Change The World
 02 (バサ雁)




□転生パロ(R18)←ここ大事!
□前回からの続き。ハッピーエンドだから安心
□第四次聖杯戦争メンバーが主(記憶持ち)
□バサ雁メインで中の人バレ
□セイバー(アルトリア)とランスロットは親友
□雁夜と龍ちゃんはお友達(雁夜は龍之介が元・殺人鬼だって知ってるヨ)
□龍ちゃんは殺人鬼の記憶あり。今はただの高校生
□キャスター組はラブラブ
□ウェイバーくんはロードの記憶もちゃんとあるよ




■sample/01■

 聞けないよなあと雁夜は思う。
「雁夜? どうかしましたか?」
「……なんでもない」
 雁夜のよそ事を察したかのように、ランスロットは少しだけ機嫌を損ねたように顔を歪め、雁夜の唇を強引に奪った。
「んっ……も、もうっ……今日はっ……」
 無理だという言葉はランスロットの口の中に消えた。
 高める為というより奪う為に触れられる手に火がつけられる。愛撫に慣れつつある身体はあちこちに飛び火して大火になる。
 ランスロットに触れられるたびに、このまま死ねたらと願う。
 苦痛のうちに死ぬのは辛いが、幸福なうちに死ねるのは本望だ。人は幸福なうちに死ぬべきだと思う。幸福なまま生を終結できるなら、幸せな一生のうちに幕を閉じたと言う事だ。笑って死ねる人間はごく一部だけ。
「……辛いですか?」
「……へいき」
「嘘ですね。でも……やめません」
「やめろなんて……言ってない」
 無理だと思う気持ちを押しのけて欲しいという心が前に出る。
 何度情を重ねただろう。降るキスと熱の数だけ雁夜の内側は変わってしまった。
 凍えた身体はもうどこにもない。あるのはランスロットという熱に炙られて融けた身体だけだ。冷たく固まった肉体は浅ましく解けて醜さを曝け出す。
 それでもやめられない。伸ばされた手を掴んでしまう。
「なにを……考えていたのですか?」
「何って……?」
「わたしがいるのに……他の誰かの事を考えていた」
 拗ねたような声がおかしくて雁夜は目を閉じた。
 それをランスロットは別の意味にとったようだ。
 雁夜の胸を軽く噛んだ。
「あうっ…」
 快感でなく苦痛で声が漏れた。過敏になった身体の先に鋭い刺激は痛覚となって雁夜を苛んだ。
 立ち上がった突起がヒリリと痛み、雁夜は目を開けてそうした男を睨む。
 まるでわたしを拒絶するからですと言わんばかりの眼差しに背筋が震えるほどの男の色気を感じ、雁夜は所在なくて狼狽える。
 雁夜もいっぱしの男だったはずなのに、この男の前ではまるで子供に返ったような気持ちにさせられる。
 色事の数で負けているせいだけではない。
 ランスロットに抱かれるのは心の内まで暴かれているようで痛い。男の手があまりに優しいせいだ。強引なのに本当に雁夜が嫌がる事はしない。
「あなたのせいです」と雁夜に責任を押し付けながら、行動はちぐはぐでまるで恋人にするように口付けて、丁寧に抱く。
 もし仮に雁夜に恋人ができたとしても、ここまで優しく相手に触れるだろうかと思う。
 過去童貞ではなかったから女の肌は知っている。自分はこんなに大事に情熱を持って女を抱いた事はない。ただ気持ち良くなった代償に礼儀をもって優しくしただけな気がする。比べれば自分がどれだけ最低だったか分かる。
 心がないのなら。こんなに熱く触れないで欲しいと思う。
 嘘だ。もっと触れて欲しい。そして捨てるなら完璧に、一片の未練もなく断ち切るように捨てて欲しいと願う。
 そうしたら雁夜もみっともなく縋り付かなくて済むから。
 心を凍らせる事は難しいだろうけれど、ランスロットの負担にならないように見せる事はできる。
 ウェイバーが言った「それは愛だよ雁夜」という言葉が耳から離れない。
 そうなのだろうか。誰も愛せないと愛を諦めていた雁夜の愛は枯渇していたのではなく、奥に埋もれていただけなのか。それをランスロットが掘り起こしただけなのか。

