の前に立って盾になり、
「雁夜に近付かないで下さい先輩。先輩は同性愛者なんですか? 雁夜は普通の男です。そんな事を言われても迷惑なだけです」と代弁して下さった。
生まれて始めてお前に感謝したよ時臣。お前のうざい正論をありがたいと思ったのは十五年つきあって初めてだ。
俺を後ろに庇う時臣にランスロットの眉が上がった。
俺も、クラスメイトも「あ、やべっ」と思った。
超能力者じゃないけれど、日本人の『空気読む能力』が発動して、全員正確に空気を読んだ。
ランスロットからしたら時臣は自分の恋愛を邪魔する間男的存在だ。ここで兄みたいとか、厚い友情とか出てこないのは恋愛脳で目が腐ってるからだ。
そして時臣は空気を読まない。
自分が間男的ポジションで把握されている事に1グラムも思いあたらない。
バカ、空気読めっ!
俺だけじゃなく、クラスメイト全員が思ったね。
しかし時臣はお約束だった。
「雁夜は先輩の事をなんとも思っていません。それどころか迷惑しています。だから今後二度と雁夜に近付かないで下さい」
ランスロットは嫉妬に狂った目付きだ。
「なぜ君からそんな事を言われなければならないのですか? これはわたしと雁夜の問題です。部外者は引っ込んでいて下さい」
恋敵? にも丁寧なランスロットだ。優雅オタクの時臣と気が合うかもしれない。
うん、気が合ってるみたい。お互いを気にくわない、という点で。
「わたしは部外者じゃない。雁夜はわたしの大事な人
(幼馴染み)です」
あ、やべっ。
皆が思ったね。
空気読めるクラスメイト達は時臣が言わなかった意味を正確に読み取ったけれど、日本人じゃないランスロットには読めなかった。言葉を額面通りに受け取った。つまり誤解した。時臣と俺がただ鳴らぬ関係だと。(オエェッ)
日本の高校(しかも共学)にホモはほとんどいないという常識が外国人には分からないらしい。いても隠れて、絶対カミングアウトしないのが普通だ。
韓国ドラマの三角関係修羅場みたいだ。他人事のようにそう思った。焦っても仕方がないからだ。
「本当ですか、雁夜? その男とあなたは……」
信じたくないと、現実という容赦ない荒波に揉まれる悲劇のヒロインのような眼差しのランスロットに
「んなのあるかーっ! よりによって時臣かよっ! 誤解するにも程があるわいっ。気色悪いっ! 人をマジでゲイ扱いすんじゃねえっ!」とつい本音を言ってしまった。
ランスロットに同情したんじゃない、ほだされてなんかいないんだからねっ!
ただ……マジで気色悪かったんだよっ。
誤解を誤解のままにした方がいいのは分ってたけれど、ゲイ疑惑だけはどうしても晴らしたかった。今後の安寧の為に。
それに肯定するような事を言えば、空気読まない時臣が更に誤解を増長させるような台詞言いそうだったし。こいつのKYスキルはいっそ天然記念物並だ。
「本当ですか、雁夜?」
ぱあぁっと顔を晴らすランスロットは本当に嬉しそうで、なんでこいつこんな事がそんなに嬉しいんだと、疑問しかわかない。
俺が好きなんだというのは嘘じゃないだろうけど、その理由がナゾだ。
「一目惚れなんです」
照れくさそうに言わないで欲しい。一目惚れというのは可愛いドジッ娘とか、深窓の令嬢とか、とにかく女がされるものであってモブ顔の俺がされるもんじゃないのだ。
「理由はわたしにも分からないのです。一目見た時に……この人だと思いました。あなたを見た時にビビッときたのです」
見えない電気ナマズにでも刺されたんかい。フユキにユーマがいるとは思わなかった。
「恋におちるという気持ちが生まれて初めて分かりました。あなたのおかげです」
俺は分かりたくなかったけどね。
自分に疑問がわかないのかなこの人。なんでこんなつまんない男に惚れたんだって。
だってゲイじゃないんだろ? 童貞でもなさそうだ。リア充爆発しろ。
モテすぎるから、モテない男に呪いをかけられて、俺に惚れるハメになったのだろうか。可能性あるな。
俺を巻き込まないで欲しい。
「自分の勘を信じています。自分を信じなくて誰を信じるというのですか」
わー。自信満々な人間て、いる所にはいるよな。
これほどの美形と気品があれば似合う台詞だけど、中身が中身だからなあ。
モブ高校生の後輩に一目惚れの自分に自信持ってどうする。人生大損だぞ。
「それを決めるのはわたし自身です。愛に性別は関係ありません。結果幸せになったもの勝ちです」
正論だけど。俺は違うんだよ。
俺は就職したら結婚して一男一女をもうけて郊外に三十年ローンで一戸建て買って、大きな犬を飼う予定なんだ。男と男夫婦やる予定は今後絶対ない。
俺の正論にランスロット以外全員ウンウンと頷いている。
夢がないと言わば言え。これが普通の日本人なんだ。そして俺は普通の男なんだ。
絶世の美形の男と外国で式を挙げて、相手の金でセレブな生活を送るなんてごめんこうむる。ハーレークインは男女でやるもんだ。
心からの切実な「ノー!」にクラスメイトは同調してくれた。