『あんたなんか誰も愛した事ないくせにぃぃぃっ!』

 葵の声が耳の壁に染み付いて剥がれず、雁夜を洗脳するようにくり返すのだ。お前に愛などないと。
 ずっと葵を愛してきたつもりだった。なのに葵は時臣を殺した(と思い込み)雁夜を憎悪し、雁夜の思いも行動も否定して、始めから愛無き者と断じた。
 雁夜は最も愛を捧げた相手に踏みにじられた。
 そしてその言葉に囚われた。
 葵の声は雁夜にかけられた呪いだった。
 自分は愛無き者だと。
 雁夜は過去に復讐されている。
 一生誰も愛さず愛されず生きていくのだと。齢十歳で思い知らされた。
 幼い葵に左目を裂かれた時に分ったのだ。自分はこの潰れた半分の世界で生きていくのだと。
 そうして様々な幸福から遠ざかった。幸せになる努力を放棄した。幸福になる事は桜への裏切りのようで、自分を許す事ができなかった。
 なのにあまりに冷たい世界が辛くて友達を作り、学生生活を甘んじている。死ぬ事は自分を産んでくれた両親への裏切りになるから死ぬ事はできないと言い訳して、自分が生きる事を許している。
 その上愛まで手に入れたら本当に罰が当る。








 見上げる男の美しさにただ見とれる。
 この胸を熱く塞ぐ痛みが愛ならば、雁夜は耐えられない。
 葵に感じていた愛とは違う。胸の中に溶岩の塊のような熱がある。絶対に無くしたくないと心が叫ぶ、魂が手を伸ばそうとする。
 ダメだと否定するのはすでに囚われているから。
 喘ぐ声にはあさましい欲しかなく、生々しい切望に雁夜は舌を噛みたくなるが、声を抑えようとするとランスロットがキスで雁夜の口をこじ開けるのだ。
 まるで「すべてを見せず隠す事は許さない」と言わんばかりに。
 それでも声を殺すとランスロットは雁夜の一番嫌がる事をする。
 雁夜の一番汚い部分……雁夜の潰れた左目にキスするのだ。
 盛り上がった硬くなった皮膚を絹のような舌が辿り、抉れた眼窩の縫い痕を滑って慰撫するように何度も唇が当てられる。
 そんな事をしないで欲しいと心から懇願しても、止めてくれない。
 この傷は雁夜の醜さの象徴だ。
 雁夜の許されない罪の形そのものだから何より汚い場所なのに、ランスロットはそれがどうしたとばかりに傷跡を辿る。
 ランスロットとセックスするといつだって身体中に焔がついたみたいに熱くて、そのうち何も分からなくなる。
 頭の後ろで「勘違いするな」と忠告する声を聞きながら、それでも身体は意識から切り離されたように快感を貪る。
 痛みすら快感に変換する己の身体のあさましさは蟲蔵で培ったものだ。苦痛に耐えかねて被虐を快感にすり替えなければ正気を保てなかった。正気を無くせば一気に蟲のエサになり、サーヴァントに魔力を供給するだけの機械になる。
 意識がなければ桜を救えない。その一願だけが雁夜の拠り所だった。
 今は昔とは違う。魔力供給も拷問もない。ただの快感だ。
 揺すぶられながら口を塞がれて、苦しさに喘ぐ。上も下もランスロットに征服されて、他者に身体を委ねる恐れを依存に変えて熱に酔う。そんな資格もないのに。
 手を伸ばしてランスロットの背に縋り付きたい衝動に耐える。
 行き場のない手が仕方なくシーツを掴む。
 抱き合いたい。普通の恋人同士のように。
 しかし雁夜には許されない贅沢だ。
 皮膚に触れて筋肉の収縮する様を存分に感じたいなど雁夜は考えてはならないのだ。
 解けた肉がランスロットを受入れて、ズシンと重たいソレの質感に官能を突かれた気がして、身体を掻きむしりたくなる。
 快感が過ぎると掻痒のように全身が過敏になりすぎて苦痛に等しくなり、耐えがたい。
 しかし止めて欲しいとは思わないのだ。
 美しい男を己の未熟な肉体で受け止める僥倖は、ある日突然終わりを告げるだろう。雁夜があっけにとられる間もなく。そして雁夜は全てを無くす。
「なにを……考えているのですか?」
 ゆっくりと雁夜の上で動くランスロットが動きを止めず、緩慢に揺すりながら聞く。
 波及する快感の波がジンワリ広がり、雁夜は呼吸を整えながら何度も唇を舐めた。
「……何って…」
「二人でいるのにあなたはわたしを見ていない気がする」
 気のせいだと嘘が言えず、雁夜は言葉を選ぶ。
 雁夜が見ていたのはすぐそこにある終焉だ。ランスロットがある日突然目を覚ますその時だ。
 過去の懊悩から抜け出し、元来の迷いない非の打どころない人格者に戻る時だ。
 その時ランスロットは自分のした事を恥じるだろう。己の所業を後悔するのだ。
 優しい人だから。人の痛みが分かる人だから。
 雁夜は謝罪など欲しくないのに。
 己のした事を恥と後悔されるのは死んでも嫌だった。
 ランスロットの行動は恥などではない。
 謝罪されたら、雁夜の存在そのものが否定された気がする。
 ランスロットにそんなつもりがなくても、ならばランスロットの下で快感に喘いで幸福にぬくまる事が汚い罪のようではないか。
 罪だと知っていても、あからさまに否定されるのは嫌だった。
 だって雁夜は………ランスロットが好き、なのだ。
 ウェイバーに言われるまでもない。
 認めたくなかったが……雁夜はランスロットを愛していた。
 葵へと向いていた気持ちとまるで違ったから気づかなかったが、今なら分かる。
 愛には様々な形があって、雁夜はランスロットに恋焦がれているのだ。
 葵へ感じていた美しい気持ちとは違う。みっともなく浅ましい独占欲だ。自分以外に触れないで欲しいと望むような。
 本当に考える事すらおこがましい。美しい男には美しい相手が似合う。アルトリアのようなディルムッドのような。完璧な美が。
 完璧でなくても。優しい、ランスロットが愛するに相応しい心根を備えた女性は探せばいるだろう。そういう相手と恋をして幸福になるのがランスロットには相応しい。悲恋に苦しんだのだから、今生では幸福にならなければ嘘だ。国中が賞賛するような生きざまを貫いた男の傍らには一点の曇りもない強さ優しさが相応しい。
 雁夜のようなさまざまな色を塗りたくって黒く染まってしまった人間などではなく。誰もが納得するような、穢れのない花びらのようないい匂いのする人と寄り添うべきなのだ。
「おまえ以外……誰を見るって……あ……言うんだ……」
 繋がった部分から広がる快感に息絶え絶えに、雁夜はランスロットに言う。
 頑だった身体がランスロットに合うように作り替えられ、快感を拾う。己の中が心地良いとランスロットが感じてくれる事実が痺れるほど嬉しい。
「雁夜はわたしを見ていない。あなたが見るのは過去ばかりだ……。いや、わたしも……そうか」
「オレはちゃんと……おまえを……ランスを…………見てる」
 会話を交すだけで泣けてくる多幸感を愛以外に何と表現すればいいのだろう。
 ランスロットに気づかれてはいけないと思うから、雁夜は悲しい顔をするしかない。
 雁夜はいつだって愛する人への愛を隠してきた。
「わたしの雁夜。……マイマスター……」
「れい、じゅは……もうない……から……マスターじゃ、ない……」
「それでもあなたはわたしのマスターだ。哀れな雁夜」
「同情……すんな。オレは……可哀想じゃない」
「可哀想ですよ。いつだって愛を踏み躙られている」
 子供を哀れむような憐憫の眼差しに、雁夜はふいにランスロットにはすべてバレているのかもしれないと思った。雁夜がランスロットを愛してしまった事も。その愛を諦めようとして苦しんでいる事も。だとしたらなんて酷い仕打ちだろう。
 ランスロットは人の気持ちを玩ぶような人間ではないが、使役を強制された過去を恨んだ復讐だとしたら。
 いや違う。そんな風に思うのは雁夜の心が嫉妬と欲で醜く歪んでいるからだ。
 ランスロットは人の心を踏みにじる人ではない。だからこそその美はいささかも欠けず、雁夜は手を伸ばす事もできずに躊躇するしかないのだから。
 ランスロットの硬い手が雁夜のシーツを握る手を持ち上げ、指先に口付けた。
 うやうやしいような仕種に雁夜の息が止まる。
 こういう風に予告なく想像外の事をされると、どうしていいか分からず、突然水をかけられた犬のような気持ちになる。飼い主の気持ちが分からない。何もしてないのに。なんでこんな酷い事をされるのだろうと怯えて卑屈に飼い主を見上げるような目になってしまう。
「愚かな雁夜。……いいえ、愚かなのはわたしです。いつだって……間違える」
「何を?」
「選択を。行動を」
「ランスロットが……間違える?」
「わたしはあなたが考えるような完璧な人間ではないのですよ」
 ランスロットが完璧でないのなら雁夜は何なのだ。
 薄っぺらい肉の下にあるのは過去蟲に嬲られた汚物。雁夜はただの腐った肉の袋。表面は普通の人のフリをしていても、中身は見られたものではない。
 口付けられた指先からランスロットへの愛が広がる気がする。気のせいじゃないから辛い。
 せめて雁夜がこんなに醜くなかったら。過去のあさましい記憶がなかったら。
 ランスロットに愛されるという夢くらいは見られたかもしれない。ストーカーのように己の世界に都合の良い夢だけ見られたかもしれないのに。
 重なり合った皮膚から感じる熱、張り詰めた筋肉のしなるような動き、汗の匂いと味。全部が鮮やかに雁夜の中に落ちてきて、ただ死ぬほど切ない。
 雁夜は初めて失恋という気持ちを味わった。
 葵のように憧れていた気持ちではない。
 欲しい、と望む強い欲だ。それを諦めなければならない痛みに切り裂かれる。
「あなたは困った人だ…」
 溜息のような声の戸惑う響きが雁夜にはただ不思議だった。