同調していないのは空気読めない時臣と、日本人じゃないランスロットだけだ。
「何を夢のない事を言ってるんだい雁夜。目標は大きく立てなければいけないよ」と時臣。
うん、おまえ黙って。
空気読めないなら黙ってて頼むから。
あ、でも盾は必要だから黙って俺の前にいろ。
「雁夜、雁夜。欲しいのなら家でも犬でも飼いましょう。子供が欲しいのなら養子をとります。血を分けた子供を望むのなら代理母を用意します。あなたの望みはすべて叶えますからわたしの側にいて下さい」
女性なら二つ返事でイエスと言うだろう情熱的口説き文句も、男の俺はドン引きだ。周囲もドン引く。
代理母って、リアルすぎだろ。俺はキスもまだな高校生なんだぜ。人生設計をドンと目の前におかれても目を背けるのがせいぜいだ。
というか、俺は普通に女と結婚したい。
同性という壁は一生崩せない。
「……とにかく。あんたとは付き合えない。なぜなら男なんて好きじゃないから。誤解されたくないので二回言います。お・と・こ・な・ん・て・す・き・じゃ・な・いっ! ……アンダスタン?」
「わたしは雁夜が好きなんです。男性が好きなんじゃありません」
「どっかのBLみたいな台詞言うなよキモイ。いいかよく聞け。日本人の男の殆どは、男から告られたら拒絶するんだよ! あんただって男から告られたら断るだろ!」
「わたしは雁夜から告白されたら喜んでOKします」
「じゃあ……仮に時臣から告られたら?」
時臣とランスロットが顔を合わせて嫌な顔つきになった。ざまあ。
「………………あなた以外の男性はお断りします」
「しつこく迫られたら?」
「お断りします」
「それでも迫ってきたら?」
「……殴ります」
「なら俺の気持ちも分かるだろ? 俺はあんたが好きじゃない」
言った瞬間。ランスロットが深く傷ついたので、こっちは罪悪感グサグサだ。
大仰に嘆くでない、言葉を紡ぐでない。ただ確かにグサリと言葉がランスロットの胸を抉ったと、彼の深い紫の瞳を見て分った。
クラスメイトにも伝わったのだろう。
何もそんな風に言わなくても、という空気になる。
おいこら。美形だからってほだされんな。
特に男子、お前ら自分の立場だったらダッシュで逃げるくせに他人事だからって無責任にこいつに同情すんな。泣くぞ!
登校拒否になるやつの気持ちが分かる。こんな学校来たくねえ。
救いは空気読まない時臣だけだ。
「帰って下さい先輩。雁夜はあなたの事が好きじゃないし、今後も好きにはならない。雁夜は可愛いお嫁さんを貰って普通に暮すんです。あなたの特殊性癖の毒牙にはかかりません。二度と近付かないで下さい」
容赦ない時臣にこの時ばかりは感謝する。空気読めない事もたまには役に立つ。
「それがあなたの本心ですか雁夜?」
恋に破れた乙女が身投げをした湖のような深い色の瞳に悲哀が滲み、つい負けそうになる。
ここで負けたら今後の人生真っ暗なので負けてたまるか。
はっきり「そうだ」と頷いた瞬間、女生徒の鋭い非難の視線が俺の顔面にグサグサ刺さった。
君達、俺がこいつをフッた方が都合いいんだろ?
ランスロットがフリーの方が嬉しいんじゃないのか?
それとも麗しのランスロット様が俺みたいなモブ顔の一般人にフラれるなんて許せないか?
なら俺にどうしろっていうんだ? 理不尽だ。
ランスロットはひび割れる繊細なガラスみたいな瞳で俺を見て言った。
「今は引きましょう。ですがわたしは諦めません。いつかあなたをわたしのものにしてみせる!」
恐い事宣言されました! マジで通報レベル!
お願いだから諦めて!
「雁夜は物じゃないし、あなたの物にはならない。雁夜は雁夜のものですベンウィック先輩」
騎士よろしく俺の前にいる時臣は友情のつもりなんだろうが、ばっちりしっかりランスロットは誤解したらしい。五階でも六階でもしてくれ。俺を諦めてくれるのなら。
時臣と誤解されるなんて冗談じゃなくキモいが、ホモの毒牙から逃げられるのならこの際我慢する。
「雁夜。あなたはわたしの運命だ。わたしの周りの妖精達もそう言ってる」
ランスロットが揺るがない声で断言したけど。
「……妖精?」
やばい。こいつマジキてる。
今どきの高校生が本気で妖精を信じてるとは。
さすがフランス人。イギリス人は幽霊に戸籍作るくらいだから、ヨーロッパ人はみんな空想生物の存在を信じているのだろう。言っても無駄だからそっとしておこう。
妖精に祝福された絶世美形のフランス人様は退場した。
教室から去るランスロットの背中には哀愁が漂っていて、女生徒達は「うちひしがれるランスロット先輩も素敵……」と溜息を洩らしていた。
あの男は後輩の男に突撃かます、空気読まないホモ野郎なんだけど。
顔が良ければ女はなんでもいいのかね。
あの男は滲み出てダダ洩れる気品も半端ないから、顔だけじゃないか。
なんであんな極上人間が俺に惚れるのかね。大迷惑。
と思ってたら。
本当の迷惑はこれからだった。
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